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マラソンを完走したくらいでプロポーズしないでほしい。


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:unai makotoki (ライティング・ゼミ)

 

 

「愛はどこ? どこなんだ?」

 

GOALした瞬間、精も魂も尽き果てた。

身体中が悲鳴を上げている。

いや、それを通りこして自分の身体ではない、

何か重い物体を引きずっている感覚だった。

愛はどこだ。今すぐ伝えなければいけないことがある。

 

ぼくは、東京マラソン2017に出場し、今まさに完走した。

42kmもの距離を走ったのは、生まれてはじめてのことだった。

ぼくはある目的を叶えるために出場したのだった。

見覚えのある女性が遠くから駆け寄ってくるのが見えた。

 

「愛……」

 

口を開くことさえおっくうだった。まして、大きな声など出せる気力もなく、

吐息のような、小さな空気と一緒に、わずかな声が口からこぼれた。

 

「大樹、だいじょうぶ? 無理しないように言ったじゃない」

愛は完走の祝福よりもまず、ぼくの身体をいたわった。

でも、今は、身体が壊れるよりも、伝えなければいけない一言があった。

 

ウエストポーチに手を伸ばす。栄養補給食品とともに

汗や汚れから守られるように、つぶれないように

しっかりと包まれた小箱が入っている。

包をとって、小箱の無事を丁寧に確認した。

彼女に向けてそっと差し出す。

 

「愛、こんなところで何なんだけど、

これを受け取ってくれないか?」

 

愛は小箱が目に入った瞬間に戸惑った表情を見せた。

それは、TVの世界でしか見たことがないあのシーン。

そんな驚きと喜びが顔全体に映し出されていた。

いや、ぼくにはそう見えていた。

 

「愛、お前を一生大切にしたい、と心の底から誓っている。

だから、ぼくと結婚してください」

 

愛は、呆然としていた。

ぼくは言葉を重ねる。

 

「1年ほど前から、真剣に考えて出した結論なんだ。

この東京マラソンに完走できたら、プロポーズする。

そう誓って6ヶ月間、自分の気持ちを確かめながら、

走り続けてきたんだ」

 

話ながら、愛が涙を流していることに気がついた。

ぼくは、想いが届いていることを確信していた。

愛の一言を聞くまでは……。

 

 

「大樹、なんで、今、このタイミングで、

そんなこと言うの……。私の気持ちも知らないで」

 

 

不意打ちの強烈なカウンターパンチだった。

状況がうまく飲み込めないけど、思いついた言葉をつなぐ。

 

「だって、愛のことが好きだから。

そのために東京マラソンも完走したんだよ」

 

愛は言った、今まで溜め込んだ何かを吐き出すように。

 

「マラソンが何よ。完走したくらいで、プロポーズしないでよ!」

 

周囲には、お祝いムードが溢れていた。

愛の一言はそんな空気を一瞬で無に返す勢いがあった。

大勢の視線が、ぼくたち二人に向けられている。

 

「もういい。何もかも、もういいよ。

大樹、今日のことは無かったことにしよ」

 

愛は、そうつぶやくなり、急いでその場を離れた。

ぼくは、愛への想いを抱えたまま、その場に立ち尽くしていた。

 

 

 

 

7月のよく晴れたある日。

東京マラソンのエントリー情報を偶然見つけた。

42kmなんて走ったことが無かったし、

ましてマラソンには興味無かった。

でも、その時、東京マラソンは、

ぼくの心の中に芽生えたある予感を意識させた。

 

ぼくは愛と結婚することを考えていた。

大学時代に友達からの紹介で付き合いはじめて

4年が経っていた。

 

卒業後は、就職先の関係で別の人生を歩んでいるけど

これといったハードルもなく、順調につきあっていた。

社会人になり、学生時代と比べて、様々な年代の男女と知り合いになる

機会が増えた。でも、愛ほどしっくりくる人には出会っていなかった。

 

愛は、ぼくにとって、水や空気と同じくらい、

つまり、自然でそれでいて無くて生きていけない、

そんな存在だと、感じていた。

 

「もし、東京マラソンを完走できたら、愛にプロポーズしよう」

 

リオオリンピックでは、メダル獲得後、プロポーズする選手が

続出していた。東京マラソンを完走することは、

ぼくにとって、メダルの獲得に値するものと思われた。

ぼくは、エントリーを決めた。

 

 

 

 

「え? 東京マラソンに出るの、大樹、そんなに走るの好きだっけ?

だいじょうぶなの? 思いつきみたいにエントリーして」

 

私は驚いていた。大樹は、週末に多少スポーツを楽しむくらいで

マラソンを走りきれるほどの体力は無い。

ただ、大樹は、自分がこうと決めたら、そのようにしないと気がすまない人だ。

衝動的でいて、それでいて、がんこな性格なことを知っている。

 

こないだも夜中に急に掃除をするって言い出して、

やめるように説得するも応じず、結果、明け方4時まで

大掃除に付き合わされた。

 

それにしても、マラソンとは……。

走ることの厳しさを私は知っている。

ランニングが趣味で、週に10kmは走り込んでいる。

年に1回はフルマラソンに参加しているほどだ。

 

マラソンを完走するには、持久力が必要だ。

体内の糖分をいかに残せるかがポイントになる。

脂肪から燃焼し、糖を節約する身体を作るために、

最低6ヶ月程度の走り込みが必要だ。

 

地道に練習を重ねた者だけが完走できる。

ただし、どんなに距離を重ねても、サボったり

それを取り返すかのように走り貯めする、

そんなムラのある練習をしても

マラソン用の身体は完成しない。

計画性を持ってコツコツ練習しつづけた者だけに

完走という栄誉が贈られるのだ。

 

マラソンの厳しさと大樹の性格を重ね合わせながら

挑戦することの難しさを噛み締めていた。

そして、何よりも、なぜエントリーを決めたのか。

目的については、まったく検討がつかなかった……。

 

 

 

 

「毎日10km走れば、1ヶ月で300km走れるな。

週に1、2回走れなくても、200kmはいける」

 

ぼくは、東京マラソン当日に向けた

走行計画を立てていた。

東京マラソンまであと半年。

1,200km~1,800kmは、走れる計算だ。

マラソンの練習方法は、愛に相談したかった。

でも、なぜかエントリーすることに不満そうだった。

だから、去年初マラソンにチャレンジした友人に

練習方法をヒアリングしていた。

とにかく走り込めば何とかなるらしい。

 

ぼくは、がむしゃらに走りはじめた。

会社が終わった後、10km走る日が始まった。

それから早くも10日目に身体が悲鳴を上げた。

運動習慣があることを過信していたらしい。

走行ペースも早かった。

膝や腰に負担がかかって、疲労が蓄積されていった。

そして、仕事は忙しく、生活は不規則な状態だった。

走る時間もバラバラ、食事の時間もバラバラ。

睡眠時間もじゅうぶんに確保されていなかった。

練習の成果は、身体の不調として表れた。

 

 

 

 

 

「やっぱり、思ったとおりだった」

大樹から「怪我をして走れない」との連絡があった。

 

想像どおりの結果に驚きはしなかったものの、

エントリーを止めなかったことを後悔した。

言い出したら聞かないと思っていたから、

無理に口を出すと、疎まれるのではないかと思っていた。

一方、すぐに練習を諦めるのではないという見方もしていた。

 

「大樹のことを思って伝えても頑固だから聞く耳を持たない。

では、ほっておきたいけど、そうすれば今度は怪我をする。

どう接すればいいのよ、まったく」

 

大樹に対して、時々、どう接すればよいか分からなくなる。

そして、こんな思いを大樹は気がついていないのだ。

 

 

 

 

12月のある日曜日。

前日は、この冬一番の冷え込みにも関わらず

急に仕事が入り、1日外出していた。

私は、朝、目を覚ましたが、高熱と寒気で

ベットから出られなかった。

 

その日は、大樹が私の家へ遊びに来ることになっていた。

私は一人で暮らしていた。自分自身が動かない限り、

食事も薬も出てこない。大樹が来てくれることを

心待ちにしながら、症状と静かに戦っていた。

 

「愛、おはよう」

 

合鍵で玄関を開けた大樹は、ベットで動けない私に

駆け寄ってきた。

 

「どうしたの?」

「風邪みたい。朝起きたら、熱と寒気で動けなくなっちゃった」

「大変だ。熱あるよね、何度?」

 

熱があることを自覚していたが、

熱を測る気力もなく、あいまいに頷いた。

 

測ると体温計は、39度を指していた。

 

「すごい熱。薬は? あと、消化に良い食べ物ある?」

 

あいにく、風邪薬は切らしているし、

食べ物も在庫は無かった

 

「じゃ、ぼくが買ってくるよ。とりあえず、寝てて」

大樹は、走って買い物にでかけていった。

 

大樹は私に対して、原則的には、敏感でいてくれる。

特に体調が悪い時は、あきらかに優しい。

自分が弱っているがゆえに、大樹のやさしさが

いつもより心にしみる。

 

「ただいま。薬も食事も買ってきたよ」

大樹は大きな買い物袋を抱えていた。

 

インスタントのおかゆを作ってもらい、

ゆっくり食べた。食べ終わると、風邪薬を飲み。

再びベットに入る。

 

少し食べたせいか、薬を飲んだ安心感からか、

寝起きの時より身体が軽くなった気がした。

ふと、大樹を見ると、また出かける支度をしている。

 

「大樹、どうしたの? どこかに行くの?」

「いや、愛が体調悪いからゆっくり寝かさてあげようと

思って。ぼくがここにいても、ゆっくりできないでしょ?

だから、出かけるよ」

「だいじょうぶだよ。私寝てるだけだから」

「いや。いいよ。ぼくも暇なだけだし。鍵閉めとくから

そのまま寝てていいよ」

 

大樹はそう言うなり、出かけていってしまった。

 

「いってらっしゃい」

ベットでそうつぶやいきながら、

なんだか強烈な寂しさを感じた。

 

「こんな弱っている時だからこそ、そばにいてほしいのに。

こういうところが、すれ違っているんだろうな、私たち」

 

大樹とは、時々こんなことがある。それには慣れているはずだった。

でも、今日の出来事は心に傷を残していく予感がした……。

 

 

 

 

「愛、だいじょうぶかな。でも、薬も食べ物もあるし。

愛の家でじっとしても時間がもったいないから、練習、練習」。

 

愛のことは、気になったが、走ることがもっと気になっていた。

故障が癒えてから、本格的に走り込みを再開したが

思うように走る機会を作れず、走行距離は伸び悩んでいた。

 

東京マラソンまで、あと2ヶ月。

1日だってムダにできない。だから今日も走りたい。

東京マラソンは愛へのプロポーズを決める正念場だ。

風邪はいずれ治るけど、東京マラソンに完走できないと

取り返しがつかないと感じていた。

 

出掛けに見た愛の表情は寂しそうだった。

でも、薬も食事も全て準備したし、

何よりこれも愛へのプロポーズのため。

きっと分かってくれるはずだ、と気持ちを強くもった。

 

 

 

 

あの風邪の日以来、不思議なくらい大樹の嫌なところばかりが

目につくようになっていた。

普段なら何でも無いところも含めて、すべて裏目に映る。

 

良くない状況だ。

私は、昔から誰かと仲が悪くなる時、こんな兆候に見舞われる。

とにかく誰かに話を聞いてもらおう。

 

「優子、今週時間ある? 相談があって」

 

優子は、大学時代からの親友で、大樹も含め、男女7人くらいで

いつも遊んでいるメンバーだ。私と同じくらい大樹との付き合いも長い。

 

「どうも大樹と最近ちぐはぐな感じなんだ。私だけの問題だけど。

大樹の良くないところばっかり、目についちゃって。

あいつ東京マラソン出るの知っている? 最近走ってばっかりなんだよね。

私に関心が無いわけじゃないみたいなんだけど。

お互いが噛み合っていない感じがして仕方ない」

 

「大樹が愛のこと好きなのは、自覚してるでしょう。

たまに、周りが見えなくなるのも今に始まったことじゃないし。

愛もさ、仕事が忙しかったり、体調崩したりで、大変だったからじゃないの?

だいじょうぶ。だいじょうぶ」

 

優子は、あんまり真面目に聞いてくれてる感じがしない。

 

「それより、愛。恵美のこと聞いた? 離婚するらしいよ」

「離婚? だって、旦那と超仲良かったじゃない。なんで?」

「恵美曰く、性格の不一致だって。恵美自身は付き合ってる頃から

ずっとそれが気になってたらしいけど」

 

恵美も大学時代の仲良しメンバーの一人だ。

7人のメンバーのうち、唯一、結婚している。

 

大学卒業直後に、付き合っていた、3つ年上の商社マンと

ゴールインした。たしか3年付き合ったと聞いていた。

 

実は、結婚当時から、性格の不一致の話は何度も聞いている。

そして、話を聞きながら、「大樹と私みたいなすれ違いだ」と

思ったことも一度や二度ではない……。

 

優子に話を聞いてもらうつもりだったのに

かえって不安な思いを持ち帰ることになった。

 

 

 

 

2/26(日)東京マラソン当日、スタート直前。

なんとか計画どおりの走行距離を走り切った上で

スタートを迎えることができた。

「必ず完走して、愛にプロポーズする」

 

今日の東京は冬晴れの絶好のマラソン日和だった。

「門出を祝福されている」

ポジティブに解釈して、テンションを高めた。

新宿の空にスタートの号砲が響く。

さぁ、はじまるぞ。

 

 

 

 

「大樹は、本当に完走できるんだろうか……」

 

私は、25km付近で彼を待ち構えていた。

年末の「風邪事件」以来、大樹と会う機会が減っていた。

 

喧嘩したとか、そんなわけではないのだが、

「なんだか、会いたくない」というのが

正直な気持ちだった。

 

大樹は私と会わない間にも、走り込みを続けていたらしい。

彼のインスタのアカウントは、ランニング関連の写真が

占めるようになっていた。

そんなに熱心に練習するなんて思っていなかったから

ずいぶんと不思議な感じがした。

 

 

 

 

13時。スタートから4時間後、大勢のランナーと共に

大樹が来た。思いのほか元気そうだ。足もまだ動いている。

「大樹! がんばれ!」

この瞬間ばかりは、彼の嫌なところも忘れて素直に声がでた。

大樹は軽く手を挙げると、自分の前を通り過ぎていった。

ランニングフォームは様になっていた。

「本当によく走ったんだな」。

短期間の成長になんだか嬉しく思いながら、

それでいて、私と会えない時間が増えても、

大樹は自分を見失わず、しっかり過ごしていという事実に対して、

なんだかさびしさを覚えた。

こんな風に感じる私の思いを彼は気がついているのだろうか……。

 

 

 

 

35kmを過ぎて、極端に足が重くなった。

ここまでは、好調だった。特に30km~35kmまでのラップは速く、

身体はとても軽く感じていた。突然の不調だった。

 

走り込みは万全のつもりだった。でも、40km付近で

感じる身体のつらさが5kmも早い段階で襲ってきた。

 

思えば、東京マラソン本番直前まで走り込んでいた。

ふつうなら、1ヶ月くらい前に最終的な走り込みをして

あとは、練習を流しながら、体調のピークを

本番当日に合わせるらしい。

 

怪我に加えて走れない日々を取り返すには

本番直前まで走り込むしかなかったのだ。

 

練習による疲労はピークだった。

加えて本番のテンションの高さも手伝いペースが早かった。

結果、いわゆるランナーズハイが早めに来た。

そして、ランナーズハイが過ぎると、急激な疲労感に襲われる。

 

足の裏の豆がまた潰れたようだ。

ランニングシューズの中では

少なくとも3箇所の痛みを感じていた。

膝は可動域が極端に狭くなり、

伸ばすのも、曲げるのも激痛が伴っている。

腰は鉛が巻きつけられたかのように重く、

ドーン、ドーンと音の無い痛みが、

地面から響き続けている。

呼吸は浅く、空気を懸命に吸うも、

肺の入り口に蓋がされているように

まったく酸素が入っていかなくなっていた。

常に呼吸が苦しくなった。

走るたびに身体が重くなっていった。

もう、給水すらままならない状態だ。

給水のために足を止めたら、

歩きはじめることすら、ままならないだろう

 

もはや、愛への想いだけを残り燃料に

身体を前へ前へ走らせていた。

いや、実際には、歩いているくらいの

ペースだったのだろう。

 

 

 

 

私はゴール地点に先回りしていた。

25km付近で計測したゴール予定時刻は、とっくに過ぎていた。

明らかにペースダウンしている。大樹には、初めてのマラソン。

やはり、そんな簡単にゴールさせてくれない。

 

ゴールへ続く最後の直線コースを、ゴールの側から見つめ続けていた。

 

ふと、遠くに見覚えのあるランニングジャージが

見えたような気がした。

そこに視線を集中させる。

150メートルくらいまで近づいたところだろうか。

そうだ。

やっぱり、そうだ。

 

「大樹!」

「大樹! 大樹!」

「大樹! 大樹! 大樹!」

 

気がつくと、私は、彼の名前を叫んでいた。

大樹は、右足を引きずっていた。

膝から少し流血しているように見える。

転倒したのかもしれない。

 

「もうゴールは直前だ。さぁ、最後の力を振り絞れ!」

 

ゴールテープ付近の周辺は、ごった返していた。

急いで向かいたいけれど、人ごみに押し返されながら

ゆっくりとしか近づけない。

 

 

 

 

 

気がつくと、「GOAL」という看板が見えた。

急激な疲労感と激痛に襲われて以降、

ぼんやりしたまま走り続けていた。

 

我に返ったのは、自分の名前を呼ぶ声が聞こえたからだ。

 

「大樹!」

「大樹! 大樹!」

「大樹! 大樹! 大樹!」

 

その声は、足を進めるたびに大きくなった。

愛だ。間違いない。愛の声だ。

姿見えなかった。

GOALすれば、かならず会える。

もうすぐそばまで来ている。

 

 

 

 

 

東京マラソンが終わって、2週間経った。

以来、大樹とは一度も会っていない。

LINEすらお互いに遠慮していた。

 

あの日から、時間が経つにつれて、

自分のことも大樹のことも冷静に見られるように

なってきた。

 

私は、どうしてあんなことを言ったのだろう。

あの日の大樹の走りは、本当に一生懸命だった。

何かを懸けていることがひしひしと伝わってきた。

 

私は大樹とすれ違う時、さびしく思っていた。

もしかすると、大樹にもそんな瞬間があるのではないか?

少なくとも、東京マラソンに賭ける想いに対しは

私は気がつくことができなかった……。

たとえ、それが大樹のサプライズだったとしても

気がつくことができなかったという事実に違いはなかった。

 

大樹と会って、話がしたい。

私は、LINEを開いた。

 

 

 

 

久しぶりにスマホが鳴った。

愛と連絡を取らなくなってから、

スマホを手に取る機会さえ

極端に減っていた。

 

LINEには、愛からメッセージが届いていた。

「今度の土曜日、日比谷公園で会いませんか?」

 

ぼくは、愛がプロポーズを断った理由が

分からず、毎日、悶々と過ごしていた。

 

ぼくたちは、少なくとも仲が悪いわけではなかった。

GOAL直前にぼくの名前を呼んでいた。

愛の声には、愛情がこもっていたと思う。

それとも、愛のことで、ぼくが気がついていないことが

あるのだろうか?

 

「OK」を表現するスタンプを返した。

愛と会って、話がしたい。

気持ちを確かめなければいけない。

 

 

 

 

大樹とは13時に待ち合わせた。

 

まだ、3月とはいえ、まだ少し肌寒かった。

でも、少し寒いくらいのところで話したいと思った。

スタバのように、暖かく柔らかなソファで話すような

話題じゃないように思っていた。

 

私が日比谷公園の待ち合わせ場所についた時

ちょうど大樹も到着した。

 

心の準備ができてなくて、お互いに

他人行儀な挨拶をした。当然ぎこちない。

 

 

 

 

10分くらいだろうか。沈黙が続いた。

ぼくは、思い切って口を開いた。

 

「愛、なんでプロポーズを断ったの?

もしかして、おれのこと好きじゃなくなった」

 

「そんなんじゃないよ。あの時は

突然だったから、戸惑ったんだよ……」

 

「あれ以来、ずっと断られた理由を考えていて。

もしかして、ほかに好きな人でもできた」

 

「違うよ、そんなんじゃないよ!

大樹のことが大好きだよ! 今でも。

 

でも、ほら、今だって、

大樹は私の気持ちを分かってない。

 

東京マラソンのエントリー、一人で決めたでしょ、

理由もちゃんと言ってくれないし。

 

練習をはじめたら、今度は無理して怪我してさ。

私に練習のこと相談してくれないし。

 

12月に私が風邪を引いたときだって、

ほったらかしにしたでしょう?

 

大樹は、時々、一人で行ってしまう時があるよ。

そんな時、私はいつも寂しく思ってた。

結婚するって、これからずっと一緒に生きている

ってことでしょう?

この先、時々、こんな想いを味わうって思ったら

私たち、だいじょうぶかなって。不安だったの」

 

愛が一息で吐き出した言葉たちは

ぼくの心に深く突き刺さった。

愛の気持ちに全く気がついていない。

様々な自分の思い過ごしに対して

不甲斐ない思いでいっぱいになった。

 

「そんな思いだったのに、気づいてあげられなくて

本当にごめん。

 

東京マラソンに完走したら、愛への思いが

本物だって証明できる、って思った。

本当にそれだけだったんだ。

傷つけるつもりなんて無くて……」

 

 

大樹は、本当に、「それだけだった」のだろう。

純粋に私のことを思って行動した結果が

誤解されていた。

それは、私が彼のことを信じきれず

誤解していることと大差が無いように思えた。

 

「大樹。私こそごめん。大樹の東京マラソンへの

想いを気づいてあげられなくて。

よく走りきれたね。本当におめでとう」

 

大樹に自分の思いを正直に話した。

大樹も私に自分の思いを正直に話してくれた。

 

長い間たまった心の澱が溶けていくのを感じられた。

不思議と安らかな気持ちに満たされてた。

 

 

「愛、あらためて、これ受け取ってくれないかな」

 

大樹はあらかじめ準備していたらしく

結婚指輪の箱を差し出してきた。

 

「ありがとう。心の底から感謝するとともに

受け取らせていただきます」

 

なんと、ティファニーだった。

ハートシェイプのブリリアントクッションカット。

今どき、律儀にちゃんとした婚約指輪を用意してくれていた。

それにしても、いったいいつ準備したんだろう。

練習も忙しかったろうに。

 

「愛、薬指を出して」

 

大樹は、わざわざひざまずいて、

外国風のプロポーズを演出してくれた。

 

私たちの周りのベンチにも、沢山の人が座っていたが

誰もこちらを注目することもなかった。

3月の少し暖かい日。日比谷公園は平和そのものだ。

 

私は、左手の薬指を大樹に向けた。

 

「さぁ、いくよ」

 

大樹の手が私の指に近づいてくる。

まず薬指の先端が指輪をくぐる。

だが、節のあたりでリングは止まってしまった。

 

「あれ。入らない!」

 

「え、力が弱いからじゃないの? しっかりはめてよ」

 

「もう一度やるね」

 

「痛い、痛い。ちょっと、指どけて。私にやらせて」

 

「だめだ。サイズ小さくない? もしかして、私の指のサイズ知らないの?」

 

「いや、店員さんの指と愛の指のサイズが合ってたから、

だいじょうぶなはずだったんだよ……」

 

「何それ、他人の女の指と私のサイズを間違えたってこと?」

 

なんだか、だんだん笑えてきた。

そう、大樹とは結果、いつもこんな調子なのだ。

2人がぴったりとシンクロしている時なんてほとんどない。

微妙にすれ違っている。

 

でも、この感じが2人にとって、むしろ自然な状態だ。

2人らしい距離感ということ。

そして、すれ違っているのであれば、

気づいた方が合わせてあげればいい。

 

私は、幻想をいだいてらしい。

一緒にいる2人は常にぴったりとシンクロしているものと。

何もかも違う2人が一緒になるわけだから、そんな奇跡はありえない。

いやそんな何もかも違う2人が一緒になることそのものこそが奇跡なのだろう。

 

自分のことを100%理解してくれて、いつでも味方になって守ってくれる。

そんな王子様は恐らく存在しない。いや、もし大樹がそんな王子さまなら、

私が大樹を守れないじゃないか。

 

お互いが違いを認め合って、お互いの苦手なところをカバーしあいながら

生きていく。それでいいじゃないかと、心の底から思えた。

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2017-03-10 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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