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命は風前の灯火の如し


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記事:(ライティング・ゼミ通信限定コース)すがまゆうこ
 
 
「お母さん、これでよかったのかねぇ。」
「ねぇ。」
ちょうど、5年前の9月14日。夜中3時ごろ。霊安室での妹との会話だ。
 
母は、65を過ぎてスポーツクラブに通いだした。父と毎日、車に乗って、スポーツクラブに行き、スタジオプログラムのバーベルエクササイズを好んで楽しんでいた。
これは、孫と遊ぶためだ。毎日のトレーニングの甲斐あって、10キロ強ある赤ちゃんを軽々と持ち上げ、喜んでずっとずっと孫を抱っこしていた。
 
孫娘の保育園の運動会は、遠く沖縄から飛行機に乗ってやってきた。孫娘のためにお弁当を作りたいから。そんなアクティブな母は、孫たちに会いたくて、3か月に1回のスパンで会いに来ていた。小学校の入学式も、もちろん来る気満々だった。ついでに桜も見に行こうね、と話をしていた矢先のことだった。
 
「お母さん、体調悪いからいけないかもしれないサー」
数日前、母は妹と東京に遊びに行ったばっかりだった。きっと、疲れて弱音を吐いたのだろう。いいよ、気持ちが上がってきたらまた計画すればいいサー。そう、伝えた。
それから数日たっても、体調は変わらなかった。夜中、病院に連れて行ってくれと父を起こした。父は慌てて、救急車を呼ぼうとしたが、母は頑として聞かなかった。
 
「また、何かあったら、恥ずかしがらずに救急車を呼んでよ。」
どうしても、救急車が家に来ることに抵抗があるらしいが、妹が両親にくぎを刺した。
残念ながら、すぐに救急車を呼ぶ日が訪れてしまった。
近隣の大学病院で診てもらったところ、胆管がん、という診断だった。
 
胆管がんは、初期症状があまりみられず、進行していくと黄疸が出て顔が黄色っぽく見えるとのこと。母は即入院となり、治療を進めていくこととなった。
妹から知らせを受け、急にどうなるというわけではない、とのことだったので、慌てて帰らず、夏休みに合わせて帰省することにした。
 
8月の終わり、沖縄のお盆に合わせて家族みんなで実家に帰った。
家につくと、母は自分の部屋にいた。
孫もいるから、元気を装っているが、その、健康的な痩せ方、ではなく、明らかに病的な痩せ方、そして少しだが黄疸がでていた。
つい、半年前まで、イキイキと、バーベルエクササイズをして、ふくよかだった母が、だ。
 
ある程度覚悟はしていたとはいえ、その姿はやっぱりショックだった。
 
母は、生きることを選択し、抗がん剤治療を進めていた。
ただ、自分が長くはないことは、わかってはいなかった。
 
孫たちがいるときは、母は無理をしていた。起き上がるのも億劫なはずなのに、一緒に出掛け、孫たちがおいしそうに食べているのを嬉しそうに見ながら、一緒に沖縄そばを食べた。
食欲があるから、大丈夫だね、と声をかけた。
いや、それは、私に言い聞かせていたのかもしれない。
年内持つかどうか、そう言われていたが、少しでも長く生きてほしい。心のどこかで、母の余命を受け入れることができなかったのだと、今になって思う。
 
名古屋に帰る日。母は、また無理をして見送る、と言い出した。
実家近くのゆいレールの駅まで送ってもらった。
「もう、最後になるかもしれないね、バイバイ。」
孫娘にそう言って手を振った母は、私たちから車が離れた瞬間、顔を覆った。
泣いていたのだろう。
 
私は、ぐっとこらえた。子供たちもいるし、夫に見られるのは気恥ずかしい。そして、ここで泣くと、母の余命を受け入れることになる。私は、泣かなかった。
 
9月になり、子供たちも学校に行き始めた。母は、また入院した。入院の様子を聞こうと連絡を何度かした。「明日退院するサー。お父さんが迎えに来てくれるって。」やっぱり、家がいい。そんな話をした、その日を過ぎた、夜中の2時。携帯電話が鳴った。
 
「お母さんが頭を打った。すぐ来れる?」
妹からの電話だった。母は夜中、トイレに行き、大部屋の部屋に戻るときにバランスを崩して倒れたらしい。
すぐに飛行機のチケットを取った。朝8時の便に乗ることができ、兄家族と合流し、昼過ぎに母が入院する大学病院に着いた。
 
もう、母と話をすることはできなかった。
その日の夜、母は息を引き取った。
 
突然の別れだった。
もう少し、時間があると思っていた。10月ごろ、様子を見に沖縄に帰ろうと思っていたところだった。あと少しだけ、親孝行をしたかったが、叶わなかった。
きっと、母が一番びっくりしているに違いない。
 
夜も遅かったので、母が家に帰るのは、朝になるということ。
霊安室に、誰もいないのは母がさみしがるだろうということで、妹と私がそこに残った。
母は、自分の死をどう思っているのだろうか。
そんな話を妹とした。
 
母の死をきっかけに自分の「死」を意識した。
「命は有限」そんなことはわかっている。
「毎日を大切に生きよう。」そんなことも頭では分かっている。
自分が死ぬのは、別の世界の話だった。
 
でも、本当に、その時は突然やってくるのだ。私自身も、いつ命の灯が消えるか。他人ごとではない。いま、いつ死んでもいいと、本当に思えるのか。
いや、もっと人生を楽しみたい。
 
母は、母の人生を楽しんでいただろうか。
私もいつの日か、母の近くに行くことがあったら、聞いてみたいと思う。
 
そんなことを考えながら、ふとカレンダーを見た。
今日は、9月14日。母の命日だ。
 
 
 
 
***
 
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2020-09-19 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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