おばけとランチして、やっと正体がわかった
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
【12月開講申込みページ/東京・福岡・全国通信】人生を変える!「天狼院ライティング・ゼミ」《日曜コース》〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
→【東京・福岡・全国通信対応】《日曜コース》
記事:つたちこ(ライティング・ゼミ)
「今週どこかでランチいかない? 話が聞きたいんだー」
大浦さんから社内チャットでメッセージが届いた。
メッセージを見て、しばらく固まってしまった。
ランチ……。ランチか。
ランチなら1時間で終わるし、いいか……。
私は大浦さんがちょっと苦手だ。
……いや正直に言うと「ちょっと」じゃない、かなり苦手だ。
大浦さんは2つ年下の同僚の女性だ。
うちの会社に入る前からの知り合いなので、かれこれ10年以上の付き合いになる。
大浦さんは丸顔の童顔で、だけど見た目を裏切るように、ばきばき仕事をする。
ひとの仕事にも厳しい。
でも時間には結構ルーズだ。平気で寝坊して遅刻してくるし、自分の仕事はスケジュールが遅れたりする。
いつもテンションが高めで、よく通る甲高い声でけらけらと笑う。
めちゃめちゃおしゃべりで、流れる水のようにあちらこちらととめどなく話が続く。
そして、やる気があるときとないときの差が激しい。
なんでもそうだが、人間の相性でも、向き不向きがあると思う。
つまり私にとって大浦さんは「向いてない」のだ。
最初は、大浦さんが時間にルーズなことが気になった。
何度か直接、改善したほうがいいと話をしたこともある。
仕事はチームワークだ。大浦さんが時間にルーズなことがボトルネックになって、周りに悪影響を及ぼす。
でも、「そうなんだよねー。でも先にこっちやっちゃおうって思っちゃって! うふふふふ」とよくわからない言い訳を言って、何度言っても全然直そうとする気配がないから、彼女に対するなにかが切れてしまった。
一度「自分とこの人は向いてない」と思ってしまうと、何もかもがダメなほうに気になってしまう。
時間にルーズなことはもちろん、大きな声でよくしゃべるから電話中にうるさくないか気になることも、話があっちこっちに行って長くてなかなか終わらないことも。一挙一動何もかも。
大浦さんの存在は、まるでぼんやりしたおばけのようだった。
別に私に直接悪さをするわけではないけど、近くに来ると体が硬く緊張してしまう。
そんな自分も嫌で仕方なかったけど、止められなかった。
だから、ここ数年は大浦さんと積極的に関わらないようにしてきた。
幸い、私と大浦さんは同じ職種なので、同じプロジェクトチームになることはほとんどない。
仕事で直接からまないなら、あとはなるべく個人的に大浦さんに関わらなければいい。
大浦さんも私の硬い態度に気付いたのだろう、私に話しかけてくることは徐々に少なくなった。
そんな大浦さんが私の話が聞きたいという。
大浦さんにランチに誘われるのは久しぶりだ。
前回誘われたのは2年くらい前、大浦さんから「会社を辞めようと思う」と伝えらえたときだ。
大浦さんは、何がどうして嫌で会社を辞めようとしているか、ランチの間ずっと話していた。まるで会社への恨みの呪文のようだった。
結局大浦さんは会社を辞めず今に至るのだが、今回は立場が逆だ。
私は来春、15年務めた会社を去ることを決めて、後任の調整もできたのでみんなに公表したのだ。
「私の話を聞きたい」って?
嘘だ。いつもの調子で、8割、いや9割は大浦さんのマシンガントークを聞くことになるのに違いない。
そう思ったけれど、「一緒にランチに行くのは嫌です」というのも大人げない。
仕方なく、日時を決めてランチに行く約束をした。
金曜日の13時、大浦さんが「行ける?」と財布を手に持ってやってきた。
「うん、大丈夫」と、ちょっとした勇気とともに立ち上がる。大丈夫、おばけは私に悪さしない。
小さなビストロで、2人のランチが始まった。
「辞めた後どんな仕事をするの? いつから決めてたの? どうしてそうしようと思ったの?」
直球がいくつか投げられたので、これまでほかの人にも説明したような話を一通りする。
「そうなんだ。私も考えなきゃ。ずっと一緒にいた人が辞めるとなると焦るなー」
大浦さんが一度この会社を辞めようとしたあと、仕事に情熱をかけなくなっているのは、私も感じていた。
以前だったら積極的にいっていた仕事も、スルーしたりだらだらと延ばしていたりする。
自分に危害はないが、おばけのやる気がないオーラは周りにも伝わる。それも結構迷惑な話だ。
「大浦さん、最近ずっとやる気ないもんね」
つい、口に出してしまった。
「うん。もういろいろありすぎてやんなっちゃった。なんで『私たち』だけが頑張らないといけないの? って」
聞くと「私たち」の中に、私も含まれていた。
「だって『私たち』、超がんばってたよね!?」
確かに私と大浦さんは、以前めちゃくちゃ頑張って仕事をしていた。
毎日毎日、終電や徹夜を繰り返してきた。
ブラック企業の社畜だ、と笑われるかもしれない。
でも本人たちはいつも必死で、そして夢中で仕事をしてきた。
いいものができるなら。
お客さんに喜ばれるなら。
そして売り上げがあげられるなら。
そのためなら今までやったことのないことでも試してみる。
新しいことにチャレンジするのは、大変だけど楽しいことも多い。決して辛いだけではなかった。
次々にやってくる大波に溺れそうになりながら、必死に泳いで乗り越えた日々が、今の私たちを作ったといってもいい。
でも、ずっと先まで将来を考えたとき、たぶん体力的に続けられないだろう。小さな会社だから、大きく仕事が変わることも考えにくい。
だから私は、見切りをつける決心をしてしまった。
1年半以上ぐるぐると悩みまくったし、ようやく決心して会社に伝えるときにも手が震えた。
今でも不安だらけだ。
でもやると決めてしまった以上、もう前を向くしかない。
どうせ別の形で頑張るなら、自分らしく頑張りたいことを頑張れる仕事をしたいと思う。
大浦さんの機関銃トークは、続く。
私が思っていることと、少し似たことを言っていた。
大浦さんと私の違いは、大浦さんが今の職種自体に見切りをつけようとしていることだった。
今後は趣味としてやっていたことを中心にして、仕事の一部にしたい、という。
大浦さんが考えていることを、相槌や質問をしながら聞いていく。
最近結婚した旦那さんと何を話しているか、どういう生活を目指しているか、将来どうしたいか。
家族のこと、兄弟のこと、親戚のこと。
こんなにしっかり話を聞いたのは、いつ以来だろう。
気が付くと、私は肩の力を抜いて大浦さんと普通に会話をしていた。
なんだか憑き物が落ちたみたいな気分だった。
今日の大浦さんのたくさんの言葉には、以前のような恨みの言葉はほとんどなかった。
私の意識も変わったのだと思うけど、大浦さんも以前とは少し違っていた。私と同じように自分の将来を前向きに考えている人だった。
大浦さんはおばけじゃなくなっていた。
幽霊の正体見たり、枯れ尾花。
私も大浦さんも、一緒にゆらゆら風に揺れているススキだったのだ。
すっかり長いランチになってしまった。会計を済ませて店を出た。
帰り道、大浦さんがいう。
「前に、ドライブ中の車はスマホとか他人とかの邪魔が入らないから集中してディスカッションするのに最適だ、って言ってたじゃない?」
「そんなこと言ったっけ?」
1年以上前に朝礼でした話で、自分が話したことも、すっかり忘れていた。
「あのとき、夫婦二人でそんな真剣になにを話してんだろう? って思って覚えてたんだ」
「……そうだった。温泉旅行に行きながら、その時はまだ全然会社を辞めるなんて考えられなくて、いろんな不安をすっごいマジに2人で話し合ってた!」
大浦さんがコロコロ笑いながらいう。
「それ、すごくいいなー! って思って。今度真似しようっと!」
やっぱり大浦さんは苦手だ。
記憶力がとてもよくて、私のした些細な話もよく覚えている。うっかりその場限りの変な話ができないじゃないか。
尽きないおしゃべりに付き合うのはやっぱり苦手だけど、おばけの正体が分かった今、もうむやみに怖がる必要はないのだ。
***
この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加いただいたお客様に書いていただいております。
「ライティング・ゼミ」のメンバーになり直近のイベントに参加していただけると、記事を寄稿していただき、店主三浦のOKが出ればWEB天狼院の記事として掲載することができます。
【12月開講申込みページ/東京・福岡・全国通信】人生を変える!「天狼院ライティング・ゼミ」《日曜コース》〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
→【東京・福岡・全国通信対応】《日曜コース》
【天狼院書店へのお問い合わせ】
TEL:03-6914-3618
天狼院書店「東京天狼院」
〒171-0022 東京都豊島区南池袋3-24-16 2F
天狼院書店「福岡天狼院」
〒810-0021福岡県福岡市中央区今泉1-9-12 ハイツ三笠2階
TEL 092-518-7435 FAX 092-518-4941
【天狼院公式Facebookページ】 天狼院公式Facebookページでは様々な情報を配信しております。下のボックス内で「いいね!」をしていただくだけでイベント情報や記事更新の情報、Facebookページオリジナルコンテンツがご覧いただけるようになります。
【天狼院のメルマガのご登録はこちらから】