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ありさのスケッチブック

長距離走で手を抜いてしまう私が、なぜ今回はマラソンを走りきれたのか《ありさのスケッチブック》


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ゴールなんてちっとも見えない道を
私は、走り続けていた。

一体どれだけ走り続けているだろうか。

吐く息が白い。
懸命に振る腕には鳥肌が立っていた。

……苦しい。
……辛い。
……もう歩いてしまいたい。

何度、同じ事を思っただろうか。こんなに苦しいのになぜ走っているんだろう。
自分で始めたことなのに、もはや走り始めたきっかけさえ思い出せなくなっている。

走り続けるしかなかった。
ただ、それだけだ。

だから私は速度を緩めることなく、全力で
ゴールに向かって突き進んで行った。

*****

東京天狼院、スタッフありさです。
先日、私はあるマラソンを完走してきました。

……ただの自慢?
いえいえ、そういうわけではないのです。

私も信じられないんです。
マラソンを完走したなんて。

なぜか?

私は、長距離走が大大大嫌いだからです。
そんな私が、なぜマラソンを完走できたのか?

走りきるつもりなんてなかったのに走りきってしまった。

ただそれだけ。
本当にそれだけなんです。

今までの私ならそんなこと、絶対にありえませんでした。

中学時代に陸上部に所属していた頃は、
練習の最初のウォーミングアップでさえも嫌いでした。
100メートルとか200メートルとか走りたいんだけど!
いや、むしろ早く技術練習したいんだけど!(高跳びやっていました)
私は長い距離なんて走ったって楽しくない!
……と心の中で文句を言っていました。

冬の練習が億劫でした。
寒くて身体が固くなるため、ウォーミングアップがいつもより長くなるからです。
練習のほとんどは短距離、長距離、フィールド種目と分かれて練習します。
しかし、基本のアップや柔軟体操は全員同じものをこなさなければいけません。

ただただ、憂鬱でした。
いつもは校舎の周りを一周だけ走って終わるウォーミングアップが
冬になると、三周くらい走ることになります。
しかも部長や先輩は何も言わずに走り続けるのです。

まあ、ここまではいいんです。
ある程度長い距離のウォーミングアップなら程よく息が上がって、体は動きやすくなるから。

一番の恐怖はあのウォーミングアップ。
ビルドアップ、と呼ばれるものです。
あれはもう、思い出しただけで震えます。
校舎周りを三周どころか五周くらいしていました。

ビルドアップの怖さは周回の多さではなくて、そのペース配分。
始めはゆっくりと走りだし、後半になるにつれてどんどんペースが速くなっていくのです。

初めてビルドアップをした時は、
今日のウォーミングアップはペース遅いなあ、
なんて思って余裕こいていました。

……これはまずい。

異変に気付いたのは三周目あたりの頃。
周回を重ねるごとにどんどんペースアップし始めたからです。
私は必死に前の人についていこうとしました。でも、無理でした。

とうとう私は周りのペースについていけなくなって、
集団についていくのを諦めて最後はゆっくりと走っていました。
幸いなことに同じ状況に陥っている部員の子がいたので、その子と一緒に。

我ながら根性なしだと思います。
自分からペースを緩めているのに罪悪感でいっぱいになって
心の中で言い訳ばかりして走っていました。

なぜか分からないけどついていけないんだもん。
ここで全力出したら練習の後の塾で集中できないし。
頑張って走ったら明日きっと筋肉痛になるし、つらいじゃん。

惨めでした。本当に。
最悪なのは最後から二周目を走っていて
最後の周を走っているトップ集団に追い抜かされる時です。
何週も走って来たとは思えないくらいのスピードで
トップ集団が私の横をすり抜けていくのです。

……絶対馬鹿にされてるよ、これ。

誰も何も言っていないのに、私はそう思い込み、落ち込んでいました。

走り終わると私はまた心の中で言い訳を繰り返していました。
……いや、きっと次はついていけるはず。まだ体力余ってるもん。だから、きっと次は……
そうやって、目の前の結果をちゃんと受け止めも顧みることもなく
次回のウォーミングアップのことを考えていました。

しかし、何度ビルドアップを経験しても同じでした。
途中で疲れてついていけなくなって、集団から離脱し、ゆっくりのペースで走り、トップ集団から周回遅れになる。何も変わらない。
さらに私は、グラウンド十周のウォーミングアップでも同じように諦めてしまっていました。

その頃、私に新たなコミュニティーができました。
生徒会本部。
冬の選挙で当選して、私は生徒会の書記を務めることになったのです。
生徒会に就任してすぐに会議や業務が始まり、私は放課後の部活に行くことが出来なくなりました。

あ、今日は生徒会あるから部活に行けないだー!

私は残念な顔をして友達に伝言をしながらも心の中ではよっしゃ、と思っていました。

これで、行かなくて済む。
私は部活ではだめだめだけど生徒会で頑張ればいいや。

そう思っていました。
生徒会本部の仕事、という強力で正当な理由を手に入れた私はほとんど部活に行かなくなりました。

これが、中学生の時の私の長距離走の思い出。
私は言い訳ばかりの長距離走に背を向け、他の場所へ逃げ出したのです。

それからは私はなんとなく長距離走から距離を置くようになりました。
進学先の高校はマラソン大会がないところを選んだし、
高校の体育の授業での持久走は本気を出すことなく終わりました。

しかし、大学に入ってからスポーツに触れることがなくなったので思い出が美化されたのでしょう。
私はきっと頑張ればもっとできるはずだと思い、また長距離走にチャレンジすることを決心したのです。

最初はやさしいレース。
それからちょっとずつ距離を伸ばしたり難しいレースに挑んだりしました。
成長した私は失敗を活かす、ということができるようになったので、
途中で今回のレースは失敗したな、と思ったら
次のレースでは悪かったところを直すことができるようになりました。

なんだ、やればできるじゃん。
そう思って、一年生から三年生まで何回も長距離走に挑戦してきました。

だから、調子づいてきてしまったのでしょう。
マラソンに挑戦しよう、なんて思ってしまうなんて。
そこそこ走れるようになったし、今度もいけるでしょ!
そんな軽い動機で私はこのマラソンに申し込みをしました。

最初に収集された時に、しくったな、と思っていました。
なぜか。
このマラソンの主催者の方にこう言われたからです。
「限界を超えなさい」
「今回はここから逃げられませんよ」
ぞっとしました。
私はこのマラソンの恐ろしさを全く知りませんでした。

このレースでは、いつもの「そこそこ」では許されなかったのです。
だから、もう訳が分からなくなりながら走りました。
途中で、諦めそうになりました。
冒頭で書いたように、歩いてしまいたいと思いました。
いや、もはや座り込んでしまいたいと思っていました。

でも、白バイならぬ青のバイクに乗った人が言ってくるのです。
「ここであきらめるんですか。後悔しても知りませんよ」
「スピードを緩めたらあなたは満足ですか」
「後悔しないための行動は今しかできませんよ」
「あなた、このレースにお金払いましたよね? 途中棄権していいんですか?」

もー、うるさい!
怒鳴りたくもなりました。
しかし、できませんでした。
だって、私が正しいと思うことばかりだから。

後悔しないための行動は今からできる。
次に活かすよりも今努力した方が絶対に自分が満足できる。

その言葉を繰り返し頭の中で繰り返していました。
その言葉が正しいと信じて走り続けることしかできませんでした。
意識が何度も飛びそうになりました。
それでも私は今回のレースだけは絶対に上手くいかなくなっても諦めないでいよう、という想いを強く持ち続け、懸命に走っていました。

すると、目の前が急に明るくなりました。
朝日が昇ってきたのです。

そうなんです。私は夜通しで走り続けていたのです。
深夜からグループワークをしているうちに朝を迎えてしまったのです。
この話し合いを始めたのは私が参加した六日間のプロジェクトの五日目。
私たちは六日目の発表に必要な最終成果物を創り出すために話し続けていたのです。

この六日間は、逃げられない、妥協できないマラソンでした。
限界を超えろ、後悔しないための行動をしろ、
そう言われ続けてグループワークをし続けていました。

私は途中で自分の力が通用しない、と痛感した瞬間がありました。
ああ、無理だ。でもいい経験だったな、次に活かせるように頑張ろう……。
そう思ってしまった時は、いつものように「そこそこ」頑張って最終日まで走ろうとしていました。

一年生から三年生まで参加してきたグループプロジェクトでも、
途中で妥協してしまうことや、力を抜いてしまうことがありました。
だからこの時も上手くいかないと気づいた瞬間に、
私は「そこそこ」のペースに逃げてしまいそうになってしまったのです。

しかし、今回のプロジェクトではそれができませんでした。
青いギブスをきたこのプロジェクトのサポーターの方からの問いかけがあったからです。

「ここで中途半端にやって後悔しないの?」
「今の状態のまま最後まで取り組んで、お金払った分学んだって思えると思う?」

これらの問いかけに対する私の答えはこうでした。
「後悔しないように全力で走りきりたい」

だから、私は「そこそこ」に甘んじるのをやめ、最後まで全力で走り続けたのです。

一緒にグループワークを行っていたメンバーは、経歴や住んでいる場所も価値観もバラバラでした。
そんなメンバーでお互いの理解のズレがないか確認することや、思っていることを本気で言い合って一つの意見にまとめることは、簡単なことではありませんでした。意見がすれ違ったりぶつかり合ったり議論が停滞したりすることばかりで、くじけそうになりました。
それでも、私たちは何度も話し合いを重ね、これだ! と思える成果物を創ることができたのです。
それまでの議論で、お互いが妥協することはありませんでした。
妥協で一つにするのではなく、全員がこれがいい、と思える成果を出すことができたのはこれが初めてでした。
本気で取り組んだあとの達成感は、今までのグループワークの何倍にも感じるような大きなものでした。

頑張ったー!!!

全てが終わった後は、大声で叫びたくなるくらい、晴れ晴れとした気分でした。


*****

ぱちぱちぱちぱち……
拍手が聞こえる。

私はふらふらしながら座り込んだ。
頭は朦朧としているし、どっと疲労が押し寄せた。
きっと明日の私は疲れ切って何もできないだろう。

でも、全く悪い気はしなかった。
こんなに清々しい気分になれたのはいつぶりだろうか。

私はいつも上手くいかないと途中で手を抜いていた。
上手くいかなくなると他のコミュニティーに逃げてその時に頑張るのを止めてしまっていた。
それを、今回はしなかった。
手を抜かず、レースから逃げることなく、
今この瞬間を後悔することのないように懸命に走った。

全力で走りきるのがこんなにも気持ちがいいものだったなんて。
諦めないだけで、こんなに達成感を感じられるなんて。

私はきっとこの経験を、この感動を一生忘れない。


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