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35年前、父がクリスマスに3種類のケーキを買ってきた理由


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:三木 幸枝(ライティング・ゼミ通信限定コース)
 
 
大人になって分かることがある。それも突然。そしてその真実に圧倒されることがある。
 
手元に一枚の写真がある。
私は小学校2年生くらい。クリスマスらしき夕食の写真。
食台の上には3種類の大きなホールケーキが並べられている。
ケーキの正面に座る私はにこにこしてとっても嬉しそう。
 
いちごのケーキはバタークリームだったかな。生クリームには劣るけれど、それでも、いちごとクリームの組み合わせは、ザ・クリスマスという感じでとても華やか。都会のケーキ屋さんで買ったのかな。
 
長方形のアイスケーキは、なんとドライアイスの煙が台座から出る仕様。写真にもうっすら煙が映っている。赤いソースのトッピングと波形にデコレーションされたアイスクリーム。胸の高鳴りを今でも覚えている。
 
ナッツとパウダーシュガーが施されたリング型のケーキは、町内のお菓子屋さんのもの。今も変わらず店頭にある馴染みの味。写真のものは、普段のよりひとまわり大きいサイズで、よりスペシャルな感じ。
 
クリスマスに3種類のケーキ。なんと贅沢で、なんと幸せなんだろう。
 
あれから35年経った。社会人生活も20年をこえ、嬉しいことも、そうでないことも、それなりに経験してきた。
嫌なことがあっても自暴自棄にならずにいられたのは、両親が愛情を注ぎ続けてきてくれたからであると思う。
そして、3種類の大きなケーキは、親の愛の象徴として、私の心の底にいつもあった。
 
先日、家で片付けをしていたとき、何気なく手に取ったアルバム。
これまで何度も見ているクリスマスの写真であるが、そのとき、はっと気がついた。
 
これは、贅沢なクリスマスのワンシーンではない。
 
***
 
父は郵便配達員をしていた。
雨の日も雪の日も、またお正月やお盆も、バイクに乗って出勤していた背中が印象に残っている。
口癖は「遅刻は絶対にいかん」の、我慢強くこつこつ努力をする人だった。
人好きで、誰かが訪ねてきてくれると、調子にのってしゃべりすぎ、母によくたしなめられていた。毎日の晩酌のときはますます雄弁になる。
 
「おまえたち三人の子どもを育てるのは必死だったんぞ。給料のほとんどが保育所や子守さんへいって、ぜんぜんお金が残らんかった」「毎日お金がなくて大変だったわ」
お酒が入り良い気分になったときなどは、饒舌に自分の苦労話をするのが父の常だった。
 
私は、それを「また始まった」と、半ばあきれながら聞き流していた。
 
ところが、その苦労話が、突然実感を伴って私に迫ってきた。
 
そういうことだったのか、あの3種類のケーキの正体は。
あれは、父が必死で仕事を遂行しようとした結果のもの。
決して、単純に、子どもを喜ばそうとして3種類ものケーキを買ってきたのではない。
 
年賀はがきの購入をお願いする代わりに、お店のケーキの予約をしたのだろう。しかも2軒も。そして、冷凍の荷物で送られてきたであろうアイスケーキは、おそらく郵便局のゆうパックのクリスマス企画品。父は自分で購入したのだ。注文のノルマを達成するために。
 
幼い私は、無邪気に喜んでいた。ケーキが3つ。私は、世界一恵まれた子どもだと。そして、ケーキを買ってくれた父母の愛情を感じ、幸せであった。
 
もう一つ思い当たることがある。
 
父はサーモンピンクのポロシャツをよく着ていた。
昔の写真。幼い私を抱っこする父は、ぴったりしたサーモンピンクのポロシャツを着ている。ほかの写真の多くもそうだ。
私の記憶にある父も、いつもこのサーモンピンクのポロシャツ。
 
「この服が好きなんだな」とおぼろげに思っていた。
 
しかし、3種類のケーキの理由に思い当たったとき、サーモンピンクばかり着ている父の姿がものすごい説得力を持って私の脳裏に甦り、酔った父の言葉と明確につながった。
 
ああ、そうか、あの服ばかり着ていたのは、あれしかなかったから。
 
なぜ私は、これまで気がつかなかったのだろう。
 
父は、苦労話を語るものの、娘である私に分かってもらい、感謝してもらおうという感じではなかった。苦労を乗り越えた自分を誇りに思い、ただそれを自分で懐かしんでだけだったのかもしれないけれど。
 
誕生日や父の日など、ちょっと良いポロシャツをプレゼントすることがある。
父は喜んでくれるのだが、気がつくと、やっぱりいつもの着古したポロシャツを着ている。数多くの服を持たずにきたせいか、なかなか新しいものには手が出にくいようだ。
 
「せっかくあげたのに。着てくれればよいのに」と、口に出したこともある。
でも、今は、それはそれで良いかなと思いはじめた。
父の「遅刻は絶対にいかん」も、歳を重ね社会経験を積むにつれ、いよいよ身にしみてくるようになった。
 
父には、こつこつ積み上げてきた自分の道がある。そして、目に見える愛情と見えない愛情、どちらもたくさん注がれて私は育った。
 
大人になって分かることは、ほろ苦く、そしてちょっぴり甘い。
 
3種類のケーキを前にした当時の私より、今の私のほうが、ほんの少しだけ多く幸せ。
今日の晩酌には、いつもより父の話をよく聞こうかな。照れくさいので少しだけ。
 
今日もくたびれたポロシャツを着る父に、汗をかき恥をかき、いろんな人に頭を下げながら、私たちを懸命に育ててくれた姿が見える。
 
 
 
 
***
 
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2020-05-06 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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