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備えとカルマ


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記事:白根 敦子(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
 
「今度の戦争は負ける。庭に焼いた塩を詰めた壺を埋めて備えなさい」
祖父は、第二次世界大戦に出征する時に、祖母とその母に、こう言い残していった。
でも、祖母たちは、笑って一蹴し、その備えをしなかった。祖父は、その前の戦争である日中戦争でも、戦地に赴き、帰還できた。新たな開戦後、「また勝つぞ」と、日本国中が沸き立っているときに、内情を知っている祖父は、あえて忠告したのだ。祖父は、いわゆる提灯記事を書く新聞記者で、政府の嘘は見抜いていたからこその戒めだったのに。祖母と曾祖母は、皮肉ながら、その提灯記事に吹き込まれていたので、「今度の戦争も勝つ」と、信じ切っていたのだろう。
その後は、誰もが知っている通り、戦況が悪化した。空襲の時に、祖母は、幼い父とその姉の伯母を連れて、防空壕に行ったが入れず、近くの小川で身を寄せて逃れたなど、命からがらの日々だった。戦争に負けた後、未亡人となった祖母は、ぎゅうぎゅう詰めの電車に乗り、遠くまで米など食料を分けてもらいに行った。その頃の思い出がよみがえるらしく、わたしが小学校の遠足でリュックサックを背負っているのを見ると、「リュックサックは、買い出しを思い出すから嫌なんだよ」と、悲しそうな顔でつぶやいていた。あれ以来、登山などで背負う以外のおしゃれリュックサックは、我が家では、不文律で買わないことになっている。
祖母の生まれは、わりと裕福な家で、わがままに育てられ、その上、結婚した祖父がほめそやして大事にした。これは、最近知ったのだが、伯母が話してくれた。「おばあちゃんはね、わがまま放題に、蝶よ花よと育てられて、その上、旦那が一目ぼれで、愛されたのよ。だから、自分が一番で、強くなれたのよ」
それが、いわゆるシングルマザーで、戦後、二人も大学に行かせるほど、強く生きた祖母の所以だ。祖母は強く育てられたわけではないはずだけれども、持ち前の好奇心と自信で、生き抜き、子孫を守った。祖母にお見合いの話があったときに、夢枕に祖父が立ったというから、短い結婚生活でもかなりの絆があったのだろう。それ以来、お見合いを断り、もちろん、再婚もしなかった。折り合いの悪かった嫁である母は、その話を持ち出すと「おばあちゃんは、いつまでも若い旦那さんでいいわね」と嫌味を言っていた。
祖父が出征した時は、伯母は、3歳。少しだけ、祖父の記憶がある。祖父が戦場に向かい、インパール作戦で当時のビルマ(今のミャンマー)で戦死したと聞いたのは、わたしが高校生になった頃だ。それまでは、聞いていたかもしれないが、理解できなかったようだ。
「いつか、おばあちゃんをビルマに連れていきたい」という願いを中途半端に実現できたのは、社会人2年目だった。中途半端というのは、タイに一緒に旅行できたので、祖母は、祖父がビルマに進軍する途中のタイの地を踏めたことで感謝してくれたのだった。バンコクで、ビルマの方を向いて、手を合わせていた祖母の姿は、その時よりも、今思い出す方が、重たく感じる。ビルマまで連れて行ってあげればよかった。
さて、父はというと、祖母に生き写しとして、大事に育てられた。小さい頃から父は、「大きくなったら蔵が建つわね」と近所の人に言われるほど、まめまめしく祖母を手伝った。今もそのままで、おおかたの日曜大工は、速攻でこなしてしまう。
さらに、父は、60歳以降に、備え癖を発揮。
わたし、弟、さらにそれぞれが結婚して、その家族というメンバーが増えるにしたがって、父の備え症が加速した。来るべくして来る地震に備えて、グッズが増えて行く。おそらく、4家族が2週間は暮らせるだけの食料、水は、ゆうに揃っている。わたしにとっては、備え過ぎに見えるほどだ。
特に水は、普段の飲料、料理にも使える美味しい水を伊豆に出向いて、1カ月に一度、定期的に汲んできてくれている。
もし、あの時、祖父の言いつけを祖母が守っていたら……。歴史にタラレバはもちろん無い。でも、心の片隅に残っている思いが、本人もあずかり知らぬところで行動に出ることは多い。
父は、もう80歳にも近く、重労働で負担だから、水汲みは、止めてもいいのに申し訳ないのだが、もしかすると、祖父の言いつけを守れなかった贖罪を父が代わりに背負っているのかもしれない。最近は、そう思うことにして、本人の気が済むまで、汲んできてもらおうと、何も言わないことにしている。
おそらく、父は、もう、祖父の戒めの話を憶えていないだろうし、自分の備え癖が、祖父の言葉が原点とも思いたくないだろう。でも、何かの使命感や、なんとなくやらなくてはならないことは、こうやって、親子、家族に受け継がれていくのではないだろうか。いわゆる「カルマ」と言われるその家の志向性は、最初は、小さなことが発端なのかもしれない。父の、ちょっと異常とも見える備え癖がどこから来ているのか、並ぶ水のタンクを前に、考察してみたのであった。
 
 
 
 
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2020-09-20 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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