全く乗り気になれない、デートの誘い。
記事:世良菜津子(ライティング・ラボ)
「なっちゃん、来週の木曜日の夜ヒマ? ご飯いこう!」
スマホでこの画面を見た瞬間、嫌悪感を覚えた。
送ってきた相手には申し訳ないが、この誘いに全く乗り気になれなかったのだ。
誘ってきた相手は、父だった。
仕事の関係で、福岡空港経由で海外に行くらしく、前日の夜から博多に泊まるということで、その日の夜、いっしょに飲もう! という誘いであった。
あまり親しくない友達から誘いを受け、気持ちが乗らなければ「ごめーん! ほかに約束があって…」など、適当にごまかすこともできるが、相手は父親だ。特に断る理由もない。
「大丈夫―! 何食べたい?」
「なんでもいいよ。☓☓ホテルに泊まる。19時過ぎに博多駅とかで大丈夫?」
「りょうかーい! お店、なんか決めとくねー! また連絡する!」
そんなやり取りをして、会話が途切れた。
さて、どうしようか? もう、この約束から逃げることができない。
父親と私の関係は、悪くはないと思う。
一人暮らしを始めて以来、実家でたまに顔を合わせる程度にはなったが、顔を合わせれば言葉を交わす。
父と姉は、仲がいいようだ。
父が、姉の住む東京に仕事で行った際、2人でご飯を食べる機会が度々あるようだった。
姉から「お寿司食べてるー♪」と、2ショット写真が送られてくることがある。
その写真を見るたびに、思っていた。
「え? おとんとご飯? 何しゃべるん? 楽しいん?」
と。
この問いを、姉に投げかけたことはなかったが。
「予想外」の展開は、まさに言葉通り、突然私に降りかかってきた。
ついに、私の番が回ってきたのだ。
当日、仕事を早めに切り上げ、博多駅に向かうバスに乗る。
「今バスに乗ったよー」と父に連絡する。
バスに揺られながら、今までの父とのことを、思い出していた。
小学生の時に、1度だけ、父と二人きりで出かけたことがある。
当時、母に浴衣を着せてもらって、「くきのうみ花火大会」へ出かけた。
くきのうみ花火大会は、川を挟んだすぐ目の前で花火が上がり、その距離感、迫力が魅力的なお祭りだった。
花火大会で、父の会社の人に遭遇した。
「娘とデートなんですよ」
そんな風に、言っていた。
目の前で上がる花火の迫力と、ちょっと照れたような嬉しそうな父の横顔を、今でもはっきり覚えている。
その日以来、実に20年ぶりに父とのデートだ。
「何話そうかな?」と、頭の中でぐるぐる考える。答えは出ないまま、父と合流する。
私が選んだのは、会社の先輩に教えてもらった、博多駅の駅ビルに入っている、海鮮系の居酒屋だった。
ビールで乾杯して、「なんでベトナム行くと?」という、当たり障りのない会話から始めたと思う。
2杯目もビールを頼むと、「ずっとビール? さすがお父さんの娘やね!」と、ビール党の父は嬉しそうに自分も追加でビールを頼んでいた。
会話が進むにつれて、ビールも進む。
この日は、今までに聞いたことがない、「世良家の歴史」を聞く事が出来た。
「おとーたん、飴食べてもいーい?」
3歳の私は、ビデオカメラを持った父に問いかける。
舌足らずの問いかけが可愛く、未だに叔母にマネされるほどだ。
「『おとーたん、飴たべてもいーい?』のビデオあるやん? あの飴、お父さんの会社で作りよったやつよ」
「え!? そうなん!? 飴作る会社で働きよったん?」
物心がついた頃から、父は引越し屋さんで働いていた。
「飴を作っていた」なんて、30年間の付き合いの中で初めて知った父の一面だった。
気が付けば、2時間が経過していた。
「なっちゃん、もう1件つきあってもらってもいい?」と、父の先輩が営む居酒屋へ移動した。
「何? 彼女? デート?」と、店主が話しかけてきた。
「娘なんですよ」
父の横顔は、あの日のように、少し照れた嬉しそうな笑顔を浮かべていた。
敬語を使って先輩と話している父の様子が、なんだか新鮮だった。
最初は乗り気になれなかった父の誘いだったが、本当に楽しい時間だった。
いろいろな話を聞きながら、今までよりも、父のことを知れた気がした。
30年という長い年月をいっしょに過ごしてきたが、一番身近にいる家族のことでも、知らないことがたくさんある。
「次は彼氏も連れといで。いっしょに飲みたい」
そう言いながら、手を振ってホテルに入っていく父の背中は、なんだか嬉しそうだった。
***
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