そういえば京都には2年間住んでいた《おいでやす編》
記事:Mizuho Yamamoto(ライティング・ラボ)
天狼院書店が次は京都に出店すると聞いて、あっと思い出した。
私、短大時代の2年間をそこで過ごしたのだ。
半世紀以上生きていると、すっかり抜け落ちる記憶がある。
例えば友人と話していて、東京オリンピックの年は、幼稚園の年中だったとか、この歌が流行ったのは小学何年生だったとか、だんだん話が合わなくなることがあって。
たいていの友人は、
「ああ! 私浪人してたから、あなたより1歳上だ」
とか、
「そうだ! オレ2浪だった」
とか。
どおりで計算が合わないのだが、待てよと思う。
浪人時代って、結構つらいもので、それぞれの人生にとっておそらく初めての挫折だったはずなのに、時が経てば忘れるんだということ。だから人間は生きていける。
福岡でののんびりした4年間のキャンパスライフより、京都での2年間を選んだ私。京都の短大1年分の学費で、4年間の学費がほぼ払えた福岡の大学。
ちょうど定年退職した父に、そうそう負担はかけられないというのが選択理由の一つ。
国文学を志した私は、平安の女流作家たちと同じ感覚で京都の土地に住み、その空気を吸ってみたかったのも理由の一つだった。
京都での暮らしは、刺激的だった。
三畳一間の小さな下宿♪
かぐや姫の「神田川」のフレーズをほうふつとさせる文字通りの三畳一間。2階建てのお菓子屋さんの離れに住む6人の同じ大学の子大生。出身は北から、静岡、三重、島根、香川、山口そして長崎。1回生(関西では何年生とはいわない)4名と、2回生1名、3回生1名。
共有キッチンとトイレ、お風呂は銭湯へ。
お金持ちの子は、そのころからマンション暮らしを始めていたが、普通の家の子は寮か下宿だった。
当時まだあった路面電車や、バスの乗り方を習い、単位登録前は、取りやすい講義を教えてもらい。初めてお化粧を習っておしゃれしてディスコへ6人で繰り出した日は、大家さんから1階の黒電話の上の黒板に、
「明日は1講目からちゃんと登校すること」
と、白チョークでの伝言があった。
ふるさとからの小包が届くと、広い部屋に集まって、みんなでおしゃべりしながら食べた。
おもしろかったのは、キッチンでの料理の時間。
ホウレンソウはゆでた後、切ってから絞るか絞ってから切るか?
お雑煮は、赤みそ? 白みそ? すまし汁?
うちではね、とそれぞれが地元の料理を語り互いにその違いに驚き、楽しんだ。
ときに恋愛相談で夜明かししたり、人間関係に悩んでひとり部屋にこもったり。
学校生活に馴染んでくると、それぞれに同じ学科の友人ができ、一緒に行動することも減っていったが。家族のような一体感はあった。
関西では、京都の大学に行き、大阪で仕事をして、神戸に住む……というのがステイタスで、自然と京都は学生にやさしい街としての立ち位置を確立していた。
仕送り前の、寂しい手持ちのお金から小銭を数えながらお金を手渡すと、
「これは、ええわ」
と50円玉を1枚返してくれたパン屋のおじさん。
何度も下見して、やっと買いに行った小物屋さんでは、手に取った手提げ袋の値段を、
「学生さんやから」
と、割引してくれたり。
親切にしてもらった思い出は、数多い。
おのずと自分自身も親切になり、観光客に道を聞かれて、遅刻したことも2,3回ではな
い。
葵祭、祇園祭、時代祭
お祭りの華やぎ
ちょっと散歩すると由緒ある神社仏閣があり舞妓さんを見かけ
天神さん、弘法さんの骨董市
歴史と今とが絡み合って目の前にあるのが、
何とも不思議な感じだった。
時間はゆったりと鴨川のように流れ、川べりに等間隔の法則で、カップルが座っておしゃべり。その様子を四条大橋の上から眺めながら、いつかやってみたいと思った1回生の春。
これは案外早く実現した。
やってみたいことと言えばもう一つ。
丸善に行って、積み上げた画集の上に檸檬を置きたかった。これは、ミッションインポシ
ブル。
さて、話を戻して京都天狼院。
ここの書棚には、何を置き、そこを出てから
どんな妄想にふけりましょうか。
文芸部でどなたか素敵な小説を書いてください。
京都天狼院の棚に○○を置く……。
しかし、梶井基次郎にとっては、これが生涯唯一の出版本だったとか。
『檸檬』をしのぐ作品を、どうか小説家を目指すあなた、次々に出版される単行本の最初の1冊にしてください。
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