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プロフェッショナル・ゼミ

兄妹じゃなければ普通の恋物語《プロフェッショナル・ゼミ》


*この記事は、「ライティング・ゼミ プロフェッショナル」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:あかり愛子(プロッフェッショナルゼミ)※フィクション

強く、目眩がした。
私はかろうじて伸ばした背筋を保ち、こちらを見つめる目を見返した。
向かいに並ぶのは、とてもよく似た二つの顔。
そして私にも、よく似た顔。

「もう決めたの。私とお兄ちゃんは、このさき一生、一緒にいるって」
「だから、これは相談でもないし、許してほしいとかいうお願いでもないんだ。そういう覚悟でいるんだっていう、報告だから」

迷いのない、笑いを含まない表情で、交互に私に言葉をぶつける。

何を言っているんだろう?
ほんの十数年前に私が産んだ、かわいい、いとしい、私の――子供たちは。

私は今、二人の子供たちとダイニングテーブルを挟んで向かい合っている。結婚当初に義母が新調してくれた6人掛けのテーブルは、ダイニングルームを圧迫するほど大きい。だけどこれまで、3人で囲んでいても持て余してしまうなんて感じたことは一度もなかった。

寒々しいほどがらんと感じるテーブルを見回す。
ミルクティをひと口ふくみ、その熱さに顔をしかめる。
今淹れたばかりのミルクティが冷める間もないほど、突然の切り出し方だった。

仲のいい兄妹ではあったけれど、仲が良すぎると感じたことはなかった。
私がもともと仲の良い姉妹で育ってきたから、わからなかっただけなのだろうか?
「普通は」兄妹は毎日遅くまで仲良く話し合ったり、休日に出かけたりしないのだろうか?

――わからない。

二人のこれまでの行動を考えても、ほほえましさを超えるものはなかったのだ。
今日、たった今の、この瞬間まで。

話があるんだ、と健太が軽い調子で言ったのは、私がお風呂に入る前だった。
あ、私も、と、離れたところでテレビをみていた沙苗が声をあげた。
わかった、と答えて私は風呂に入り、あがった後、のんびりとお湯をわかして紅茶を淹れ、席についたのだ。
二人はもうダイニングテーブルに座っていた。
いつになくしんとした空気に、――これは相当なお願いごとだな、おこづかいじゃ足りないものが欲しいのか、それとも行きたいところがあるのか――なんて考えた私はなんてのんきだったんだろう。

――確かに、おこづかいでは到底買えない未来に、彼らは行きたがっていたのだけれど。

呆然としている私の前で、二人の兄妹は明らかにくつろぎはじめていた。
ひと仕事やり終えた、みたいな雰囲気を出して、伸ばしていた背筋もふにゃりとゆるめて、私と同じミルクティの入ったマグカップを手のひらで包んでいる。

高校2年生の健太は背があまり高くない。163センチの私と同じくらい。その上、本ばかり読んでいて体を動かさないので筋肉もついていなくてひょろひょろしている。
なめらかな白い肌にはムダ毛の存在感はかけらもなくて、乾燥肌の私は母親ながら『その無駄な美肌、あんたには必要ないんだから私にくれよ』と思うこともしばしばだった。

その、白くて長い指がマグカップの取っ手に絡んでいる。
すい、と持ち上がるカップの動きを追っていると、そこに、よく日焼けした細い指が重なった。

「紅茶、まだ熱いじゃん。お兄ちゃんにはムリだよ。猫舌だもんね」

生命力の塊のような妹の沙苗は年子で高校1年生。
女子としてはやや高身長で、健太を背の高さで抜いたのは中学の時だった。
しっかりと引き締まった四肢はのびのびと動き、陸上の選手として試合に出る時には我が娘ながらうっとりするほど美しく走る。
ただそこにいるだけで、全身にためこんだ太陽のエネルギーを無邪気にまき散らしているように、きらきらしている。

「そっか。母さんの紅茶はいつも熱々だもんな。お前が淹れるのと違って」
「でしょー。私はほら、お兄ちゃんの好みわかってるからさ」

――…………ん?

この、あらためて子供たちをしげしげ見つめていた間に、私は何だかとても失礼なことを言われなかったか?

「そう言うなよ。母さんのは母さんので味に深みがあってうまいんだから」
「あ、そういうこと言う。じゃあもうお兄ちゃんには淹れてあげないようにしよっかな」
「うそうそ、ごめんって」

――んん?

私は目の前の会話を聞きながら、ゆっくりと意識をもとに戻す。

――なに、この、ないがしろ感。

――なんでこの子たち、私を差し置いて、というか、私をまるでスパイスかなんかのように使って盛り上がってんの。

「ちょっと、待ちなさいよー!」
「うおっびっくりした」
「ちょっともーお母さん、いきなり叫ばないでっていつも言ってるじゃん。もうちょっとでカップ落とすとこだったよ」
「カップくらい落とせばいいでしょ! 自分たちばっかり落ち着いて!!」

大声を出したら一気に心拍数があがった。
落ち着こうと、冷めはじめたミルクティを一気に飲み干す。

「あのね、さっきの話、もう一度聞いてもいい?」
「さっきの? 私が紅茶を淹れるとか淹れないとかって話?」
「いやさすがに違うだろ、俺たちのことだよ、沙苗。な、そうだろ? 母さん」

――確かにそうなんだけど、なんなんだ? この蚊帳の外感。

ついさっきのさっきまで、私たちは『仲の良い家族』だった。まだ帰宅していない夫も含めて、私たちはずっと、和やかに日々を過ごす、穏やかな家族だったのだ。
時折けんかはするし、沙苗なんか反抗期まっさかりの時には、衝動的に家から逃げ出すこともあった。
けれどおおむね、問題のない家族だったはずなのだ。

――それが、なんなの?

今ここにいるのは、初々しいカップルが一組と、それを(おそらく)邪魔せんとする年配の女性(私だ)の3人なのだ。
3人ではない。
2人と、1人なのだ。

――親はいつか邪魔にされる存在になるのはわかってたし、いつまでも穏やかな4人家族でいられないのもわかってた。
――2人もいつか家を出るだろうし、別れの時がくることだって覚悟していた。

――なのに。
――こういうふうに突然、形が変わることなんか考えてなかった……。

いったん冷静になってみてみるとわかる。
親の手前(なのか単に第三者の手前なのか)、2人は身を寄せたりもせずに距離を保って座っている。
けれど、端々から伝わるものがあるのだ。
目が合った瞬間に思わずはにかんで顔を伏せる沙苗の仕草。
それを追う、健太の視線の温かさ。

――確かに、違うわ。これは兄妹の視線のやりとりじゃ、ない。
――単に私が気づかなかっただけなんだ。これまでも目の前で展開されてきた、このやりとりに。

そしてもう、私は気づいてしまった。
ほんの十分前、紅茶を淹れる前の私には、もう二度と戻れない。

「ごめん、ちょっと整理させてもらっていい? なんかお茶飲んでも全然落ち着かなくて」
「お母さんのミルクティいっつも濃いもん。カフェインのせいじゃない?」

沙苗の張りのある声に反論する気力もない。無言でじろりと睨みつけて、とにかくお湯を沸かすことにした。
紅茶を淹れなおしたからといって、世界が巻き戻されるなんて思いはしなかったけれど、とにかく一度ペースを自分のほうに引き寄せなければ、と思ったのだ。

カウンターキッチンから、再びこわばった表情になった2人に声をかける。

「ちょっと時間かかるから、普通にしてて。話は、そっちに戻ってから始めるから」

こくんと頷いたあと、20秒くらいは神妙にしていたが、結局2人は話し始めた。
とにかく、2人でいて黙っていることができないのだ。
それは別に、最近に限ったことではなくて、昔からのことだったけれど。

片手鍋に水を張り、コンロにかける。
徐々に小さな泡が鍋底から生まれてくる。
ポコポコ浮き上がってくる、小豆よりも小さい泡たち。

――あの子たちだって、こんなに、小さかった。
――いちばん最初は、こんなに小さく私のお腹の中に入ってたんだから。

キッチンスツールに腰かけて、コンロの青い炎を眺めていると、そのゆらめきが催眠術のように私の視線を奪っていく。
頭の中はざわざわしたまま、耳からは健太と沙苗のひそひそ話と笑い声が聞こえているまま、視線はどんどんぼやけていった。

健太が幼稚園の年長組の時。運動会のお遊戯で、健太はまったく踊れずに、グラウンドの真ん中で立ち往生したことがあった。練習ではうまくいったのに、と先生が首をかしげる中、緊張で固まってしまった健太のもとに、年中組の中から、弾丸のように飛び出していく影があった。
沙苗が、顔を真っ赤にして走っていた。
今日の本番まで、家でも踊りの練習をしていた健太につきあって、沙苗まで振付をすっかり覚えてしまっていたのだ。
「おにいちゃん! だいじょうぶよ! さなえがいるよ!」
制止しようとする先生の腕を振り切って、沙苗は最後まで健太の真横で、笑いながら踊り続けた。
「だいじょうぶよ! いつもとおんなじよ!」
おずおずと健太も足を動かしはじめて、お遊戯が終わった時には誇らしげな表情さえ浮かべていた。
保護者の拍手に我に返った沙苗は、慌てて自分の席に走って戻ったが、拍手は沙苗にも注がれて、結局、促されて照れながらおじぎをした沙苗に、グラウンドは笑いに包まれたのだっけ。
その時、私はむしろ健太を見ていた。
注目の舞台で妹に救われて、助かったとはいえ、きまりわるい思いをしていないだろうかと。
けれど健太も、同じようににっこりと、沙苗に向かって拍手をしていて、私は随分ほっとしたのだった。

鍋底を撫でる炎から視線を上げると、湯はちょうど沸騰するところだった。
あたためておいたポットに茶葉を落として湯を注ぐ。
新しいカップを3つ出して、そこにも湯を満たしてあたためる。
ぽってりと丸い、耐熱ガラスのポットは、たちまちその腹の中で茶葉をぐるぐる踊らせる。
砂時計をセットして、真上から旋回する茶葉を見下ろした。

一度、沙苗がクラスでひどく孤立したことがあった。
小学4年の時、人間関係も仲良しだけじゃいられなくなる頃で、沙苗の主張の激しい正義感が一部の女子の反発を招いた末の孤立だった。
能天気で前向きな沙苗でも、参ってしまうくらいの。
晩ご飯だけは変わらずに大盛で食べていたものの、食べ終わるとすぐに部屋にこもり、話もしてくれない。
無理に聞き出すと固まってしまうので、母親としては、とにかく栄養だけはとおいしいご飯を作り続けた。もしもの時は引っ越したっていいんだからね、と伝えるしかできない日々を支えてくれのは、健太だった。
朝はクラスまで一緒に登校して、クラスメイトに笑顔で挨拶をする。
家では寝るまで一緒にいて、話をしなくても隣にいる。
淡々とそれだけを繰り返すうち、はやり病のようなクラスの状況は、いつの間にかおさまっていた。沙苗はまた、クラスメイトと笑いあえるようになっていた。
そしてそれは、時間だけが解決したわけではないことは、見守っていて明らかだった。

カップの湯を捨てて、紅茶を注ぐ。
深く香りを吸い込んで、冷たいミルクを注ぐ。
トレイに乗せて運びながら、私の心は決まっていた。

――なにがきっかけだったかなんて、別にいいか。

世界史の小テストの答え合わせを兄に聞いている妹。
柔らかい髪の毛と、いい匂いのする背中。
その後ろ姿を見ながら、カップを持って近づいていく。

――私にとって大切なこと。

「紅茶、おかわり入ったよ」
「あ、まだ熱々のやつだー。お母さんのミルクティ、やけどしちゃうよー」
「別にいいでしょ、冷めてるより」

沙苗の後頭部を軽くくすぐって席につき、さて、と区切る。
2人の背中がぴんと伸びる。反対に、視線はすっと、机に落ちる。

「いいんじゃない? 付き合いますってことでしょ?」

ん? 真意を計るように2人が目線を上げる。

「兄妹だから、禁断だから、とか、そういうのを一旦置いて考えたらさ、2人とも、同時に恋人ができましたってこと、なんでしょ?」
「え……ん? まあそうだけど。……いや、そう、なのかな?」
「兄妹ってとこは、一旦置いてはおけないんじゃないのか?」

ひそひそ話す声を無視して続ける。

「だから、別にいいんじゃないのかな? 子供さえできなきゃ、タブーでもないんじゃない? 結婚できないだけで、一緒にいたけりゃいればいいし、好きな人ができれば別れればいいし。変に、許されない恋路だなんだって思うから、ややこしくなるんじゃないの?」

告げながらも、我ながら混乱がないでもなかった。
それでもとにかく、自分が感じたことを伝えてしまおうと、一気に吐き出した。

「別れてもいいし、続けてもいいくらいで、付き合えば、それでいいんじゃない?」

信じられないように目を見開いた2人が、ぱっと明るい顔色になったのを見て、慌てて付け加える。

「だからって、私にとってはあんたたちは可愛い家族なんだから、私が見てる前ではやめてね。あんたたちだって、私とお父さんが、所かまわず盛り上がったりしたらイヤでしょ?」
「うげ、やめてー」
「でしょ、私にとってはそれだから。忘れないで」

顔をしかめた沙苗に、するどく人差し指を突き付けて宣言する。
苦笑して、頷きあう健太と沙苗を見ながら、なんだかどっと疲れてマグカップを持ち上げる。
やけどしそうに熱いお茶が、現実なんだと主張している。

――なんか私、先走っちゃったかな?
――お父さんもまだ帰ってきてないのに。
――なんて伝えよう。

絶句して、放心する夫の顔が今からありありと想像できた。
けれど、向かい合う2人を見ていると、それも大きな問題ではないように思えてくる。

――ま、いいか。
――だって、私にとって大事なのは、2人がそれぞれ幸せってことだしな。
――これで思い詰めて心中なんてされちゃうよりは、認めたほうがいいかなって、思えたんだよねぇ。

お風呂からあがって、30分と経っていない。
3人のお茶が冷めるまでは、まだまだかかりそうだった。

「ねえ、それでさ。どこが好きなの、2人とも」

私の声に2人が笑う。

「今、そういう話するなって言ったばっかりじゃん」
「いいの、それだけ聞かせてよ」

――私の大好きなあんたたちの、どこをそれぞれ好きになったのか、私にも教えてよ。

「あはは、いいよ。教えてあげる。あのね……」

***

この記事は、「ライティング・ゼミ プロフェッショナル」にご参加いただいたお客様に書いていただいております。
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