プロフェッショナル・ゼミ

新入社員 斉木真理恵は、いかにして勝ったのか《プロフェッショナル・ゼミ》


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記事:西部直樹(プロフェッショナル・ゼミ)

見慣れた風景のはずが、見知らぬところのように思えた。
いつもの喫茶店だ。
この喫茶店は全国、どこに行っても同じ内装だから、どの店でも同じように落ち着けるのだ。
それなのに、今日はかの違和感を覚える。

普通はこうなのに、と思っていることが、違っていたからか。
自分の靴と思って履いたら、他人の靴だったような。
巨大なゴジラを想像していたら、日比谷シャンテ前のゴジラ像が思いがけず小さかったような。

口の中を、喉をやけどしそうになった。
熱いコーヒーをぐっと飲み込んだからだ。
熱さに水も飲む。
おしぼりで口許を拭う。

少し落ち着いたところで、息を吸い込んだ。
目の前には、身を固くした斉木真理恵がいる。

ほんの数ヶ月前は、まさか、こんなことが起こるとは思ってもいなかった。

数ヶ月前、斉木真理恵と出会った。
新入社員とそのメンター、教育係としてだ。
彼女は、優秀だった。
学歴が飛び抜けていた。大学院の博士課程を終えていたのだ。
にもかかわらず、創業して10年足らずの技術系のベンチャー企業に就職してきた。
彼女は文学を専攻していて、人間に興味がある、だから小さな会社で、人とふれあえる営業を選んだというのだ。
さらに、小さい会社が大きくなるところをみたい、とまでいっていた。
文学と会社で扱う技術にあまり接点はないように思うのだが。

文学に偏した頭でっかちなのかと思っていたら、社会人としても優秀だった。
LPDCサイクルで行動するのだ。
ラーニング、学んで、プラン、行動を計画を立て、ドゥ、実行し チェック、振り返る。
メンターとして一緒に行動していて、彼女の優秀さには感服した。
人が話していることは、真剣に聞き、メモに残し、そこから次の行動を考え、実践する。それを振り返る、までノートに書き留めている。
彼女の真剣に学ぶ姿勢と飲み込みの速さは、社内のみならず取引先にも伝わり、「優秀な新人が入ったんだって」と言われるほどだった。

メンターとして、つききりで教育する3ヶ月は終わった。
メンターはメンターとしてあと9ヶ月は、教育係となっているのだが、つききりではない。
新人は、別の営業のアシスタントとしてさらに仕事を覚える。
半人前になる。
さらに3ヶ月もすると、営業として一人で取引先に行き、新規の開拓にいくことになる。

そして、独り立ちの最初の日に、事件は起こった。

朝のミーティングで、各部員のその日の行動計画と進捗状況を確認する。
二つの営業部に一人ずつ新人がいる。
私は営業一部のマネージャーとして、斉木の独り立ちの日を楽しみにしていた。
ちなみに会社では、部員とマネージャー、そして社長の三階層しかない。
小さな会社なので、風通しをよくするためだ。
ついでに社長室というのもない。
社長もフロアーの片隅で仕事をしている。

「斉木、今日から一人で行動だ。楽しみだな」本当は心配だが、それは口にしない。
「はい、頑張ります」いつもは、朗らかな彼女の顔が心なしか青ざめているのは、緊張からだろうか。
一人で営業にでるのは、なかなか緊張するし、大変なのだ。
自分の最初の営業を思い出して、頷いた。
「今日の予定は?」
「はい、午前中に丸三工業さんに伺い、午後はシムラムスさんに行きます。丸三さんは、納期の相談です。シムコスさんは、新規案件の相談の予定です」
2社は比較的近いところにある。行動としては合理的だ。
丸三工業は、当社と同規模の会社だ。仕事は小さなシステムの納品でしかない。納期も前任が確認し、技術部も納期に問題ないと言っていたはずだ。
まあ、丸三工業の社長が斉木の顔を見たさに、用事を作ったのだろう。
シムコスは、同じようなベンチャーだが、今伸び盛りの会社だ。ただ、先月納品をしたばかりだ。新規案件と言っても、将来的にということなのかもしれない。担当の勇蔵社長が斉木を気に入っているので、まあ、これも話がしたいだけだろう。
営業と言うより、顔見せ程度の案件だ。
「それだけか?」1日に2社というのは、ちょっと少ない、テキパキと事を進められる彼女にしては、時間に余裕がありすぎる。私と行動していた新人教育期間でも、一日に5社ほど回っても、平気だったのに。
「はい、え~と、2社が私にはせいぜいかと……」彼女は青い顔をしたままだ。
まあ、初日だから仕方ないか。
「丸三さんのアポの時間は?」
「11時半です」
「遅れないようにな、最初が肝心だ」言わずもがなのことを言ってしまった。
斉木は席に戻ると、仕事用のバッグの中身を入念に確認をしている。
初日だから気合いが入っているのか。
確認が終わると、彼女は私に向かって少し震えるような声で言った。
「行ってきます」いつものアニメ声が少し裏返っていた。
まだ、9時半にもなっていなかった。
丸三工業まで30分もあれば着ける。
「早いなあ、張り切っているなあ」
私は社内に残っている部員を見渡し、少し大きめの独り言を言った。
「最初ですからね、私も行きます」とは、古参の営業部員だ。
それから、営業部は静かになっていった。私以外は外回りにでていったのだ。
マネージャーとして、私は事務処理案件を片付け、技術部と打ち合わせをし、午後と明日以降廻る取引先にメールを書いた。
そろそろ昼は何を食べようかと考えはじめた11時半近くに、その電話はかかってきた。
電話機のナンバーディスプレイを見ると、斉木の携帯からだった。
何か事故か?
交通機関が止まったのか。
しかし、会社を出たのは、1時間半前だ。
30分でつくところには、もうついているはずだ。
どうしたのだろう。
受話器に手を伸ばす間に、不吉なことが頭をよぎり、疑問がわいてきた。
「どうした?! 斉木」
「助けてください!」
「どうした、助けてくださいって、何かあったのか」周りにも状況がわかるように、少し声を上げ、復唱しながらやり取りをする。
隣の総務の安藤女史が顔を向ける、何があったの? と首を傾げている。
反対隣の営業2部のマネージャーの宇都木が、どうしたと寄ってきた。宇都木と話をしていた技術部の今中も寄ってくる。
「とにかく助けてください、私はどうしたらいいんでしょう」斉木の声は震えていた。
「まずは、落ち着いて、今どういう状況なんだ、それを説明してくれ」
「はい、今、わたしはどこにいるんでしょう?」涙ぐんでいるような声になっていた。
「道に、迷ったのか? それでどこにいるのかわからなくなったのか?」私の声を聞いて、安藤女史はホッとした様子だ。それでも、私の近くに寄ってくる。営業2部の宇都木と技術部の今中は、少し笑っている。
「はい、迷いました。1時間、探しているのですが、たどり着けません。歩いているうちに、今の場所もわからなくなってしまったんです。どうしましょう。アポに間に合いそうもありません」今や泣き声だ。
「まあ、落ち着け、迷ったのか。今は、見えるのはなにがある?」
私はとりあえず落ち着かせようと思った。
「普通の家です。鈴木さんと米村さんの家が見えます」まだ、鼻をすする音が聞こえる。
住宅街か、わかりづらいな。と思っていると、宇津木が、私の営業用パソコンを指さしている。
そうか、その手があったか。
「斉木、パソコンは持っているよな。パソコンを起動させろ」
営業には、データ通信ができるパソコンが支給される。パソコンにはGPS機能も付いていて、居場所もわかるようになっているのだ。営業の管理のためというよりは、新規顧客のところへ行くため道案内用だ。
営業に支給される携帯電話は、ガラケーなのだ。
「はい? パソコンですか。待って下さい、立ち上げます」
彼女パソコンが立ち上がり、GPSのアプリが起動する。
私のパソコンで、彼女の位置情報を確認する。
「わかった、斉木のいるところが」
「はい、なんでですか?」
戸惑った声がする。
「パソコンには、GPSが付いているだろう。それでだ。まあ、いい。斉木のいるところから、丸三工業までは、徒歩1分だ。会社の裏手にいるんだ。塀に囲まれた建物が見えないか。塀に沿って歩けば、入り口がわかる」
受話器から、彼女の安堵の声が聞こえてきた。

午後になって、丸三工業の社長から電話がきた。
「ナオキさん、新人を虐めちゃダメだよ~」
社外の人も私のことは下の名前で呼ぶ、名字があまりに普通なので誰のことだがわからないからだろう。そして、丸三工業の社長とは長い付き合いだ。
「斉木がお世話になりました。キチンとお話はできたでしょうか?」
「ビックリしたよ、顔がグチャグチャでやってくるからさあ、道に迷ったんだって、新人らしいやね。あんなに頭いいのにさ。昼時だったからお昼一緒に食べて、次のところまで迷うといけないんで、送っておいたよ。大丈夫だからね」
「お昼も、そして、送っていただいたんですか? シムラムスさんまで。ありがとうございます。本当にお世話をかけて、申し訳ないです」
立ち上がって電話に向かって頭を下げていた。
「まあ、いいよ。真理恵ちゃんて、娘と同い年なんだよな。だから、なんかな、まあ、いいってことよ」
丸三の社長の娘さんは、中学のとき病で亡くなっていた。いつか、そんな話を聞いたことがある。
「本当にお世話になりました。これからも、どうか末永く斉木をよろしくお願いします」
「あいよ、じゃあね、心配してるかと思ってさ」
「お心遣い、本当にありがとうございます」
「でもさ、彼女、いい営業になるよな、大事にしろよ」
「はい、ありがとうございます」
私は、何度も頭を下げていた。下げながら、誇らしさで胸が膨らむ思いだった。

午後遅くになって、斉木は帰ってきた。
化粧はいささか崩れ、目は腫れていた。
肩を落とし、うつむき加減に歩き、私の席まで来ると謝罪をしてきた。
「済みませんでした。お騒がせをしてしまって……」
「大変だったな。まあ、ちょっと早いけど、日報を書いておいて、私のフォルダーに入れておいてくれ」

30分もしないうちに日報が送られてきた。
日報をプリントアウトすると、彼女を誘って会社の近くの喫茶店に行った。
社内では、彼女の話を聞きたくて落ち着かない人たちがいたので、ひとまず席を離れることにしたのだ。人が聞き耳を立てているところで、話をするのは辛かろうと思ったのだ。

席に着くなり、彼女は頭を下げた。
「本当に、申し訳ありませんでした。もう、パニックになってしまって……」少し声が震えていた。
「道に迷いやすい方なのか?」少し遠慮気味に聞いてみた。
「はい、自分で言うのも何ですが、とてつもない方向音痴です。ここから会社に帰れない自信があります」
彼女は、顔を上げきっぱりとした口調で彼女は言うのだった。 崩れ気味の化粧と腫れた目で。

私は飲みかけた珈琲を吹き出しそうになった。
熱い珈琲を飲み込み、喉が焼けそうになった。
慌てて水を飲み、一息ついたところで、笑い出した。

生真面目で、熱心で、吸収力があり、優秀と思っていた。
ただ、彼女は完璧ではなかったのだ。
そして、あまりに自信たっぷりに自分の短所を述べる様がおかしかった。
しかし、彼女は鋭い目をして、私を睨んだ。
「おかしくはありません。深刻なのです」
「そうか、一緒に動いていたときは、大丈夫だったんだな。私に付いてくればよかったから」
「でも、一人になると、今自分がどこにいるのかわからなくなるし……」
彼女は深い溜息をついた。
「でも、地図を見れば……」
「でも、地図は現地じゃありません。だから、わからないのです」
「それは、地図は現地じゃないけど、抽象的記号と現実を結びつけるシステムがないか、訓練されていないか、だな」私も技術系の伊達に営業をやっているわけではない。顧客の問題を把握し、原因を探り、解決策を提示する、これができなくては、営業にならない。
が、今回は解決策が浮かばない。どうすればいいのか。
とりあえず、彼女がどのくらい方向音痴なのかを理解するところからはじめよう。
手帳のメモ用紙に、今いる喫茶店と会社までの地図を書き、彼女にこの地図をみて、会社まで帰って貰うことにした。
「すごい方向音痴といっても、地図があれば何となくわかるような気がします。たぶん、おそらく、おおよそですが」
地図を睨み付ける彼女と一緒に店を出た。
そして、彼女はしっかりとした足取りで、会社とは反対方向に歩き出した。

私はちょっと眩暈がした。
かなりの音痴ぶりだ。
深く溜息をついた。
彼女が本当に独り立ちをするまで、まだまだかかりそうだ。

余録:斉木真理恵の方向音痴が発覚してから、数ヶ月後、丸三工業の社長から、お礼がしたいと電話がかかってきた。
ここ数ヶ月は、大きな取引もないし、どうしたことかと聞くと、斉木真理恵のお陰でビジネスの拡大ができた、というのだ。
彼女が道に迷い、心配した社長がシムラムスまで送っていったことから、シムラムスとの協業がはじまったというのだ。
丸三工業の製品とシムラムスのシステムを抱き合わせると、相乗効果が期待でき、実際単体で売るより遙かに売上を伸ばしたというのだ。
業界が違うので、出会うことのなかった二社が、方向音痴の斉木真理恵のお陰で出会ったのだ。
丸三工業の社長の話を聞きながら、誇らしくなった。
方向音痴の勝利だった。

斉木真理恵は、いまだに地図と現地を結びつけるのは、苦手だが、人と人を結びつけるのには、長けているのかも知れない。

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