もしも、お母さんが死んだら
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記事:小坂めぐみ(ライティング・ゼミ日曜コース)
子どもの頃、母が死んでしまうのではないかと不安に駆られることが何度もあった。
私の母は幼いころから体が弱く、大人になってからも頻繁に胃痛に悩まされていて、寝込んでしまうことが多かったからだ。
「お母さんを大事にしないと死んじゃうからね」
「お母さんが死んでもいいのね?!」
そんな類のセリフも口癖のように言っていたような気がする。
1人で生きていくすべのない子どもにとって、
親が死ぬというのは大きなストレスだ。
母が死んでしまうかもしれないと考えるだけで
呼吸が詰まるような苦しさを感じ、
布団で寝込む母の背中を、ふすまの隙間から覗いては
ちゃんと息をしているか確認したものだった。
だから、ある日、自分の娘が
「もしお母さんが死んだら……」と話し始めた時、
わたしはギクリとした。
あの頃、母が私を不安にさせたのと同じように
私も娘を不安な気持ちにさせてしまっているのだろうか、と。
当時、娘は4歳。
私にとって、働きながら子供たちを育てるのは
正直言って容易なことではなかった。
当時は育児をしながら働く女性は少なく、
様々な制度も整っていなかったし
職場も育児中職員の扱いに試行錯誤している最中だった。
短時間勤務といっても仕事の負荷が減るわけではなかったので
お昼休憩も取れずにギリギリまで仕事をし
お迎えに間に合うよう、走って帰る日々。
1歳5ヶ月差の兄妹は順番に熱を出し
有休があっという間になくなって
欠勤せざるを得ないことも多かった。
体力ギリギリで平日を駆け抜け、
寝込んでしまう週末。
肩凝りや頭痛には年中悩まされていたし
母の口癖を受け継いで「もう疲れて死にそう!」なんて言葉も
子どもの前で軽々しく口にしていた。
実際、体力も精神力もギリギリだったし、
辛かったのは本音だが
その言葉で、幼いころの自分も胸を痛めてきたことを
すっかり忘れていたのだ。
申し訳ない気持ちで娘の表情を伺う私に対し、
手元のオモチャで遊びながら娘は無表情に続けた。
「もしお母さんが死んだら、山に捨てる」
唐突な死体遺棄の予告である。
どういうことだろう。
死んだら用なし?
まさか、こんな幼い子がそんな発想をするだろうか。
何か理由があるはずだ。
さすがにそこまで真正面から怨まれるような育児をしてきた記憶は無い。
とりあえず続きを促すため「山に捨てるんだ……」と復唱すると、
娘は「そう。そしたら小坊さんを連れてきてお母さんに食べさせる」と言った。
どうやら、娘の発想の中では
死んだ女の人を山に捨てておくと、ヤマンバになるらしい。
そして昔話の「三枚のお札」が影響しているのだろう、
ヤマンバのお食事は小坊さんらしいので
自ら小坊さんを誘拐してきて、私に食べさせてくれるというのだ。
なるほど、面白い発想である。
死んでから、ヤマンバとしてのセカンドライフが始まるなんて。
ちょっと死ぬのが楽しみになってしまうではないか。
母が死んでしまったらどうしよう、と
ただオロオロと不安に駆られるだけだった幼いころの私に比べて、
段違いの逞しさを感じる発想力に、なんだか少しホッとした。
「人は産まれた瞬間から死に向かって生きている」と誰かが言っていた。
確かにその通りだ。
生きている限り、いつでも人は「死にそう」なのだ。
今この瞬間だって死ぬ寸前かもしれないのだ。
この仕事が最後の仕事になるかもしれない。
この食事が最後の食事になるかもしれない。
この会話が最後の会話になるかもしれない。
この表情が最後に見せる表情になるかもしれない。
だから後悔の無いように、一瞬一瞬を大切に……というのは
良く耳にする話だが、真理だと思う。
でも私たちはつい、明日が来るのが当たり前だと思ってしまう。
「いってきます」と出掛けた子供が
「ただいま」と帰ってくるのも、
「おやすみ」といって寝た夫が
「おはよう」って起きてくるのも
本当は当たり前ではない。
残念ながら実際には、死後にヤマンバとして
セカンドライフを送れる可能性はかなり低いのだ。
自分も相手も、常に「死にそう」だということを忘れずに、
1つ1つのかかわりを
丁寧に慈しんで生きていきたい。
でも、もしも、万が一、ヤマンバになることが出来たら
娘が食事として連れてくる小坊さんは、出来ればイケメンでお願いしたい。
***
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