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薄情者が、素直に喜べないわけ


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記事:バタバタ子(ライティング・ゼミ日曜コース)

 
 
「来月のお弁当の発注って、まだですよね。やっておきますね」
「本当だ、忘れてた! 思い出すなんて、さすが、しっかりしてるね」
「えっ、いやぁ、私もすっかり忘れてたんですけど、たまたま思い出したんですよ」
「いやいや、さすがだよ」
そんなそんな、と口にしつつ、気をつけて笑顔を作る。褒められて喜んでいると相手に伝わるように。かといって、調子にのったり、得意げな印象をあたえて「なんだこいつ」と思われない程度に。加減が難しい。
 
褒められるのが苦手だ。褒められ慣れていないせいか、その場でどう振る舞えば正解なのか、わからない。
理想としては、褒められた喜びに身をまかせ、嬉しさが自然とにじみ出てリアクションをとってしまった、そんな風になりたい。
でも実際は、嬉しさよりも先に、とまどいが来てしまう。
 
えっ、褒められた、どうしよう。これは、イヤミじゃなくて、本当に喜んだほうがいいやつだよね。でも100%で喜んじゃダメだ。ちゃんと謙遜しないと、カンジ悪いって思われる。かといって謙遜のしかたを間違えると、褒めてくれた相手に失礼だ。へりくだりつつも相手を立てて、かつ、相手の期待にこたえる程度に、慎重に喜ばなきゃ……。
 
だからその場では、本当に喜ぶ気持ちが出てくる余裕なんて全然ない。でも、「褒めてもらえて嬉しいです!」との振る舞いがすぐさま必要だと思うから、なんとか嬉しさを想像して、それを適切に表現するのに力を尽くしてしまう。
我ながら、薄情なやつだと思う。
 
本当に嬉しい気持ちが出てくるとしたら、その場面が過ぎ去って、しばらく経ってから。
水がしみ出すように、胸の奥底から、じんわりと出てくる。
 
思うに、「褒められる」という出来事は、私にとって消化困難なのだ。だから、急に直面しても、すぐには吸収してリアクションをとることができず、戸惑ってしまう。
牛のように、何度も反芻したのちに、やっと消化できるのだ。
 
人間なら、食べたものは口で噛み、のどを通って胃に送り、そのあとは腸へと一方通行である。
だが牛は、食べた草を噛んで、飲み込んで、胃に送ったあと、なんともう一度、口に戻して噛みなおすと聞く。そうして何度も反芻することで、時間をかけてゆっくり消化し、栄養として体に取り込んでいく。
 
褒められたときの嬉しさもそうだ。
その場では、戸惑い以外の何の感情も生じなかった出来事が、後になってふと思い出される。
例えば、湯船に浸かっているときとか。例えば、布団に入って、でもまだ頭は起きているときとか。
「そういえば、あのことで褒められたな。フフフ……」
と、そのとき初めて嬉しさがこみあげてくる。
 
時間をおいて消化し、嬉しさとして吸収できる状態となった出来事は、心の中の「褒められた思い出」ボックスに収納される。そして時々とりだして、反芻しては、ちょっとずつ味わい、ニマニマする。賞味期限も長いようで、数年前のものから、小学生の頃のものまで、まだ美味しく残っている。
 
万が一、味わっているときに、他の人に見られたら、きっと気持ち悪がられることだろう。何でもないときに突然ニマニマし始めるのだから。そのため、一人のときにだけ、こっそり反芻して楽しむようにしている。
 
何事も、このように、ちょっとずつ楽しむのが、私の性には合っている。
 
もともと、美味しいものなどは、惜しみながら、ちょっとずつ食べたい人間である。小皿に取り分けられた羊羹も、更にちまちまと薄くスライスして食べる。バウムクーヘンも、一層ずつ剥がして食べてしまう。
 
高校の茶道部に入部してすぐのころ、お茶菓子のうぐいす餅をちまちま食べていたら、叱られた。
「ちびちび食べない。大きく切って、いただきなさい」
そのとき、ケチケチ食べるのはマナー違反なのだと知った。
 
だからそれ以来、人目のある場でものを食べるときは、口におさまる程度のサイズで、かつ小さすぎもしないように、慎重に切り分けている。加減がむずかしい上に、美味しさを100%楽しめている気がせず、もったいないと思いつつではあるが。
 
褒められたときの喜びも、すぐに素直に反応せずに、こうやって何度も反芻したり、ちびちびと楽しむのは、本当はマナー違反なのだろう。
 
だって、私が他の人を褒めたとしたら、目の前で喜ぶ顔を期待する。「そうですか」の一言で終わってしまったら、「なんだこいつ」とムッとするだろう。
また、もし他人から、何年も前に褒められた経験をしつこく自慢されたら、うとましく思うに違いない。
 
お茶菓子のように、大きく切り分けて、すぐに食べてしまい、その場で味わいつくす。しつこく何度も詳細に思い出したりしない。それが一般的な、褒められたときの作法だと思っている。
 
でも実際問題、褒められたときに即座に消化して吸収するのは、薄情者の私には難しいのだ。
処理が追いつかないため、どう反応すればいいかわからないし、嬉しさなんて分からない。
 
だから、マナー違反に後ろめたさを覚えつつも、こうしてコソコソ、ちびちび反芻して、褒められた記憶を楽しむのを、やっぱりやめられずにいるのだ。
 
 
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2017-06-17 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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