ファンタグレープと余命半年と
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:西田千鶴(ライティング・ゼミ日曜コース)
「先生、俺、ガンなんですよ。余命半年って言われているんだけど」
目の前の人は、自己紹介でもするようにさらっと自分の余命を告げた。確かに頭は坊主だけど、顔色はいい。話す言葉も力がこもっている。とても、重病人には見えない。彼の笑顔を見ていると、余命半年がまるで冗談のようだ。
その人は、認知症になった母親のことで相談したいと、うちの事務所にやってきた。彼の一言で、私は今、不意打ちで顔面に強力なパンチを食らったように、頭の中が混乱している。
一応、こちらも法律の専門家なんだし。こんなことで動揺しているところを見せているようじゃ、専門家としてのかっこがつかない。なにか言わなくては……。
頭ではわかってるつもりでも、目の前で繰り広げられた命の期限の宣告は、私にとってショックが大きすぎた。
こんな状況は初めてだ。どんな言葉をかけていいのか? 頭が真っ白で言葉が浮かんでこない。しばらく無言でいると、彼の方から、自分の状況を早口で話し始めた。
今、母親と二人暮らしをしていること。90歳になった母親が認知症になって、一人で生活ができないこと。頼れる親戚がいないこと。
「ネットで調べたんですけど、母に成年後見人をつけた方がいいと思いまして。それで、なってくれる先生を探していたんです」
成年後見人とは、認知症などで、お金の管理ができなかったり、自分で生活ができない人のために、代わりに動く仕事をする人のこと。私は、すでに何人かの方の成年後見人をしている。人のお金の管理をするのだから、誰でもなれるというわけではない。なるためは、家庭裁判所から選んでもらわなくてはならないのだ。早速、家庭裁判所へ出す書類を作ることになった。
さらに彼は自分の死んだ後の葬式や供養のことも頼みたいと言ってきた。
「ほかに頼む人がいないんで。先生、ついでにお願いしますね」
それから、彼とのやり取りが始まった。その中で、彼が広告デザイナーをしていたことを知った。饒舌な彼の口からは、ロケで行った南国の島の話。崖から落ちたけどなぜか死ななかった話。現地で起こったハプニング。何億円もかかったプロジェクトの話。などなど、世界を股にかけたスケールの大きな話が飛び出してくる。田舎に住む一司法書士にとって、まるでおとぎ話を聞かせてもらっている子供のように聞くだけでワクワクした。もっともっといろんな話を聞いてみたい。彼の見てきた世界の話を聞きたい。
いつの間にか、仕事の話よりも、彼の武勇伝を聞く時間の方が長くなっていった。
そして。
話をすればするほど、私は、彼に死んだ後のことを聞くのが怖くなっていった。
初めて出会ってから3か月。家庭裁判所から私が成年後見人に決まったとの知らせが届いた。ようやく老人施設に母親を入所させることができる。これで一段落ついた。ホッとした私は、無意識に彼と会うのを先延ばしにしようとしていた。
そんなある日、「おい! いいかげんにしろよ! 契約を解除するぞ!」ものすごい剣幕で、彼から電話が入った。
慌てて自宅へ駆け付けると、電話での怒りが嘘のように彼の口調は静かだった。
「なあ。わかってるか? あんたの一日と俺の一日はわけが違うんやで。資格を持ってるからって調子に乗るなよ。あんた、もう50やろ? 50にもなって、お客さんに気づかいもできないなんて、どうしようもないやろ」
静かに語られる彼の一言一言が胸にずしんと突き刺さる。私はただただ頭を下げてじっと聞いているほかなかった。
法律の専門家だなんて偉そうに言いながら、結局、私自身が死に向き合うのが怖かったのだ。人には「遺言を書きましょう」なんてもっともらしく言いながら、私が死を目前とした人から逃げていた。
死を目前にした人に、死んだらどうしますか? って聞くことがなんだか申し訳ないって勘違いしていた私。ただ自分が怖かっただけなのに。本当に大切なのは、相手にとって何が最善なのか? を考えること。今の最善は、彼が亡くなった後、彼の希望をかなえることだったのではないの?
「申し訳ありませんでした。もう一度チャンスをもらえますか? 今度はきちんと満足していただけるようにやりますので」
彼と翌日改めて会う約束をしてその日は別れた。
次の日、彼は今までで一番苦しそうだった。
一言話すたびに、「ああ、苦しい」言いながら肩で大きく息をつく。痛みに耐えているのか、しばらく話もできなくなる。もう見ていられない。だけど、今日こそは、彼から聞かなければ。亡くなったら連絡してほしい人は? 誰にも見られたくないものは? モノはどうやって処分しますか? どこに埋葬されたいですか? 彼が生きている間に、彼が望んでいる形を彼の口から聞かなければ。
全てを話終わった後、彼はそばに置いてあったファンタグレープを一口飲んだ。
「次は、月曜日に来ますね。なにかあったら、メールください。あ、メールがきつかったら、ワンコールしてもらったらかけなおしますから」
立ち上がると、彼は今までで一番の柔らかい笑顔で「うん。ようなったわ。これで安心だ」と言ってくれた。
私は、なぜかふと手を握りたくなり、出会って初めて、手を取ってぎゅっと握りしめた。彼の手は氷のように冷たかった。
「こちらこそ、あなたのおかげで成長できました。ありがとうございます」
口から出した途端、なぜだか涙が止まらなくなった。これから彼を全力で支えよう。肚がずしっと座った気がした。
「あ、もしもし? たった今、亡くなりました」
わずか2時間後、彼が亡くなったと連絡があった。友人の前で、ベッドから立ち上がったと思うと、向かいにあった椅子に腰かけ、そのまま息絶えたそうだ。最後まで病人でいたくなかった彼らしい最後だった。私が駆け付けた時、彼はやすらかな顔をして横たわっていた。
私は、彼から聞いた通り、葬儀、埋葬、遺品整理……と、淡々と役目をこなしていった。月に一度はお母さんの顔も見に行く。彼の命を懸けた精一杯の叱咤が、私に勇気をくれた。死から目をそらしちゃだめだ。その怖さと向き合うんだ。その人の遺した望みを叶えるために。
彼は、今、天国からどんな表情で見守ってくれているのだろうか。「あんたのそういう大雑把なところがあかんねん」なんてダメ出しをくらっていなければいいけれど。
***
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