メディアグランプリ

拝啓Cさんへ、読んでいただかないことを望みます。


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:永井里枝(ライティング・ゼミ)

自分が泣いていることに気づいた時には、ひどく動揺した。どうしてだろう、涙が止まらない。止めようと思えば思うほど、こみ上げてくる涙に白旗を上げ、ステージの上に目を向けると、その人も泣いていた。

その日、私はお世話になっているCさんの主催するライブに出演していた。バンドとアコースティックアーティストが交互に演奏する、リレー形式のイベントだった。弾き語りで活動を始めてから3年程になるが、なかなか大きなステージで歌う機会はない。Cさんはそんな私に、大事なイベントの時には必ず声をかけてくれるのだった。

元々、私はとある地元バンドの追っかけをしており、そこのギタリストに入れ込んでお金をじゃんじゃん使っているような典型的なバンギャだった。Cさんはそのバンドと一緒にイベントをすることが多く、使っているスタジオも同じだった。
当時、私はCさんのことがとても恐かった。長髪を金色に染め、いつも帽子を深くかぶっていた。休憩中にメンバーがタバコを吸っていても、端の方で缶コーヒーを飲んでいるだけ。話の中に積極的には加わらない、かといって一人になろうとしているわけではない。そういう絶妙な距離感で、人に接しているように感じていた。
きっと私は関わることはないだろう。だって、他のバンドのファンだし。「顔は知ってる」程度の認識だ、何を話していいのかもわからない。いや、話す必要もないのだ。Cさんはステージの上に立つ人で、私は下から見ている人なのだから。

そんなある時、突然Cさんから声をかけられた。
「永井さん、ライブ出ませんか?」
いやいやいやいや! え?
驚いて膝が抜けた。名前、知ってたのか! そして私が音楽を始めたこともバレていたなんて。
私が歌い始めたことは、バンドを見に行っていたこととは関係ないが、それでも「あいつバンギャだったくせに」と言われるのが嫌で、少しの間は黙っておこうと思っていた。それなのに、Cさんは知っていた。まあ、追っかけをしていたギタリストに話していたのだから、仲の良いCさんに漏れていてもおかしくはない。だが、私のいないところで私の話が出ているというのに、とても驚いた。
しかも、私は超絶人見知りなのだ。「恐い」と思っている人から突然、思っていたのの数倍フランクな感じで声をかけられたら、そりゃ動揺もするだろう。バランスを崩した私は扉の取っ手に捕まって、辛うじて体勢を保ちながらほとんど反射的に「は、はい」と答えた。

大変なことになった。
ライブなんて、まだする予定じゃなかったのに。というか、まだ人前に立てるような状況じゃない。にもかかわらず「出ます」と言ってしまったのだ。しかも、あの、恐そうなCさんのイベントに。もちろん、同じ日に出る対バンのアーティストの中に、知り合いなど一人もいなかった。
ああ、もう私なんかで本当にごめんなさい。そんな気持ちで当日を迎えた。

会場となったのは、福岡天狼院から歩いて2~3分のところにあるライブハウスだった。何度も見には来たことがあるけれど、自分がそこに立つのは不思議な感覚だった。なんとか自分の出番を終え、トリのCさんが歌い始めた。

私は言葉を失った。
見たことのないCさんだった。
その日はバンドではなく、弾き語りで演奏していたのだが、プロジャクターから映し出される映像にCさんの影が重なって、神々しい煌めきを放っていた。そして、恐さは消え、切なさと優しさに溢れた歌を歌っていた。
「この人は、痛みを知っている」
直感的にそう思った。きちんと話したことはないけれど、心のどこか深い部分で共通したものがあるように思えてならなかった。

Cさんの誘いで半ば強制的にスタートを切ったライブ活動だったが、その後もずっと気にかけてくれていた。別のイベントでライブをする時でも、路上で歌う時でも、時間さえ合えば見に来てくれていた。だんだんと私も自分のスタイルというものを見つけ始め、曲を作ったり、人前で歌うことに関しても自信を持てるようになってきた。

それから1年くらい経った頃だろうか、私はあまりライブをしなくなっていた。
「仕事が忙しくて」というのは言い訳で、要は男ができたからだった。底抜けに明るくて、性格は本当にいいやつなのだが、いわゆる「ヒモ」だった。一緒に住んでいたが家賃など一度も入れたことはなく、バイトもしないため自分の食費すらない人だった。朝昼夜と全て食事を用意し、二人分の洗濯物を片付け、フルタイムで仕事をする生活の中で、音楽に割ける時間なんて正直ほとんどなかった。
そんなヒモ付き生活は半年ほどであっけなく終わりを迎え、思いがけなく自由を手にしてしまった私は、心にぽっかりと空いた穴を埋めることができずに、毎日を過ごしていた。
Cさんのイベントに誘われたのは、そんな時である。
新しく始動したバンドのCDリリースイベントに出ないか? という話だった。私には断る理由がなかった。止まっていた時間が、ようやく動き出したように感じた。

過去最高に集中して歌った。
自分の失恋をかいた歌を歌った時、どこからか、すすり泣く声が聞こえた。
「まだ私はここにいてもいいんだ。ここで、歌ってもいいんだ!」
心からそう思えた。無言の肯定に満ちていた。
この場を与えてくれたCさんに、終わったらちゃんとお礼を言おう。そして、もっとちゃんと頑張りますと伝えよう。
自分の出番を終え、控え室でしばらく立ち上がれずにいた。

気がつくと、Cさんのバンドの出番になっていた。いつもと同じオープニングSE、暗い中にメンバーが一人ずつ入ってくる。その度に湧き上がる歓声。徐々にボルテージが上がっていく中、Cさんが入ってきた。ゆっくりとギターを肩にかけマイクに近づいた瞬間、それまでの大音量がサッと引いた。
「そんなことはもう、どうだっていいんだ」
Cさんの声でライブが始まった。あーこれ、ダメなやつや。1番か2番目に好きな曲だ。最初からこれで飛ばすなんて、ずるい。視覚から、聴覚から、強く訴えてくるCさんの曲に会場は飲み込まれていた。私は初めてライブに誘ってもらったあの日から、Cさんのライブにはほとんど欠かさず行くようになっていた。それはCさんがバンドを解散し、ソロ活動を経て、新しいバンドになってからも変わらなかった。曲はほとんど覚えていたし、だから感極まったとしてもライブ中に泣くということはなかった。

ライブも終盤に近づいた頃だったと思う。知らない旋律が流れた。ノスタルジックなそのイントロとは裏腹に、開始3秒でその歌詞は私の心をえぐってきた。どん底の女の子の歌だった。
「まるで今の私みたいだ」
次の瞬間には、もう泣いていた。ステージからそれほど遠くない、Cさんに見られては恥ずかしい。止めたい、涙よ止まれ、止まってくれ! こんな時に限ってハンカチもティッシュも持っていない。ああそうか、Cさんがグッズとしてポケットティッシュを作っていたのはこのためだったのか! なぜ今まで気づかなかったのか。そう自分を呪いながらも、止まらない涙をどうにもできずにいた。
もういいや、ちゃんと見よう、恥ずかしいけど仕方ないや。
そう思って顔を上げると、Cさんも泣いていた。それを見て、また涙が止まらなくなった。歌の内容だけではない、Cさんの優しさとか、今までのCさんへの感謝とか、自分の不甲斐なさとか、そういったものがごちゃまぜになって胸が押しつぶされそうになった。

なんてことを、当のCさんには伝えていない。面と向かってこんなことを言うのは、なんとなく気恥ずかしいのだ。出会った頃と違って、Cさんのお茶目な部分もたくさん知っているけれど、それでもやっぱりCさんは私にとって「ステージの上の人」なのである。
この密かな思いを胸に秘めて、またCさんのライブに行こう。私ができることなんて何もないかもしれないけれど、ライブに行くことでCさんが歌い続けることを肯定できるって、私はわかるから。

 

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この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加いただいたお客様に書いていただいております。
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2016-12-01 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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