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人を笑顔にするくしゃみ


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記事:増嶋太志(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
 
「ヘックイイイイイイイイン、ショオン!」
 
教室中に聞いたことのない種類のくしゃみがこだました。
 
中学2年生のとき、私はS君とクラスメイトになった。S君は割とぽっちゃりしていた。そして、笑うと目が線のように細くなるんだな、と思って見ていると、笑い終わっても変わらず線のままというタイプの顔をしていた。そんなS君は決して前に出るわけではないのだが、意図していないのにその言動で時々目立ってしまう。いわゆる「天然」で愛される性格の男だった。
 
特に、S君のくしゃみは衝撃だった。人それぞれにくしゃみの型というものはある。たとえば、アニメの「ハクション大魔王」にもあるように、大半の人のくしゃみは「ハクション」だ。私自身も「ハクション」、もしくは「へクション」とくしゃみをすることが多い。自分のくしゃみについて意識したことはないが、今あらためて振り返ってみるとおそらくそのどちらかだ。
 
その他のくしゃみでいえば、カトちゃんこと、ザ・ドリフターズの加藤茶の「イーックション」である。カトちゃんの代名詞ともいえるこのくしゃみは、ただそれだけで人を笑わせる力を持っていた。カトちゃんの言い方や動き、そしてタイミングのすべてが絶妙でおもしろかった。
 
また、以前勤めていた会社の後輩は、仕事中に「クチン」という、珍しく控えめなくしゃみをしていた。あまり聞いたことのないくしゃみだったため、思わず「すごいね!」と私は声を掛けた。すると、「人前では抑えてくしゃみをするんですけど、家では『バホン』です」と教えてくれた。くしゃみの瞬間に公私を認識して使い分けるとは、とてつもなく器用な子である。そして、「バホン」とは一体なんなのか。カバの咳ではないか。いや、カバの咳なのか。
 
なんにせよ、くしゃみというのはこうも多様なのかと、新鮮な気持ちさせられたことを思い出す。
 
そもそもくしゃみとは、鼻の中の埃や異物を外に出すための噴出機能である。胡椒が鼻に入って、ムズムズしてくしゃみが出る、といったことを経験したことはないが、テレビで見たことはある。
また、寒い時に体を温めようとして出るくしゃみもある。風呂上がりなどにくしゃみがでるのはまさにそれだ。こちらは私も経験あり。意識をしないからあまり気づかないが、くしゃみは意外と出番が多いのだ。
 
さて、S君のくしゃみの話に戻る。それは、とある授業中に起きた。突然、「ヘッ、ヘッ」という大型犬の息づかいのような声が聞こえた次の瞬間、「ヘックイイイイイイイイン、ショオン!」という豪快なくしゃみが放たれた。一瞬、何が起こったのかとクラスの誰もがS君のほうを見た。黒板に板書していた教師も手を止め、振り返った。
 
Sくんの両鼻からは大量の鼻水が噴出されていた。S君はそれをなんとか手で拭おうとした。しかし、その量を手だけでいくのは無理がある。そのことにS君も気づいたのか、「先生、トイレに行ってきます」と高らかに宣言して颯爽と教室を出ていった。
 
S君が去ったあとの教室には、「ヘックイイイイイイイイン」とはなんだ、という疑問が渦巻いた。そもそもくしゃみだったよな今の。日頃知っているくしゃみと比較しても長すぎないか。なぜそんなにも「イ」を伸ばせるのか。などなど、疑問は尽きないが、考えたところでわかることではない。摩訶不思議だが、それがS君のいつものくしゃみなのだろう。ふざけてやったわけでもなければ、ふざけるような男でもない。彼にとっての日常が突如として表出しただけである。
 
それからというもの、S君がくしゃみをするたびにクラスは笑いに包まれた。当の本人はそのことを意にも介さないといった堂々たる態度で、その姿が私にとても好感を抱かせた。S君は人を笑顔にさせるくしゃみの持ち主だったのだ。
 
コロナ禍において、飛沫は避けるべきものの一つという認識が生まれた。くしゃみはその最たるものだ。放出されたくしゃみの初速は時速300kmを超えるらしい。新幹線やフェラーリを超えるスピードで、100万粒から200万粒もの飛沫が1〜3mの飛距離で飛び散るそうだ。そう聞くと、もはやマスクは絶対必須であり、むしろマスクだけで大丈夫かという不安さえある。そして、それほどの威力を発揮することもあり、1回のくしゃみで100mを走ったのと同等の約4キロカロリーのエネルギーを消費すると聞く。
S君のくしゃみはおそらくその倍以上のエネルギーを消費しているだろう。となると、彼は教室で授業を受けながら、100mを何本も走っていたことになる。彼にとってくしゃみとは、陸上部並に激しい運動だったと考えると、今更ながら「おつかれさま」と言ってあげたい気持ちになる。
 
中学を卒業したS君がその後どうなったのかを私は知らない。この時代、あの衝撃的なくしゃみをもつS君にとっては人並み以上に大変だろうと想像してしまう。けれど、こんな時代だからこそ、人を笑顔にするくしゃみとして周りの方々に受け入れてもらっていたらいいなと思うのだ。訳がわからないけれど、底抜けにおもしろい。S君自身も、あの線のような目で優しく笑っていることを私は勝手に願っている。
 
 
 
 
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2021-02-20 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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