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三十路のママが『おそ松さん』で号泣してよいのか問題


横手さん 三十路のママ

 

記事:横手モレル(ライティング・ゼミ)


■その戦いは1行のツイッターから始まった

おモチ気分もどうにか消えた、1月9日の午前10時ジャスト――。東京の某ターミナル駅にあるカフェのど真ん中で、娘の塾帰りを待つのんきな三十路のママがいた。いや、のんきなのは見た目の丸っこさがそうさせる印象だけで、近寄った人ならばおおよそがこう言い換えただろう。「――本当に、あれは鬼だった」と。

カフェに陣取った丸っこい彼女は、正月休みにさぼったツケを払うためなのだろう、せまいカフェの壁から電源を取って、1時間以上もあり得ないスピードで文字を打っていた。お店から追い出されては困るのか、はたから見ても計算づくのペース配分で、ぬるそうなカフェオレをときおり口に運んだ。タイプする音が周囲の客を邪魔しないよう、打ち込む指こそキーボードから離さなかった彼女であったが、ついにその気遣いが破たんした。息抜きなのだろう(注: 彼女は「息抜き」と称してひんぱんにスマホを見ていた。パソコンと意識が高いだけでろくな仕事はしていなかったことがわかる)彼女はスマホに滑らせた指を止め、小さなうめき声を少しあげると、ものすごいスピードで荷物をしまい、狭いカフェを飛び出した。なぜならば、彼女のスマホには漫画バーを営む友だちからの短いツイッター投稿が表示されていたからである。

「今月のアニメージュおそ松特集号が最高すぎて泣いてる」

三十路のママはその一文に、以下のすべてを悟った。1月9日まさに今朝が、老舗アニメ雑誌『アニメージュ』の発売日であること。その雑誌が秋から始まった大ヒット深夜アニメ『おそ松さん』の特集を組んでいること。アニメ雑誌の通例で、豪華なふろくが付いているだろうこと。情報感度の高い漫画バーの店主が、仕事あがりで疲れ果てているはずのタイミングなのに、わざわざ書店のオープン時刻を狙って買わざるを得なかったこと。そして赤塚不二夫イズムを継承する登場キャラクター≪6つ子≫たちが、はてしなく愛くるしいということ……。

これは祭りの予感がする――。かつてオタク雑誌の編集をしていた過去をしまいこんだまま、刀の錆びるがままに任せていた三十路のママが立ち上がった。ホットヨガに通うも数か月で飽きてみたり、ニューヨークのカップケーキを食べるために表参道で迷子になったり、気が付いたら美容院で差し出される雑誌が『クーリエ・ジャポン』になっていたり……。そんな迷走はここまでだ。根のオタク気質がぬらりと刀身を抜いた。ママ、つまりわたしは走り出した。

■女子の熱気が「36年ぶりの雑誌重版」という椿事を生んだ

走りながら新刊『アニメージュ』に関するツイートを検索し、「開店狙いで買えた」「3軒電話したけど買えなかった」「通販10秒で完売だった」などの悲喜こもごもに頷いて、150メートル先の大型書店に向かった。迷うことなく地下のコミック売り場に降りると、雑誌コーナーを意味ありげに往復する店員さんに声をかけた。「まだ、ありますか」。

主語を抜いた、実にいやらしい質問だった。怪しいブツの取引をするようなごっこ遊びに、店員さんは嫌な顔一つせず「アッ、あれですね。たぶんまだあると思います」と返事をしてバックヤードに消えた。「たぶん、まだ」。開店してから10分も経っていないのにこの感想を引き出した。わたしは待つあいだにぼんやりと、新刊の棚に掲げられた「おひとりさま1冊まで」「在庫は声をかけてください」というアニメ雑誌に関するポップを眺めていた。

なるほど新刊台に平積みにすると、マニアがごっそり買い占めるのだろう。高値取引をもくろむ悪漢だって、買いあさりに来るのかもしれない。先ほどツイッターで見た関連ポストには、はっきりと、品薄な雑誌をいかにして入手するかのテンション高い報告が相次いでいたから、わたしの気持ちもいささかアガった。多勢が盛り上がると心が動き、品薄になると欲しくなる。こうした軽薄な理由も包み隠さずお話ししよう。そしてなにしろ、キャラクターとドラマと声に、ぞっこんハマっている現状もお伝えしよう。こうしてわたしは合法的に、「おそ松さん」表紙巻頭特集&特製B5ファイル6枚セット付き『アニメージュ』2016年2月号を手に入れた。時刻はおよそ10時10分。全国書店をまわる同志たち(それはほとんどが女性と類推されるアカウントだった)からぞくぞくと「完売報告」が流れ込み、出版社販売部の電話回線がパンクし、初代ガンダムキャラクターが表紙を飾った号から実に36年ぶりとなる異例の重版が決まり、ことの顛末が大手ニュースサイトのヘッドラインを賑わすことまでは、そのときのわたしが知るよしもなかった。

 

■いまどき女子が『おそ松さん』に群がる理由

あらためて説明しよう。『おそ松さん』とは、2015年10月からテレビ東京の深夜帯で放映の始まったアニメ作品である。赤塚不二夫の漫画作品『おそ松くん』を原作とし、かつては小学生として登場していた主人公・おそ松を筆頭とする松野家の≪6つ子≫……おそ松、カラ松、チョロ松、一松、十四松、トド松たちが「二十歳越えの童貞ニート」となった、という設定から始まるギャグ作品である。ちなみに彼らは単なるニートではなく、あぶく銭でパチンコをスる、煙草をぱかぱかと吸う、競馬場でモツ煮込みをすする、共同部屋での「秘密のおひとりさま作業」を兄弟に目撃されるなどと、従来的なヒーロー像とはまったくかけ離れた造形がなされていたことも指摘しておきたい。

放映初回は昭和時代の第1作アニメ『おそ松くん』をなぞるようなモノクロのざらついた舞台に昔なつかしい造形を踏襲したキャラクターを勢ぞろいさせ、「ガチョーン」「およびでない」「どーもすいません」などの古典ギャグを連発。多くのアニメファンを「このギャグセンスは古くてつらい……初回切り(注:初回放映のみ試し視聴をした結果、つまらないと判断して次回以降の視聴および録画を取りやめること)ではないか」と思わせたところで画面をCGフル活用の総カラーに移行させる。このカラーパートでは、昔懐かしいおそ松たちが乙女むけ作品『うたのプリンスさまっ』を彷彿とさせる8頭身イケメンに変身し、『花より男子』『進撃の巨人』『ハイキュー!!』『弱虫ペダル』『美少女戦士セーラームーン』などなど、大ヒットした漫画/アニメのエッセンスをいいところ取りした戯画化を徹底し、6つ子のなかで唯一冷静なチョロ松に全編でツッコミを入れさせ続けることによってメタフィクショナルな構造を成立させた。後日、ソフト化のおりにはこの初回放送分を「お蔵入り」させるというアナウンスが公式発表されたため、「パロディが過激すぎたせいではないか」「いわゆる炎上商法を操ることで市場を煽っているのではないか」などと議論を呼んだのもつい最近のことである。

誰もが知る、古典に類するギャグ作品のスピンオフだったこと。主要キャラクターの造形にはセクシュアルな媚態も「萌え」を想起させる描写にも乏しかったこと。完全新作ではないので、ある程度の「おもしろ得点圏」が予想できてしまったこと。これら要因が絡まり、ことわたしの周囲では放映開始前にそこまでの期待値がもたれる作品ではなかったことを申し上げておく。わたしもそのなかの一人であり、現に「まさかの初回録りそこね」をしたため友人にビデオを見せてもらった裏事情もお伝えする。

一方もちろん、アニメスキーたちにとっては加点評価のポイントもあった。声優陣がキラ星のごとく豪華であったこと、監督がアニメ『銀魂』においてストレートかつトリッキーな劇作を施し名をはせた藤田陽一郎氏であったこと。かくしてさまざまな思惑のなか発射した新作アニメは、口コミでじわじわと存在感をのばし、特に女性層の圧倒的な支持を受けて、関連グッズ販売やイベント事業、またいわゆる二次創作同人活動のコンテンツとしても、市場を急速に拡大させていった。

 

■「萌え」を否定したキャラクターになお萌えさせる、背徳のコンテンツ
一般的な「萌え絵」とは程遠い作品ながら、『おそ松さん』がここまでの熱気を集めることになったのは何故だろうか。その理由のひとつには「同じ顔をした6つ子がそれぞれに個性的な内面を持っている」という新しいキャラクター造形があるといえる。旧作では「6人が没個性でひと括り」というあえて個性を殺すキャラクターを装置化することで、ギャグのおかしみを増幅させていた。しかし新作ではその装置を刷新。同じ顔なのにそれぞれが、おそ松=兄貴肌のバカ、カラ松=自意識過剰な厨二病、チョロ松=真面目クズなアイドルオタク、一松=友だちのいない闇属性、十四松=筋肉脳で突拍子のない「天使」、トド松=腹黒く世渡り上手な末弟、という個性を付与されて、キャラクターを掘り下げるかたちのストーリー運びが敷かれてきた。

とあるエピソードでは、あまりのニートぶりに業を煮やした母親から「扶養権」をリストラされそうになった兄弟が、おのれの正当性を主張しあうだめんずとしか言いようのない展開がなされた。この回の放映後に行われたアニメショップでの公式イベントの際は、「(わたしに)全力で養わせて」と訴えるファンからの手書きメッセージが壁じゅうに貼られていたことも、6つ子に対してファンが望む像を端的に表しているといえるだろう。ファンは、仮想のダメニートを扶養する、庇護者の立場を望んだのである。これは従来の萌え類型「弟キャラ」よりもはるかに強度のあるパーソナリティなのではないかと思われる。

また、視聴者の「乙女」層には、彼ら6つ子が一つ屋根の下の兄弟であるところ自体を「萌え」要素と捉えられ、「同じ顔の兄弟なのに惹かれあう禁断の関係」を妄想させることでSNSやイラスト界隈を席巻してきたのも事実である。著作権者への許諾を経ない同人活動というのは、そこに経済要素が加わる場合、あくまで法的にグレーな存在なのでこれ以上の言及は避けるが、つい先日にも行われた同人誌即売のオンリー(=そのモチーフのみを扱う)イベントは超満員となり、路上にあふれた女子たちによってビビッドなニュースが生まれたことも言い添えておく。みんな、お外は寒いから本当に気をつけてな……。

こうしてひとつの、これまでの「萌え」の系譜を少しずつずらした、しかし骨格をとりあげるのなら非常にオーソドックスな、乙女の財布をおびやかすコンテンツが生まれた。わたしは三十路のママでありながら、兄弟児の「禁断」を想像して号泣したことを付け加えておく。仕事でアニメを取り扱ってはきたものの、筆者わたし自身にはいわゆるBL感覚がまったく存在しなかった。なのに。なのにである。今作における、とてもシンプルな表象と、ゲスな勘ぐりをも諸手を挙げて許容するような、散りばめられた腐女子むけのエッセンス。制作サイドのこのバランスに膝を打ちつつ、「萌えない絵になぜか萌える背徳感」という新しいジャンルがこの世にひとつ提案されたことを、おもしろくそして頼もしく思っている。

 

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2016-01-29 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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