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プロフェッショナル・ゼミ

春待つ2月、思い出すカレンのこと《プロフェッショナル・ゼミ》


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記事: 村井 武 (プロフェッショナル・ゼミ)

「カレンの発音、つくづく美しいよね」
「そうそう、英語が、英語としてきれいに聞こえてね」

70年代のアメリカンポップスを知る人たちとの間でよくこんな会話を交わした。

カレンというのは、アメリカの兄妹デュオ「カーペンターズ」の女性ボーカル、カレン・カーペンターのこと。

私の個人史を振り返ると、カレンが歌う「イエスタディ・ワンス・モア」ほど聴きこんだ英語の楽曲はない。カレンの息づかいまで心に刻み込まれていて、完璧に脳内再生して、切ない歌詞に泣くこともできる。

海外生活というものに無縁な私の英語の発音は、日本人が学校英語教育を経て学んだそれでしかないのだけれど、目指したのはカレンの発音だった。

初めて彼女の歌声を聴いたのは「シング」か「イエスタディ・ワンス・モア」か。いずれにせよ英語がまったくわからない小学生だった私の耳にも、カレンの歌声は無理なく入りこみ、心に刻まれ、自分でも何となくそれっぽいカタカナで歌詞を真似て歌っていた。

長じてからは同じことを考えて、実際にカーペンターズのお陰で英語が好きになったという同世代から上の世代の人びとが少なくないことを知った。

そんな人たちと盛り上がるのが、カレンの発音の美しさだ。70年代から80年代、仙台という地方都市で学生時代を過ごした私にとって、繰り返し、楽しみながら聴くことの出来る英語の素材といったら、アメリカンポップスくらいで、そして、これなら真似てもよいだろうと思えるほどきれいな発音で歌ってくれたのがカレンだった。そして必ず

「カレンの発音、真似したよね」
「した、した。カレンの発音真似すると、余計なrっぽい音とか出にくくて、自分の発音もきれいになるような気がするんだよね」

なんて話に及ぶ。

カーペンターズの歌詞はシンプルで、端正な表現だった。これも多くの人たちが彼らの楽曲で英語を学べた理由だったろう。スラングの類は極めて少ない。素直なラブソングが多くて、理解するために英語圏の教養だとか、聖書の知識が必要な楽曲も少ない。高校レベルの単語と英文法とで意味をとることができる。

ある知人は同じようにしてカーペンターズで英語を学び、それが留学の大きなモチベーションにもなり、実際留学してしまったという。彼女とはひとしきりカレンの発音で盛り上がった挙句に「カーペンターズを素材にして英語の教材作ろう」という企画を立てたこともあった。

「著作権の使用許諾の問題はあるけどさ、『カーペンターズ15曲で学ぶ高校英文法』とかできそうだよね」
「できる、できる。15曲が歌えるようになれば、5文型を中心にした英文法の殆どが身体に沁みこむし」
「第1課は『イエスタディ・ワンスモア』がいいと思うんだけど」
「そうね」

「歌いだしの“When I was young, I’d listen to the radio”だけでも、センター試験10点分くらい学べるかも」
「Whenは時を表す副詞節を導く接続詞だし、過去形に気をつけてねっていう注意も入れられる。日本語訳も『私が若かった時』ってシンプルだから負担にならないし」
「”I’d”は、”I would”で受験頻出の「よく~したものだ」が一発で覚えられるし」
「『若かった頃は、よくラジオを聞いたものでした』だもんね」

「この調子で15曲分やれば、センター試験レベルの文法事項はカバーできるよね」
「基礎的な文法っていうことでいうと国立二次でもいけるでしょ」
「うほっ。目指せ、印税生活?」

今、思い出しても結構いける企画だと思うし、確か「イエスタディ……」の文法・語彙解説を書き始めた記憶もあるのだが、本格的実行には至らなかった。もう記憶も定かでないが、権利許諾とか以前に「企画会議」の度、カーペンターズ話で盛り上がり、プロジェクトの進行にはつながらなかった、つまりファンのおしゃべりで終わってしまったのが原因ではなかったかと思う。

カレンの歌声に夢中になったもう一つの理由は、彼女の声の質が私の耳に、極めて官能的に響いたことだ。

私は、どうも肌と耳とが、人一倍敏感らしい。どう敏感かというと、肌と声が合わない人は生理的に受け付けない、合わない。このより好みは、あれこれの人間関係構築にあたって致命的とも思えるし、自分でこう書くのがいかに愚かしいか分かって書くのだが、私は肌合いと声の響きについては、譲りがたく繊細なのだ。

そんなより好みの激しい私の耳に最も好ましく響く「声」がカレンの歌声だった。こんな「声」の人とずっといられたらなぁ、と何度妄想したことか。

プロの独身歴が超長い私は、私に家族を作らせてやろうという善意の人びとから何度となく
「どんな女性がタイプなの」
と聴かれてきた。ある時からこの質問に対して
「カレンの声の人。ほら、カーペンターズのボーカル。あの声の人だったら、他の条件はたいてい大丈夫」
と答えるようになった。

「声? 何それ?」
「いやー、声フェチなのか。結構ツボでしてね」

その頃から善意の人びとは私の家族計画に対する援助の手を引いていった。

当然のことながら彼女の声は唯一無二であって、そんな声の持ち主にはお目にかかれていない。

私が地方都市で海外生活体験なしに英語を学ぶにあたっては、限られたツール、素材に頼るしかなかったのだが、ラジオからカセットテープにエアチェックしたカーペンターズの楽曲は間違いなく、重要な学習素材だった。カレンの声に恋していた私は、彼女の声ならいくらでも聴いていられたので、カーペンターズのベストアルバムをダビングしたカセットテープをオートリバースにして、延々と流し続けた。

カレンの英語が隅々まで聞き取れるようになると、他の人の話す英語はそれからの偏差として捉えられるようになる。カレンとは、ここが違うのだな。そんなことを意識すると地方では短波でしか入らなかった在日米軍放送のニュースも少しずつ聴きとれるようになっていった。

*****************

日本のラジオ局でありながら、ナビゲーターが英語で話すプログラムを始めたのは、東京のJ-WAVEだというのが一般的な理解だろうか。J-WAVEの開局は1988年。すでに30年の歴史を持つ老舗だ。

しかし、その開局に先立つ1980年代前半の仙台に「FM仙台」として開局したラジオ局にはオーバン・ディーガスという男性DJ-当時音楽番組の司会はディスク・ジョッキーと呼ばれることが多かった-が全編英語で語る音楽番組があった。私の限られた外国人との接触経験に基づくとオーバンの発音は、ネイティブか少なくともバイリンガルのそれに聞こえた。不思議なことに彼は覆面DJだった。番組で自分の出自に関しては一切語らず、局の取材などに掲載されるオーバンの写真は必ず帽子で髪の毛を隠した後ろ頭なのだ。その後、ネットで検索してもオーバンに関する情報はまったく得られない。

今の私は、彼は海外で英語を学んだ日本人だったのではないか、少なくとも「オーバン」は彼の本名ではなかったと考えている。

オーバン・ディーガス。
おばん・でがす。
お晩でがす。

仙台弁の「こんばんは」だ。

大学生だった私は、その正体不明のオーバンの番組を、音楽番組として楽しみ、英語の学習素材として録音し、繰り返し聴いていた。

1983年2月、立春。その週のオーバンの番組がいつものように始まった。オープニングのトークに続き聞こえてきたのはYesterday Once Moreの前奏のピアノ。そしてカレンが歌い出す。

“When I was young, I’d listen to the radio*……”

すると、歌声にかぶせてオーバンが語り始めた。歌にいきなりナレーションをかぶせるのは彼には珍しいパタンだ。

「ん?」

“This morning, we’ve got a piece of bad news from Los Angeles. Karen Carpenter of Carpenters……”

-今朝、ロスアンジェルスから悲しいニュースが入りました。カレン・カーペンターが・・・・・・

カレンの発音で育ててもらった私の英語耳に聞こえてきたのは、カレンの急死を告げるニュースだった。頭から血の気が引くのがわかった。心が凍った。

“Karen was 32 years old. Too young to die.”

-カレンは32歳でした。早すぎます。

おそらく東京のマスメディアよりも早く、カレンの死を告げたオーバン。人の死を初めて英語で知らされた。私の耳に数百回は響き、いつでも脳内再生できるほどに馴染んでいた声の持ち主が死んでしまった。

会ったことも、ライブを見たこともなかったけれど、大好きだったカレンが。

その夜、NHK7時のニュースは「スーパースター」を歌うカレンの動画を流し、彼女の死を伝えた。「イエスタディ……」じゃないんだ。でも、この曲の方が彼女を送るにはふさわしいかなと思った。

2月は光の春だという。まだ空気は冷たいけれども、確かに光は強く、春に向かって季節が動くのを感じる。

2月がやってきて「暦の上では春ですが」の決まり文句を聞くたびに思うのは、カレンの歌声が失われたことを知って凍りついたあの瞬間だ。

私は若い頃、よくラジオを聴いていました。

ラジオであなたの歌声を、そしてあなたの死を知りました。あれから数十回の立春を過ごした私は、素敵な年上の女性だったあなたをとっくに追い越してしまいました。

でもあの「シャ・ラ・ラ・ラ」を聴くと戻れるんですよ。昨日に、もう一度。

大好きでした。カレン・カーペンター。

*引用楽曲
Carpenters, Yesterday Once More
Written by Richard Carpenter & John Bettis

***

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