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お弁当で、別容器にそら豆だけ入れるのはありか。 ~多様性と民主主義の原則を考えた~

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記事:TAKUMAMA(ライティング・ゼミ通信限定コース)
 
 
夕食時に家族3人で会話をしていたら、大学生の息子にこういわれた。
 
「僕、母さんのことを恨んでいる事件があるんだよね。」
 
家族の団欒時に出てきた、恨んでいる、という不穏なワード。私は内心かなり動揺した。
 
詳しく聞いてみると、恨んでいるのは、息子が高校1年の5月頃に起きた出来事とのこと。サッカー部の先輩が参加する試合があり、その応援に行く息子に、私はお弁当としておにぎりとおかずと、別の容器にそら豆だけを入れたものを持たせた。これが恨みの原因だそうだ。
 
私はそら豆がデザートみたいだな、と思った記憶があり、その時のことを覚えていた。そら豆は息子の大好物で、おかずの味が移らないように、と、別容器にそら豆だけを入れた。確かにちょっと量が多かったかもしれないけど、恨まれるほどではない。このそら豆事件で、なぜ私が息子に恨まれるのかわからなかった。
 
「何が問題なの?そら豆、大好きじゃない。」
「上下関係の厳しいサッカー部で、3年の先輩と話したことなかったのに、そら豆のお弁当をじっと見られて、『そら豆、好きなの?』って言われたんだよ。ものすごく恥ずかしかった。今でも恨んでいる。」
 
すると、主人がそりゃ普通は別容器にそら豆だけはないだろう、そら豆はデザートじゃない、と息子側についた。
 
「先輩には、好きですって、答えればいいじゃない。なんでダメなの?好きですって言っちゃダメだったの?」
「その時は好きですって答えて、先輩との会話は終わったよ。でも、母さんにはわからないかもしれないけど、僕は嫌だったんだよ。」
 
目を合わせるのさえ怖い先輩だったのか?それならわかると思ったが、気さくないい先輩だったそうだ。息子を理解しようと、さらに詳しく聞いてみたが、新たな情報は出てこず、やはりなぜ恨まれるのか、わからない。
 
主人と息子vs私。2対1で劣勢となり、ちょっと悔しくも楽しくもなってしまった私は、自分の味方を増やして戦うことにした。妹にLINEで状況を説明し、意見を聞いたところ、返ってきた返事は、『お弁当の別容器にそら豆だけはあり』だった。
この結果を主人と息子に伝えたところ、今度は主人が会社で同僚に意見を聞いてきた。どちらとも言えない回答を除くと、結果は3対2で『お弁当の別容器にそら豆だけはあり』が優勢だったとのこと。
 
私達家族と妹の票を合わせると、6対4。
私の勝利が確定した。すると息子は言った。
 
息子:「それでも、僕は嫌だったんだよ。」
私 :「そうだったんだね。でも、私にはやっぱりわからない。」
息子:「もういいよ。この話はこれでおしまい。」
 
普段の息子は、私と感性が近く、同じものを見て笑い、同じところで疑問を持つことが多い。私は最初、息子の感情を理解したかったのだが、途中から 多数決をとり、“普通”を追及してしまった。
 
だが、嫌、という当時感じた息子の感情は事実。感情に良いも悪いも普通もない。他の人がどう感じようが、普通がなんであろうが、息子の感情は変わらないし、変えなければいけないものでもない。
 
しかし、私は多数決で普通を決め、それを正しいものとして、息子の感情変えようとしていたことに思い至った。これは、結構ショックだった。自分の感じたことを否定されるのは、私が嫌いなことの1つだった。
 
なんでこうなってしまったのか。これを整理するためのキーワードは、ダイバーシティ&インクルージョン、多様性だと思う。最近、よく聞くようになった言葉だ。
 
多様性は、辞書によると“いろいろな種類や傾向のものがあること。変化に富むこと。”1)であるが、最近は画期的なアイデアを生み出すために必要なこととして、ビジネスの現場でよく使われる。その意味は“多様な人材(性別・年齢・国籍)の多様な働き方を指すもので、多様な背景や価値観を認め、活かすこと”2)だろう。
感覚的には、ダイバーシティを『みんな違ってみんないい』、インクルージョンを『少数意見の尊重』と言ってよいのではないか、と思う。
 
『お弁当の別容器にそら豆だけ入れるのはありか』の結論を出すには、そら豆が好きかどうか、どんな場所で食べるのか、入れる量など、様々な観点がある。どの観点を大切に思うかは、個人の価値観だ。個人の価値観は、他人が決めるものではない。
 
それなのに、私は多数決を採用して、多数を正しいものとし、正しさを主張しようとした。多数決は民主的な決定手段として有名な方法だが、その方法で得られることは、あくまで多数派の意見の特定だ。良い・悪い、正しい・間違っているといったことを示すものではない。適切に決められたことは、それに従う必要があると思う。それでも、少数意見をなかったことにしたり、多数派と同じものに変えるべきものではない。
 
今回、息子は嫌悪を感じながらも、受け流したようだ。私は、今までにも、同じように、誰かを無自覚に傷つけていたのかもしれない。
多様性、ダイバーシティだと言いながら、全然わかっていなかった。
 
最近、少数派の意見を尊重しない例が増えていないだろうか。
例えば“炎上”。一人二人の少人数が反対意見を主張しても、それは炎上とは呼ばれない。多数の人が自身の正当性を訴え、少数派となった人の意見を曲げさせている現象とは言えないか。
芸能人の不倫騒動で当事者を批判することも、時に意見の表明を超えていないか。
 
そんなことを考えながら、米国国務省の文書が出典となっている、『民主主義の原則 – 多数決の原理と少数派の権利』3)というページを読んだ。
 
『多数決の原理は、政府を組織し、公共の課題に関する決断を下すための手段であり、抑圧への道ではない。』
 
民主主義の国アメリカが唱える民主主義の原則。多様性も大切だと思いますが、同じくらい、あるいはそれ以上に大切なことかもしれません。
 
 
 
 
【参考文献】
https://dictionary.goo.ne.jp/word/%E5%A4%9A%E6%A7%98%E6%80%A7/#jn-281378
https://www.concur.co.jp/newsroom/article/diversity
『民主主義の原則 – 多数決の原理と少数派の権利』https://americancenterjapan.com/aboutusa/translations/3080/
 
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2020-04-09 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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