メディアグランプリ

お坊さんの雑談は雑談ではなかった


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:うらん(ライティング・ゼミ平日コース)

「なむみょうほうれんげきょう、なむみょうほうれんげきょう、なむ、みょうほ~、れんげ~、きょう~~」
最後は語尾をひきのばすようにして、読経が終わった。
今日は住職の声が実に伸びやかだ。
もともとよく通る声なので、いつも聞き惚れてしまう。それが、今日は更にノリがいい。ノリがいいと言っては失礼だろうか。滑らかに流れていく。

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今日は義父の三回忌である。
「ようこそお出でなすった。あいにくの雨でしたな」
夫と私が寺に着くと、驚いたことに迎えてくれたのは住職だ。その寺を管掌する、いちばん偉い人である。
いつもなら小僧さんが出迎えてくれるのに、どうしたことだろう。
予期せぬ展開に、こちらは返事もしどろもどろになる。
そのまま住職が我々を部屋に案内し、お茶まで入れてくれた。
これも、ふだんは小僧さんの仕事である。こちらは恐縮して益々緊張するのだが、住職はいたって楽しそうにしている。
「若いもんが皆インフルエンザにかかりましてな。全員、別棟に隔離ですわ。おかげさんで、こうして私が作務衣を着て、何役もやってる次第で」
きくと、5人の見習い僧が皆インフルエンザにかかったらしい。住職以外の僧侶は他の法要で出払っていて、肝心な働き手が皆ダウンしているという。
事情をきくと大変そうなのに、住職は「わっはっは」と愉快そうだ。

すごいな。こんな事態でもテンパらないのか。
さすがだ。悟りが開けている。

住職はいったん部屋を辞し、しばらくすると、今度は袈裟を着て現れた。
ここから、やっと本来のお役目だ。
我々は本堂に通され、やがて読経が始まった。

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「なむみょうほうれんげきょう、なむみょうほうれんげきょう、なむ、みょうほ~、れんげ~、きょう~~」
読経が終わった。
今日の住職の声は実に伸びやかだ。

ひと通りの法要が済み、住職が我々に近づいて少し雑談をしてくれた。
「今日は私一人でお経をあげましたが、いつもは見習い僧も一緒に声明(しょうみょう)します。彼らは、お経そのものは坊さんの学校で学んでいるので唱えられるのですがな、伝統的なフシ回しですとか、そういう独特なものは、実際に私どもと声を合わせて覚えなければ身に付かない。
これがまたね、やりにくいんですわ。
あちらは、一生懸命私のペースに合わせているつもりなんでしょな。それはよく分かる。でもね、何か合わんのですなぁ。
その上ね、「君たちにとっては毎日毎日唱えるお経でも、それぞれの檀家さんにしたら、たった一度のお経なのだ。だから心して唱えよ」なんてことを説くと、彼らは「間違えてはいけない」と益々緊張する。
すると、もっと合わなくなるんですな。
あちらは見習いだから、自分たちが私に合わせているつもりでしょう。
でもね、違うんです。私が彼らに合わせている。彼らにはまだ余裕がありませんからな。私が彼らに合わせて唱えているんです」

今日の住職の声が伸びやかだったことに、合点がいった。住職は、誰に合わせる必要もなく、自分の思いのままに唱えることができたわけだ。

「今日はね、私が本堂の扉を開けたり、ロウソクに灯をつけたりしましてな。いやぁ、久しぶりのことでした。
最近は、新社会人の研修も趣向を凝らした楽しいものになっているみたいじゃないですか。仕事もね、あまり厳しくしないみたいですし。
私が見習いの頃は、ビシッ、バシッと叩かれたりしました。今は体罰とかいって、許されないんでしょうけど。
もしインフルエンザとか言っても、「インフルエンザ? なんじゃそりゃ。つべこべ言っとらんで仕事せい!」ってなもんですわ。
今じゃね、「インフルエンザ? それはそれは。ささ、こっちはいいから、しっかり休んでくださいな」とまぁ、こうなりますわな。もちろん、保健衛生上、隔離せんといかんってこともありますけど。
今の人は優しいでしょう? 会社で。上司が部下に。先輩が後輩に。
でもね、不思議なもんでしてな、厳しくて、厳しくて、こりゃたまらんわいと思った先輩の教えは、今でもちゃんと自分の中に残っているんです。
当時優しかった先輩のことは、優しかったなぁという記憶はあるんですが、何を教えてもらったのかは全然覚えていない。
そういうもんですわ。

おっと、長く喋りすぎましたかな。
今、扉を開けますんで、あちらへどうぞ」

ちょっとした雑談だったのに、目が開かれる思いがした。

住職が、見習い僧に合わせて読経している。
同じように、私たちも職場で、自分が「合わせているつもり」でいることはないだろうか。
もし、自分が上司や先輩に息を合わせて上手くやっているのだと思っているとしたら、それはもしかしたら本当に自分が上手く合わせているのかもしれない。でも、ひょっとすると上司の方でこちらのペースに合わせていて、なお且つ、それを感じさせていないという場合もあるだろう。
もしそうだとしたら、それはとてもよい上司だと思う。
ダメな上司は、ただ合わせろと言うだけだ。自分のペースにこだわって、周りを混乱させる。一方、良い上司は、自分のペースは二の次にして、部下や組織のバランスを最優先にするだろう。そして何より、部下を育てようとする。人は、すぐには変われないものだ。学ぶには、ある程度の時間が必要である。部下が伸びるために、良い上司はときには辛抱強く待ってくれるものなのだ。
上司と部下という関係ではないけれど、例えば、天狼院書店店主の三浦さんと、ライティング・ゼミの受講生との距離も、それに近いかもしれない。
ライティング・ゼミの講義で、三浦さんは様々なライティングの秘技を教えてくれる。そのとき、何かのテーマについて説明しながら、私たち受講者に「本当はここで○○についても話したいんだけど、今それを教えると混乱するから、再来週にね」などと言う。
この場合、三浦さんは、我々のライティングのレベルを心得ていてそれに合わせて指導してくれているのだ。本来ならこのこととこのことを絡めて説明したい、でも、それでは素人の受講生たちには理解するのが難しそうだ、混乱するだろう、と予測し、敢えて、ある部分を外して説明している。
三浦さんにしてみたら、もどかしいに違いない。さぞかしやりにくいことだろう。でも、受講生が力を伸ばすには、自分がそのレベルに合わせるのが一番よいと分かっているのだ。

そして、もうひとつ。
厳しかったり、ソリが合わなかったりなど、もうこんな人と一緒に働きたくないと思う上司がいるとしたら、「あの野郎!」などと憤るまえに、まず考えなければいけないことがある。
それは、自分の方に問題がないかということだ。
人は誰しも、自分がスタンダードだと思っている。自分は正しいと信じている。だからこそ、冷静に振り返る必要があると思うのだ。
例えば自分の偏った思い込みとか、何か自分のせいでぎくしゃくした関係を作ってはいないだろうか。心にバイアスがかかっていて、職場での批判やちょっとした対応に過剰に反応しているのかもしれない。
例えば、上司の言い方とか指導の仕方にムカッときたりする。すると、その奥にあるメッセージを見逃してしまうこともあるのだ。

いえいえ、自分の方には全く問題ありません、という場合、そうした場合はどうだろう。
その上司が、指導者として全然イケてないということも考えられる。
ただ怒りの感情に流されて、叱るというより怒るというような上司であったら、それはまるでダメである。「お前は能力がない。できない奴だ」といった叱り方をするのなら、その上司は全然なってない。
でも、そうした人格否定はせず、起こした失敗や考え方の対してのみ叱る上司であったら、その言葉にはちゃんと耳を傾けた方がよい。個人的な感情で反発していては勿体ない。そういう指導にこそ、自分を伸ばす萌芽がある。後々まで自分に残っていたりする。
上司は優しいに越したことはないけれど、優しければいいというものでもない。叱ることもしないで良い上司になろうとだけすると、部下はあまり力をつけられないだろう。

何より、まず心得なければいけないのは、仕事は友達作りの場ではないということだ。
上司と和気あいあいとやれればそれが一番好ましいのだけれど、そのことと仕事とは、切り離して考えた方がよいと思う。仲良くやることを最優先にしてしまっては、成長はあまり望めない。

お坊さんの話には、ちょっとした雑談でも説法のような深みがあった。

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2017-04-29 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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