メディアグランプリ

初めてこどもを産んだ時に味わったのは、至上の幸せと、絶望的に静かな孤独だった。


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:桝田綾子(ライティング・ゼミ日曜コース)

 
 
「あの頃を思い出して、つらい気持ちになった」「やっぱり一人でがんばれって言われているみたい」……。ぼんやりSNSを眺めていると、シェアされていた記事とそのコメントが目に留まる。こども用オムツメーカーのCM動画に、今まさに育児中のお母さん達から寄せられた意見をまとめた記事だった。
記事を読み、話題になっているそのCM動画を私も見てみると、お母さんが産まれたばかりの赤ちゃんを一人でお世話をしている様子や、一人で赤ちゃんを抱っこして道を歩く様子などの映像が流れる。
そうだなぁ、私にもこんな時期があった、と、あたたかいような切ないような、なんとも懐かしい気持ちになる。
 
と、ピンポン。玄関のチャイムが鳴った。ドアを開けると、近くに住んでいるOさんがやや緊張した面持ちで立っていた。大きな瞳で、まっすぐにこちらを見ている。
「桝田さん、こんにちは。昨日はありがとうございました」
彼女の様子を見て、私は、ああ、よかった、とほっとした。ご迷惑ではなかったようだ。
 
前日、私はドキドキしながら、勇気を出して彼女の家のポストに手紙を投函していた。
Oさんとは、私たちが引っ越してきた時に挨拶にうかがったあと、道でお会いした時に挨拶を交わす程度の関係だ。
近所の、その程度の知り合いからいきなり手紙が届くなど迷惑ではないだろうか。不安を感じさせてしまうのではないか、不審に思われないだろうか。
そんな、投函しなくともいい数々の理由は浮かんだけれど、それでも私には、彼女にどうしても伝えたいことがあったのだ。
「どうぞ、いつでも頼ってください。近所だからこそなにかお手伝いできることもあると思います」と。
 
「お手紙、ありがとうございました。出産後はしばらく、実家で過ごそうと思っているんです」
ご自身の大きなお腹に目線を落としながら、彼女は言った。
「ああ、そうなんですね。それはよかった。ご実家はお近くですか?」
「はい、○○のあたりです」
「それなら、それほど遠くはないんですね。ご家族も楽しみにしていらっしゃるでしょう」
「ええ、まだ出産後の生活は想像できなくて……。実は、もう数日後が出産予定日なんです。お手紙いただいて、とても心強いです」
「なんと、もうすぐなんですね! ほんとうに、なにかあれば遠慮なく声をかけてくださいね」
「ありがとうございます」
そんな会話をして連絡先を教え合った後、玄関のドアを閉めた。
 
それから私は部屋に戻って、彼女と会話ができた嬉しさと安堵を味わいながら、自分がこれから初めての出産を迎える、という日の前後の記憶を思い出していた。
予定日を過ぎ、いつかいつかと待ちわびていたこと。いつがその時なのか、自分にわかるのだろうかと不安だったこと。何時間もかかって産まれた娘を見た時に涙が溢れたこと。あっという間に過ぎた入院生活。遠方から母が家に手伝いに来てくれたこと……。
 
そしてその後にやってきた、長い長い日中の、この上なく幸せで絶望的に静かな孤独。
 
出産は全治二ヶ月の大怪我、とも例えられるそうだ。産まれたての赤ちゃんだけでなく、母親も身体が回復しないうちは養生する必要がある。その間私は、外に出ることはほとんどなく、娘と二人きりで過ごした。
 
娘はもちろんまだ言葉を話さない。夫が朝出かけてから夜帰るまでの12時間、日本語で誰と会話することもない日々が続いた。この日々はいつまで続くのだろうと、たった一ヶ月、二ヶ月が一年や二年にも思えるほど、長く長く孤独に感じたことを今でもよく覚えている。
 
その後私には息子が産まれ、娘は5歳に、息子は2歳になった。息子の産後は娘の時とは違って、娘と話をし、娘のことも息子のことも忙しくしているうちに気がつけば過ぎていった。とてつもなく長く感じるのは、初めてこどもが産まれた後の、その一年なのだ。
 
私にとってその一年は、過ぎてみれば、孤独でもあり宝物のような幸せでもある、そんな時間だった。これから共に暮らしていく家族を初めて迎えた喜びは、今でも紛れもなく宝物だ。
 
そしてあのCM動画を思い出す。近所の先輩お母さんである私も、オムツメーカーも、出産を迎える・迎えたお母さんとこどもを応援したい、力になりたい、という気持ちは同じだ。
 
もし、あの映像がそのまま〈先輩お母さん達からのメッセージ〉だったとしたら。
「今しんどいことを私もよく知っているよ」「いつかよかったと思える日が私は来たよ。あなたにも来るかもしれない、でも今はしんどいよね」と語りかけられるように伝えられたなら。
受けとった側のお母さんも、この日々をわかってくれている人もいるんだ、心強い、と感じられたかもしれない。
あの映像は、〈育児にかかわる製品をつくっている企業からのメッセージ〉として世に発信されたからこそ、「あの頃を思い出して、つらい気持ちになった」「やっぱり一人でがんばれって言われているみたい」というような意見がたくさん寄せられたのだろう。
 
思いは同じ。
ただ、何をメッセージするのか、だけではなくて、誰が、どんな立場から、メッセージするのか。それによっては、「応援している」「力になりたい」というせっかくの気持ちも、相手に届かない可能性があるのだと思う。
 
逆を言えば、その人や、その立場だからこそ届けられる相手、届けられるメッセージがある、ということ。
今回のCM動画でも、オムツメーカーだからこそ、お母さんの孤独な子育ての状況に対して世の中に言えることがもっとなにかあるだろう、という意見も寄せられていた。
 
企業や個人、立場、こどものいるいないを問わず、多くの方々からの「応援したい」「力になりたい」という気持ちやお力に、お母さん達、こども達はいつも支えられている。もちろん私自身も支えていただいている一人だ。
その中で、育児にかかわる製品をつくっている企業だから、先輩お母さんだから、パートナーだから、など、それぞれの立場だからこそできること、言えることがあると私も思う。
もちろん誰も無理をする必要はなくて、自分のできる時に、できる範囲でいいのだけれど。
 
出産という家族の大きな変化が、お母さんの孤独と共にある必要はないはずだ。
できることを伝えていく、届けていくことで、お母さんもお父さんも、こどもを迎えることをただ幸せや喜びとして感じられるような社会にしていけたらいいなと思う。
 
「出産後戻られてから、もしよかったら赤ちゃんとお昼を食べにいらしてください。人に家にあがられるのが嫌でなければごはんをつくってお持ちしますよ。体調が回復されてから、少し息抜きがしたかったら、一時間くらいなら赤ちゃん見ていることもできますから、仰ってくださいね」
Oさんに教えていただいた連絡先に、そんなメッセージを送った。私にできるのはたったお一人、短い期間、小さなことかもしれないけれど。遠慮なく頼っていただけたら、私はとても嬉しく思う。
 
 
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2017-05-18 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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