夏の日の想い出
記事:山田将治(ライティング・ラボ)
毎年夏に成ると想い出す事が有る。
その前に、
日本人は往々にして、大きな事件や災害が起こると、以前の事件や災害を語らなくなる。
東日本大震災が、2011年3月11日発生した。筆舌に尽くせない大災害だ。このことに、異論を挟みこむ余地は無い。
しかしこれにより、以前は毎年語られていた、1945年3月10日の東京大空襲の影が、薄くなってしまったと感じる。
私は、東京の下町っ子なので、幼少期から東京大空襲の生の話を聞かされてきた。直に被災された人々の話を。多分、反戦精神は、その頃から養われてきたと感じている。
戦争は明らかな人災であり、天災と違い避けられると信じている。
もう一つ、
往々にして、海外での事故や災害の際、日本のニュースでは
「因みに、この事故(災害)で日本人の死者はありません」
などと、情報を付け加える。
私は、著しい違和感を禁じ得ない。人間の命に、人種的軽重は無いと信じているからだ。
1985年8月の有る日、私の工場(麺類製造工場)では、製麺機械更新の真っ最中だった。私の望みに合う仕様の機械がなかなか見付からず、春に行う予定の入れ替えが、夏まで延びてしまっていた。しかも、私の好みに最も近い機械を製造する会社は、関西に居を構えていた。横浜の代理店を通じ、やっとの思いで発注した機械だった。
やって来た機械は、細かい部分の仕様が既存の機械と合わず、設置に大変苦労した。当初予定していた、3日の工事期間はあっという間に過ぎ、最後の残務整理と機械の清掃殺菌は、翌日の早朝に持ち越すことになった。そう、食品製造工場に余分な休みは無いのだ。
機械屋さんの社長さんを含む3人は、もう一泊する事を決断し、代理店の計らいでその晩は横浜中華街で、一足早い打ち上げをすることになったらしい。
その日の夜8時過ぎだったと記憶している。
工場で片付けをしていた私は、けたたましい電話の呼び出し音と、電話の相手のただ事ではない様子に驚かされた。電話の相手は、こちらの名乗り出も確認せず、一気に
「す、すみません。弊社の社長は何時頃、御社から撤収しましたでしょうか」
と聞いてきた。
私は何の事かすぐには理解出来なかったが、機械屋さんがもう一日遅れて帰阪する事を思い出し、こう答えた。
「あぁ、申し訳無いことです。私どもの説明不十分で設置に手間取り、明日の朝迄こちらに居て頂く事に成ってしまいました」
電話の向うの女性(多分、社長さんの奥様)は、何か安堵したように
「そうですか! 確かにまだそちらに居るのですね? 」
と、尋ねてきた。「ハイ、間違いありません」と、この晩の顛末とその後のことを手短に伝えた。
何度も何度も礼を伝えながら、その電話は切られた。
夜の10時過ぎ、やっと入浴を済ませた私は、夕食を取りながらテレビでその日初めてのニュースに接した(インターネットも携帯も夢のまた夢だった時代)。
ニュースキャスターは、緊張の面持ちで日本航空のジャンボジェット(これももう退役した)が、何らかの原因で連絡を絶ち、墜落した模様であると伝えていた。多数(実数は乗客乗員520名)の死者が出ている模様とも、言っていた。
確か、機械屋さんの一行は、当初は最終便で帰ると聞いていた。
先程の不思議な電話の合点がいき、代理店(自宅へ)へ直ぐに電話をした。同時に、機械屋さんの社長さんと社員さんの無事も確認した。会社への連絡も頼んだ。
事故は、翌日になってその悲惨さがあらわになった。日航機は、群馬県の御巣鷹山に墜落した形で発見された。
早朝に再会した機械屋さんの社長さんは、開口一番
「御社のおかげで、命拾いしました」
と、仰った。この発言はその後、展示会等で再会するごとに聞く事になった。
私はその度に、少々複雑な気分になった。
何故なら、夏休みの真っ最中の最終便(当時)の事故である。当然、キャンセル待ちの人が大勢居たことは、簡単に想像できる。社長さん達は、急に搭乗しなかったのだから、きっと代わりの人がその飛行機に乗り、そしてあの事故に遭い亡くなったと思われるからだ。
命に軽重なんて無い。しかし、
もし、その日航機に機械屋さんの代わりに搭乗したのが、あの『上を向いて歩こう』の坂本九(この事故で逝去)さんだったら、国中の恨みを買うかのような感覚になってしまう。
何故だろう。
自分でも、不思議だ。
毎年夏になると、30年前のあの事故を想い出す。
〈追記〉
30年前に弊社に設置されたこの機械は、現在はその役目を終え、その後奇しくも、福島県浪江町で被災した同業社の復興工場で、現在でも元気に活躍していると伝え聞いている。
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