プロフェッショナル・ゼミ

好きなバンドが解散した時が青春の終わり、なのだとしたら《プロフェッショナル・ゼミ》


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記事:ノリ(プロフェッショナル・ゼミ)

「49、50、51……、51番! 51番の方〜! 51番、中どうぞ〜。はい52、53、54、55……」
私はライブハウスの外で、チケットの整理番号を呼ばれるのを待っている。

一週間前のことだ。
携帯電話の音楽プレーヤーをシャッフルで再生していると、ふと、懐かしい曲に手が止まった。10年前、何度も何度も繰り返し繰り返し聴いていて、ほとんどの曲がそらで歌えるほど、大好きなバンドの音楽だ。

「今、どうしてるんだろう?」
何気なしにネットをチェックすると、ちょうど新しいアルバムが発売されたばかりだった。そしてツアーのスケジュールを見て驚いた。一週間後、私の住む町でライブがある。しかも、ライブ会場は10年前と同じ、200人も入ればいっぱいになってしまう、市内でも小さなライブハウスだったからだ。

「どんだけ売れてないんだよ!」
思わず突っ込んでしまったけれど、何かに呼ばれるのを感じた私はすぐにチケットを買って、今、ライブハウスの前にいる。

私が好きだったバンドは、メジャーデビューはしているものの、ものすごく有名なわけでもなく、いつも小さな会場でライブをしていた。手が届くほどメンバーの姿を間近で見られるライブはアットホームで楽しく、私は欠かさずに参加した。自分の住む街でのライブはもちろん、隣県や、ツアーのファイナルとなる首都圏にも遠征するほどだった。

ボーカルの見た目に甘い声、ギターのテクニック、いつもクールなベース、ドラムのキャラクター、どこか懐かしいメロディに、まったく意味がわかんないけど忘れられない歌詞……。そのバンドには、いろんな私の「好きポイント」があった。しかし、熱狂的に好きだったのには、ほかに理由がある。

私がタカシと出会った時、流れていた音楽だったからだ。

10年前。今日と同じように、私はお気に入りのバンドを観に、この小さなライブハウスに来ていた。当時出たばかりのアルバムでの全国ツアー。友達のマイと私は、ライブが終わった後、外でビールを飲んでいた。
「あー! サイコー!!」
「ホントよかったー!!」
「そして暑いー!」
「信じられないくらい汗かいたー!」
週末の夜の商店街。ライブハウスの外にあるベンチに座って、夜風に火照った体を冷ましながら、二人で感想を言い合っていた。すると、ちょうど隣りのベンチに座っていた男の子二人組が話しかけてきた。ライブの興奮もあったし、会場での一体感を感じた後だったこともあるだろう。嫌な感じはしなかった。ここじゃなんだからと、四人で近くの居酒屋に入った。

「ヘッドホンが『聴く』んだったら、ライブハウスは『感じる』、だよな」
二人のうちの一人、ビールを片手にドヤ顔で音楽を語っていたのがタカシだった。個性的なファションに長髪が似合う、独特の雰囲気を持った人だった。でも、その言葉は、私が常々思っていたことと近かった。

大学時代、マイに連れられて初めて行ってからというもの、私はライブ、というものにすっかりハマった。好きなアーティストのために集まった人たちが、一緒になって楽しむ空間。色とりどりのライトに、ちょっとのお酒、手をあげたり、膝でリズムをとったり、思い思いに全身で音楽を感じる時間。
CDで聴く音楽とは違う。生の声と生の楽器。歌詞を間違えることも、息遣いも聴こえる。時には汗や唾が飛んでくることだってある。もともと形のない音楽が、その場所、その時間、その観客、その瞬間でしか体験し得ない、ライブ、というものが好きだった。
――きっとこの人は、そういうこともわかっているんだろうな。

「えー、ほかにどんなバンド聴いてんの?」
「そうだな、例えば……」
「私もそれ好き! この間のライブ、よかったよー!」
「あー! 俺もそれ行った! やべー、ニアミス!」
「えー! うれしい!」

タカシと私はすぐに意気投合し、付き合うことになった。

中学の頃からギターをやっていたというタカシは、バンドこそやめたものの、ライブハウスに足繁く通って、たくさんの音楽を聴いていた。グラフィックデザイナーとして会社に勤めながら、頼まれてライブのフライヤーのデザインなどもしていたようだ。
地元の女子大を出てから、一般企業でずっと事務の仕事をしてきた私には、タカシの世界は新しく、そして輝いて見えた。

「えー! うらやましい! やっぱり趣味が一緒って大事だねー」
「ふーん、そうかなあ?」
「そうだよ! 今の彼そういうのダメだから、行かせてもらえないんだー」
「えー、残念!」
新しくできた彼に、ライブハウスは危ないと出禁をくらって、すっかりライブから遠のいたマイは、会うたび私をうらやましがった。私は謙遜しながらも、趣味の合う恋人でいることが、とても誇らしかった。
タカシとはいつもおそろいのTシャツを着て、ライブに行った。お気に入りのバンド以外にも、あちこちのライブへ行った。そして帰っては感想を話し合う。音楽の話題はいつまで話しても尽きない。タカシと一緒にいるだけで、好きな音楽が、世界がどんどん広がっていった。そうするうちに私たちは自然と、恋人から夫婦になった。

「ごめーん! やっぱ今日ムリだわ! ごめんね」
「うんわかったー! 適当に誰か誘うわ」
「ホントごめん!!」
「うんいいよー、また後でー」
しかし、私がライブに行く予定だったある土曜日に、抜けられない仕事が入った時のことだったと思う。その日を境にタカシは、ちょくちょく私以外の人とライブに出かけるようになったのだ。

「大丈夫? タカシ、カッコイイんだから気をつけなよ!」
「適当に誰か」誘ったのは、会社の後輩の女の子らしいことがわかったが、特に様子の変わらないタカシに、私は何をどう気をつければいいのか、わからなかった。
「うん、ちょっと、趣味が合うみたいで」
後輩の女の子について、タカシはそう言ったきりだった。浮気……、してないよね? しかし決定打は何もなかった。携帯を盗み見るのもどうかと思ったし、「私も一緒に」と言えば、ライブに一緒に行くのは変わらなかった。しかし間もなく、マイの心配は現実になってしまったのだ。

「結構、ここ、広かったんだね」
彼が転がり込んで二人の住まいになっていたアパートから、彼は荷物を持って出て行った。様子を見に来てくれたマイは私を気遣いながら、ぽそりと言った。

五年前まで私が一人暮らしをしていた部屋だ。一人暮らしに戻るだけ。あの頃に戻るだけ。そう思ってはみても、なかなか独身時代の気分は戻ってこない。たくさんの音楽に囲まれたタカシとの生活が、私にはあまりにも大きいものだった。彼のいない、彼のもののない部屋を眺めて初めて、わかってしまった。
――もう遅い、か。
そうして私の中で賑やかに鳴っていた音楽は、すっかり止まってしまったのだ。

「出戻りですぅ」
苗字を元に戻した私は、職場の人の詮索におどけて見せながら、仕事に打ち込んでいた。事務の仕事をしながら、夜、勉強して経理の資格をとり、できる仕事の幅を広げた。忙しくすればするほど、頭がいっぱいになった。そうすれば、余計なことは考えずにすむ。残業があれば率先して引き受けた。月末や決算には、遅くまでオフィスに残ることもいとわなかった。疲れると、よく眠れた。

その頃、マイから、彼が例の後輩の女の子と結婚したと聞いた。
私は気のない素振りをしてみせて、心をごまかし、さらに仕事に打ち込んだ。私は事務や経理を担当する総務部から、営業部に異動になり、営業さんの後方支援として、見積書の作成や企画書作りなどにも取り組むようになった。新しい人たちとの新しい仕事。戸惑いも多かったが、疲労がありがたかった。眠れない夜は、キッチンで酒を飲んだ。ビールだけでは酔わなくなると、ウイスキーを常備するようになった。
時々はマイに誘われてご飯を食べにいっては、たわいのない話をした。マイはタカシの話だけでなく、思い出すからという気遣いなのだろう。音楽の話もしないようになった。心の中でいつも謝って、いつも感謝していた。

「気晴らしに遊びにきなよ! ゼッタイだからね!」
けれどそんなマイが、結婚を機に遠くの都市に引っ越してしまうことになった。初めは何度か家を訪ねた。しかし、もともと音楽とライブでつながっていた友人だ。結婚して専業主婦になったマイと、相変わらず仕事に打ち込んでいる私とでは、共通の話題が少しずつ減っていく。いつしか連絡はとぎれるようになった。そのうち、マイは妊娠し、出産し、子育てで忙しくなると、私の遠慮もあって、ますます足は遠のいた。

「なんだろう、また異動かな、それとも昇給かな」
身近に話せる友人がいなくてもいい。私には仕事がある。
部長に呼び出された時、前にもそうだったように、また新しい仕事ができるのだとうれしく思っていた。しかし違った。
私はリストラされた。

本社の方針が変わり、営業部の人員見直しということで、後方業務を担当している私がリストラの第一候補になったらしい。そのまま総務部にいれば違ったみたいだ。総務部は私の後に新しい人が入って、バリバリ活躍している様子だった。
仕事の幅を広げようと頑張ったことが、こんな結果になるなんて……。会社だけでない、自分のがんばりにも裏切られたような気になり、どこにもぶつけることのできない気持ちだけが、大きく大きくふくらんでいった。

「なんだ、もっと早くこうすればよかったのか」
会社都合だから、失業保険はすぐ出るだろう。けれどどうしよう。
迷った私は、たくさんの思い出のある一人暮らしの部屋を出て、いったん実家に戻ることを選んだ。
実家は郊外にあって、会社に通うには少し遠かったので、私は就職を機に都心部に部屋を借りていたのだ。しかし今は会社への通勤もなくなった。別れた男の気配をあちこちに感じながら、毎日小さなキッチンで酒を飲むよりは健康的な生活が送れるはずだ。

――あーあ、これからどうしようか。
とは、思うものの、私は次の仕事を探す気持ちがまったく起きないでいた。経験もあるのだから、探せばそれなりに仕事は見つかるかもしれない。
でもなんだろう。
旦那、そして友人。いろんなものを失った代わりに打ち込んできた仕事がなくなって、いよいよ私は、体の中心に、大きな穴が開いたようになってしまっているのだ。

「ほら、少しは手伝いなさい!」
「ちょっと! 今日鏡見た? 化粧しなさい、化粧!」
母親は小言を言いながらも、落ち込んでいる私を気づかってくれているのがわかる。しかしその優しさに気づいても、私は動くことができない。
日がな一日ぼーっとしたり、ふと思い立って近所をぶらぶら散歩したり。無駄に時間をむさぼる毎日だった。

そんな時だった。
何気なくかけた携帯電話の音楽プレーヤーから、あのバンドの曲が流れてきたのは。

「どんだけ売れてないんだよ」
やっとチケットの整理番号を呼ばれて、ライブ会場に入り、薄暗いフロアでライブが始まるのを待っている私は、もう一度、つぶやいてみた。
うれしかった。まさかまた、このライブハウスに来ることができるなんて。あのバンドのライブを観ることができるなんて。

「青春の終わりは、好きなバンドが解散した時だ」なんて言葉を聞いたことがある。
この10年の間、好きだった音楽グループは、そのほとんどが解散してしまった。ボーカルがソロ活動をしたり、メンバーが別のグループを立ち上げたりすることもあるけれど、もともとの音楽とはやっぱり違う。
一つのグループがなくなると、確かに私の中の何かも消えた。それが青春、だったのかもしれない。何よりタカシと別れたことで、私の青春は、とっくに終わっていた。はずだった。

けれど、このバンドは違った。ずっとここにいた。10年前と同じライブハウスに。
――私はこの10年、何をやってきたのだろうか。
この場所で出会ったタカシはもういない。いつも一緒だったマイも、もういない。結婚も友人も仕事も失った私だけが、一人でここにいる。

会場のダウンライトが消えて、真っ暗闇のステージに人影が現れると、スポットライトがバンドのメンバーを浮かび上がらせた。
「キャー!!!」
会場いっぱいに鳴り響く歓声に、ギターが応える。ドラムのスティックが四回、打ち鳴らされると、あの日と変わらないバンドが演奏を始める。

――そうだ。また、ここから始めればいいんだ。

私の中でずっと止まっていた、音楽が鳴り出した。

この話はフィクションです。

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