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私、本籍地は大阪やってん


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記事: Mizuho Yamamotoさま(ライティング・ゼミ) 
        
関西人の父が、九州に来て20年近くたって
も譲れなかった本籍地の変更。その住所の場
所に、実家は跡形もないのに。
そこは大阪、なんば千日前道具屋筋。
こってこてのザ・大阪な感じの場所だ。

父は子どもの頃は大阪、戦後すぐは神戸、京
都に住んでいた。ちょっとグローバル?な関
西人だ。そして、転勤で九州に来て60年は
過ぎている。

物心付いてからの私は、本籍地を記載する書
類を書くときだけ、「そうか、大阪なんだぁ」
と不思議な気分になった。3歳の時に、父の
弟の葬儀で行ったきり、18歳になるまで再度
訪れたことのない土地大阪の記憶は、白黒写
真だけが頼りだった。

アルバムには、葬儀に行ったとは思えないほ
ど楽しそうな、悪ガキを絵に描いたようなボ
ーイッシュな私が、「いひひ」という笑顔で
天王寺動物園、通天閣、大阪城でポーズを決
めている。当時、行き始めたばかりの幼稚園
(3歳児は預からない近所の市立幼稚園が、
毎日母に連れられて園庭で遊ぶ私を特別措置
で入れてくれたのだった)で、「ばか!」と
「ち○ぽ」ということばを真っ先に覚え、連
発していた時期だった。

父は9人兄弟だったはずが、気づいたら昭和
の30年代後半には3人しか残っていなかっ
た。生き残りの姉弟3人の中で一番若かった
叔父は30歳とちょっとだった。

私の誕生を知って、大きな起き上がりこぼし
と、ピンクのぴかぴか光る布地のガウンを送
ってくれた叔父。母は私が高校生になっても、
そのガウンを大事に取っていて、年に一度の
虫干しのときにおもむろに衣装ケースから取
り出して、

「独身男性が、こんなプレゼントを思いつく
とは、ほんとに優しい人やったねぇ」

ガウンをなでながらいつもそう話した。

小学3年で父親、5年で母親を亡くしたとい
う叔父。当時中学生だったという父は、母親
が亡くなったことを弟に知らせに行った時の
ことを最近になって語ってくれた。

「小学校5年の運動会の日やった。電車で運
動会の会場まで行って、お母さんが死んだか
らすぐに家に帰ろうと言うたら、あいつ歯を
食いしばって下向いて、オレに付いて早足で
歩いた。饅頭をちょうどもらったのを1個持
っててな。お前食べろ! と渡すと、兄ちゃ
ん半分にしようと2つに割ってくれて。気の
優しい子やったなぁ」

工芸学校に行って、技術を身に付け、親方に
ついて必死に修行して、やっと一人前になっ
て、自分の店を持ち、結婚してという矢先の
病死だったそうだ。なんとも不憫な叔父であ
る。

「虫の知らせ」というのか、弟が亡くなった
という電報を受け取る数時間前に、ジープで
演習先から戻ってくる途中の父は、なぜか当
時の国鉄の小さな駅に車を停めさせて、

「今から大阪に行くには何時の汽車があるか
な?」

駅の時刻表を眺めたのだという。訃報を受け
取ったのは、帰宅してすぐだったそうだ。

そんな悲しい葬儀に、私は「ばか」「ち○ぽ」
を連発するやんちゃで、母と若い親戚のお姉
ちゃんたちを赤面させたという。
やれやれ…… 。

せっかく九州から来たんやからと、あちこち
連れて行ってもらい、私は大満足だったらし
い。父の叔父夫婦がお好み焼き屋をしていて
私は、ソフトクリームの機械の前にくぎ付け
になり、じっと見ていた記憶だけが残ってい
る。目の前でコーンの上にくるくると盛り上
がって行く白い柔らかなソフトクリームは、
夢の国での出来事のようだった。おなかの弱
かった私は、ちょっとだけ食べさせてもらっ
たが物足りず、そこから頑固に動かなかった
という。

だから私の記憶の中では、大阪=ソフトクリ
ームだった。

短大で京都に行ってからの大阪は、身近な街
になったが、それでもキタと呼ばれる梅田の
方がおしゃれな街だったので、ミナミに行く
ことはほとんどなかった。

私の結婚を機に、本籍地を長崎に移そう、証
明書を取るのが面倒だと母に言われ、しぶし
ぶ折れた父だった。

「なんか大阪から遠ざかるようでいややった
な」

出張で大阪を訪れた際、実家の住所近くの高
層のホテルに泊まり、上から子どもの頃馴染
んだ風景を見たのがよほど楽しかったようで
その後家族旅行で何度か訪れた。

父のお隣さんだった竹細工の店や陶器の店は
まだ残っていて、そこの跡継ぎさんと話がで
きた。

昨年、次男が私の旧姓を継ぎ、ルーツ調べを
してみたいといいだした。それなら図書館に
行くべきだと思い、父を連れて大阪府立中之
島図書館で調べることを企画中だ。1904年
にできた中之島図書館は、その建物の歴史と
外観および内装の荘厳さからも、良い資料が
見つかる期待が募る。

アメリカの図書館で、当時の電話帳やマイク
ロフィルムと向き合ってルーツ探しをする人
々を大勢見たことがある。

人は自分の来し方を、知りたくなる時期があ
るのだと思う。特に我が家のような先祖代々
同じ場所に住んでいる(ジモッティ)でなく
何だか辿ればたどるほどに、いろんな地名が
交差すると、わかるうちに調べるべきだとい
う思いが強くなるのだろう。歴史好きの次男
から、私が上京した時はアパートに泊めてや
ってるその代わりに、ルーツ調べをしてよね
! とのミッションが下って半年近くなる。

大阪、京都と関西に来ると何だか懐かしい気
分になるのは、埋め込まれたDNAのせいだ
ろう。

この記事を今、私は旅先の大阪で書いている
とパソコンのキーをたたきながら、

ん?

「旅先」ということばに違和感。

大阪は、魂の奥のところで繋がってる街だと
やっぱり思う。

 

***
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2016-05-03 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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