断言しよう。ブスは罪悪である。
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
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記事:石村 英美子(ライティング・ゼミ)
「だって気分の悪かろうが。ブスば見よったら」
能勢先生は、ガッチガチの博多弁で言った。
私は中洲のワインバーで、先生と飲んでいた。私が言った「先生のクリニックの受付は美人揃いですね」への返しがこうだ。
能勢先生は歯科医で立派なクリニックを経営している。大の「お姉ちゃん好き」で、そして異常に面食いである。もちろんそれは知っていたが、あからさまに「ブスを見ると気分が悪い」などと言われると、頷くわけにはいかない。
「あ、もちろんあんたに言うたんやないとよ? 心配せんどって」
するか! そんな心配! その女性蔑視的な発言が気に入らないだけで、あなたに私の美醜をどう判断されようとどっちだっていい。私は「はぁ」と中立的な相槌だけ打った。
この先生は前から苦手だ。俺さま体質で、気に入らない事があるとすぐ怒る。それにその地雷がどこにあるのか分かりにくく、いつも細心の注意を払う必要がある。ひとたび怒ると数十分にわたり説教される。幸い、私はまだ先生を怒らせた事はないが、何度かその現場を見ているので、今日はもう何を飲んでも食べても味が分からない。
そもそも見た目も苦手だ。
デジグアルのTシャツにグッチの革ジャン。パイソンのとんがり靴を履き、ウォレットチェーンと一緒に「フェラーリ」のキーケースがジャラジャラしている。どこからどう見ても歯科医には見えない、見事なアラ還ちょいワルオヤジである。一緒に歩いていて、知人に会わないかもうヒヤヒヤした。
本来、今日の会食にはN美さんが来るはずだった。N美さんは元ホステスで、美人な上に賢く、人の扱いが上手い。もっと言えば「おっさん」の扱いが上手い。それもそうだろう。出張からの戻りが遅れることになった今日、嫌がる私をうまく言いくるめ、接待の代打に立てたくらいだ。そのスキルを持ってすれば、おっさんの一人や二人、手玉に取ってもおかしくない。N美さんは、能勢先生のお気に入りだった。
「だいたいね、性格の悪かもんね、ブスは」
ですよねぇ、とか言っておけば良かったのだ。でも口からはこんな言葉が出た。
「いや、でも顔と性格は関係なくないですか?」
しまったしまった。ワイン飲みすぎて口が滑った。N美さんが着くまでの繋ぎで、能勢先生を引き止めておかなきゃいけないのに。先生の眉間にわずかにシワが寄り、低く「うーーーーん」と唸っておられる。あ、これ先生が怒る前のやつだ!
「そうかねぇ……」
あれ? よかった違ったみたいだ。やっべ、危ないとこだった。と、思ったのもつかの間。
「あんたがそげん思いたいだけやろ?」
……待って、どういう意味? 私の不服が読み取れたようで、先生は続けた。
「顔がブスの性格がよかったことやら、60年生きて来て一度もないじぇ」
じぇ、って。さらに続けた。
「人間は見た目じゃなか! 中身やけん! やら言うやつに中身があった試しも無かしね。中身中身言い過ぎよ。外からは分からんちゃけん、見たまんまよ」
畳み掛けられてちょっとぼーっとしたが、この人だいぶ腹立つことを言っている。でもダメだ、今度こそ「そうですねぇ」って言わなきゃ。でも口から音声が出なかった。先生は興が乗ったのか、どんどん続けた。
「だいたいね」
出た、だいたいね。
「だいたい、ブスは思いやりの無かもんね。なんでか分かる? 分からんめ? 教えちゃぁ。人から優しくされとらんけん、優しくしかたを知らんわけたい。可哀相かねぇ」
勝手に可哀相がられても。でも何か言わなきゃ。
「可哀相、なんですかね」
「可哀相よ、当たり前くさ。美人は優しくされて機嫌よーく生きとるやろ? だけん、もっと美人になるったい。でもブスは厳しくされてひねくれて、もっとブスになるったい。インフレとデフレなんとかたい」
「……ブス・スパイラルですか?」
「あっはっは! あんた酷いこと言うね! あっはっは!」
笑えない。ムカムカしてきた。ワインのせいじゃない。N美さんが来るまでもたないかも知れない。
「だけんね、うちは美人しか雇わんと」
上機嫌でワインを飲んでいる能勢先生が、ものすごく醜く見えた。あんただってちんちくりんで、ちっともカッコよくないじゃないか。
「オレもイケメンやったらいいなーって思うとよ。でも違うけんね」
え? 今、音声出てなかったよね!? まるで私の心を読んだように言ったのでぎょっとしたが、先生はカウンターの奥を見ていた。
「男も女もね、美人とブスっておるとよ。おんなじよ。オレは綺麗な方が好きやけど、自分はそうじゃなかもんね。だけんってひがんだらもっとブスになるとよ。オレの知っとる美人もイケメンも、みんないい子やもん。美人は性格がいいとよ」
あれ? なんか論調が変わった。
「本当はね、綺麗な子はね、損する事もあるっちゃんね。ちょっと嫌な顔しただけで、鼻にかけて! やら、お高くとまって! やら言われるし、女の子からひがまれるしね。男も同じか知らんけど。そいでもね、ちゃんとしとるって事は、性格も美人って事やない?」
「そう、かもしれないですねぇ」
今回は素直に音声が出た。出たついでに聞いてみた。
「でも、生まれつき綺麗な人と、そうでもない人って居るじゃないですか。それで言うと、そうでもない人は、見た目も性格も美人にはなれないって事でしょうか」
「あんた、オレの話聞いとった?」
「あ、はい。聞いてました」
「分かっとらんねぇ。美形と美人は違うったい! オレが言いよるのは美人、美形とはまた別!」
「……えっと、じゃぁ、美形のブスっていうのもあり得るって事ですかね」
「そーー!! なんね、分からんで聞きよったとね! 意外と天然ちゃんやね!!」
「じゃぁじゃあ、顔やスタイルはそうでもないのに美人っていうのもアリって事ですよね」
「だけん、そげん言いよろうが」
「いや、分かりにくいですって!」
あぁ、そうか。
この時点でやっと気が付いた。このインチキちょいワルオヤジは「人を見た目で判断する嫌なやつ」だと思っていたが、見た目で判断していたのは私の方だ。先生の派手な身なりと職業ステイタスで、そんな人に決まっていると思い込んでいた。先生の言うブスと、私の思っていたブスは決定的に種類が違っていたのだ。
しかも、まるで自分がブスだと言われ人格も否定されたかのように勝手に腹を立てていた。ひがみだ。そねみだ。それこそブスの権化だ。自覚があったから腹が立ったのだ。ひぃいい恥ずかしい。
先生はこうも言った。
「スポーツやら見よってね、ブチャイクな子がおるやろ? でもね、一生懸命しよるの見よったらね、綺麗やねーって思うとよ。不思議と」
「綺麗、ですか」
「そうよ。でね、そう思えるオレってなかなかイケメンって思わん?」
「あぁ、そうですねー」
最後のはお愛想だったが、先生は「あはは」と笑った。
なんだ、いい奴じゃないか。ブス根性で世界を見ていたから、能勢先生をただの厄介さんだと思っていたが、腕だけであれだけのスタッフを回せる訳がない。私には今まで見えなかっただけで、先生には人心を掌握するだけの何かと、人を見る目があるのだろう。
N美さんからメールが来て、福岡空港に着いたという。中洲までは地下鉄で3駅だから、あと20分もすればここに着くだろう。
能勢先生にそう伝えて、グラスに残っていたワインを飲んだ。ワイルドベリー系の香りがして美味しかった。こんな味だったんだ。
そして最後に、能勢先生は言った。
「ばってんねぇ、美形で性格も美人でスタイルがいいのが、一番よかね!」
うん! そうでしょうね!! N美さん早く来て!!!
***
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