メディアグランプリ

不安になったら、草を抜く


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記事:寺澤(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
 
「なんでもいいから花を買って、部屋に飾りなさい。元気をもらえるから」
当時、何も事情を知らないはずの母が、電話の向こうでそう言った。
 
20代後半、帰って寝るだけの、荒れたワンルーム。
切り花は、あっという間に枯れていった。
ゆっくり休む暇もなく、何をしても気が晴れず、深呼吸がしづらかった、あのころ。
 
結婚して1LDKに引っ越しても、仕事のことを考えると憂鬱で、サザエさん症候群の毎日。
こんな社会人生活があと何年続くのかと気が遠くなりかけたある朝、それは突然やってきた。
金縛りにあったように、どうしてもベッドから起き上がれなくなったのだ。体がいうことを聞かない。強制終了と呼ぶ人もいるらしい。はたからみれば挫折だが、私にとってはこれが転機となった。
 
その日のうちに職場に辞意を伝え、翌週には自由の身になった。次の仕事を始めるまで、つかの間の人生の夏休み。夫と公園へ散歩へ行き、空を見上げて、土に触れる。忘れていた自分の「ここちよい」をたぐり寄せるように取り戻していった。
 
中でも土いじりは大きな癒しとなり、簡単に育つ鉢植えの花々やハーブ、夏野菜で小さなベランダはすぐいっぱいになった。
土の匂いは、育った田舎を思い出させる。
園芸好きの親族のおかげで、大学進学で上京するまで、トマトやナスをスーパーで買うことはめったになかった。
 
子供が生まれて2LDKに引っ越してからは、自家製野菜を離乳食に使ってみたり、秋に球根を植えて、春にチューリップを愛でるなど、家族と一緒に楽しめるものを選ぶようになった。あれからもう一度転職をして、親子3人、忙しいが充実した日々を送った。
 
さらに数年後、思いがけず双子に恵まれ5人家族になると、殺伐とした東京での生活に限界を感じようになった。東京はもういいか – 新天地を求めて海外へ引っ越した。聞こえはいいが、仕事環境も変われば、すぐに呼べる距離に親族もいない状況でフルタイム共働きをやるわけだから、ハードルが高い。案の定、移住して数年は、第三次世界大戦クラスの夫婦げんかや、知らない国のシステムの中での子供のケアなど、まさに修行の日々であった。
 
それでも、私たちには以前にはない癒しの武器があった。この国の大自然である。
日本なら樹齢で観光地化しそうな大木が、普通にその辺の公園に何本も立っている。
切り花を買わなくても、家の窓からはあふれるほどの自然が目に飛び込んでくる。
家庭菜園をやってみれば、収穫期が一回のはずの野菜やハーブが、なぜか一年中採れたりする。
自然に対する感謝と畏敬の念は、自分を謙虚にさせてくれる。一人で戦っている時も、一人ではないのだと何度も思い出させてくれるし、人間どうしの小さな意見の食い違いは、自然規模でみれば本当にちっぽけなものだと感じさせてくれる。
 
そうして、2020年。未曾有のパンデミックがやってきた。
数ヶ月一歩も外へ出られず、在宅勤務をしながら小学生3人のホームスクーリングをし、自営業の夫の仕事関係も手伝う。
なにせ朝から晩まで全員が自宅にいるため、一人になれる時間がない。
私は次第に、一人時間を確保すべく「超」早起き人間になっていった。
 
朝、まだ皆が家の中にいる間に、庭をぐるっと回って雑草を抜く。
昼、一人になりたくなると庭に出てオーディオブックを聞きながら雑草を抜く。
夕方、運動のために家の周りを散歩しつつ、ついでに雑草を抜く。
根元からすっと抜けると、最高に気持ちがよい。
 
無心になれる単純作業、というのがいいのだと思う。
緩衝材シートのプチプチをつぶしたり、人によってはむだ毛抜きや角栓ケア、食器の手洗いなども同じ作用があるかもしれない。集中して作業をすれば、他の事を考えなくてすむ。
 
雑草抜きのもう一つのメリットは、生き物(植物)に触れられるところである。
雑草にもパワーがある。雨上がりの柔らかい土壌から抜けたタンポポの根の深さなど、葉っぱの大きさの何倍もあり、感心させられる。根を張るのに必要な時間を思うと、「実力」とか「底力」といった言葉が浮かぶ。
 
庭のすみで無心にぶちぶち草を抜いていると、祖父を思い出す。
 
小学校から家に帰ると、おじいちゃんはたいてい庭にいた。
寡黙な人で、庭仕事をする祖父の近くにいる時は、うるさくしないように気をつけなければいけなかった。
 
祖父は目の下に大きな涙袋があり、どうしてそんなに大きくふくらんでいるのか訊ねた時の、彼の返事に子供ながらにどきっとしたことは、今も覚えている。
 
「たくさんたくさん、泣いたからだよ。」
 
祖父は母子家庭で育ち、昭和初期に田舎では珍しい恋愛結婚で祖母と一緒になり、戦争に行き、幼い息子を一人亡くし、他の子供たちも大病で命の境をさまよったことがある、と後に知った。
 
祖父にも、一人になって無心に草を抜くことが必要だった時が、たくさんあったのだろう。
あの時、なんと言って返したらよいか分からなかったけれど、今、異国でこうして無心に草を抜いて心を整えようとする時、決して一人だけで乗り越えてきた命ではないのだ、ということを、何度も思いだす。
 
 
 
 
***
 
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2020-08-29 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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