プロフェッショナル・ゼミ

美人結婚詐欺師の言葉を思い出したら、落ちていくのは、恋じゃなくて、愛なんだと、そう思った《プロフェッショナル・ゼミ》


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【東京・福岡・京都・全国通信対応】《平日コース》

記事: 長谷川 賀子(プロフェッショナル・ゼミ)

「昨日、結婚詐欺の容疑で逮捕された女が……」
夫と子供たちの洗濯物を畳みながら、なんとなく流していた昼のワイドショーが目に付いた。画面には、怪しげな女が映っている。結婚詐欺の事件はよくあるけれど、犯人の女は、美人でないこと、どちらかと言えば、何故この女に騙される、と疑問が湧く容姿の女であることも少なくない。でも、この容疑者の女は、とびきり美人だった。そして、画面からでも伝わってくるほどの、色気を放っていた。今まで心をもてあそばれた挙句、大金を奪われたり、殺されかけたり、様々な被害にあった男達には申し訳ないけれど、容疑者であることを考慮に入れても、女から見ても羨ましいほどの美しさを、この容疑者は兼ね備えていた。番組曰く、年齢は50らしい。見えない。世の中、いろんな女が、いるものだな。私は、次に畳む洗濯物を手に取った。膝の上のタオルをぽんっ、と叩くと、夏のお日様の香りが広がった。時計を見ると、あと5分で2時だった。洗濯物はまだ山になっていて、夕食の買い物にも行かなければならないし、おまけに今日は、子供の習い事の送り迎えまである。
「おっと、急がなきゃ」
私は、畳む手を早める。
「ねえ、私ね、……」
テレビのスピーカーから、女の声が、聞こえてくる。
「私ね、あなたになら、恋に落とされても、いいわ……」
なんだろう。私は、この女の声に、手が止まった。
「これは、容疑者の女が被害者に電話した際の、実際の……」
アナウンサーの乱れない、冷静な声が、私の耳から遠のいていく。この女の声を、どこかで聞いたことがあるような気がした。どうでもいいことのようにも思ったけれど、どうしてか、気になって仕方がない。私は記憶をたどってみる。
「ねえ、君みたいな綺麗な人が、どうして私のようなおやじといるんだい?」
「なに、言ってるの? 恋って落ちていくもの、なのよ。私が好きって言ってるんだから、変なこと、考えないで、逆らわずに、落ちればいいのよ……」
生々しい男女の電話が、明るい部屋に、響いている。
「恋ってね、……」
あっ、思い出した。私の頭に、女の顔が、浮かぶ。

「恋ってね、落ちていく、もの、なのよ」

15センチヒールの女の人がウインクをして、去っていった。私が、小学3年生の時だった。初めて好きな男の子ができたばかりの少女に、艶っぽいあの女の人は、そう、教えてくれた。その時、私はまだ、よくわからなかった。でも、知りたいと思った。私も、落ちてみたいと思った。だから、耳を澄ませながら、感覚と研ぎ澄ませながら、小学生ながらに頑張っていた。中学生の時も探していた。でも、少女にはよくわからなかった。高校生、大学生の時は、もう、あの女の人の言葉は、忘れていた。社会人になったばかりの頃は、毎日が必死で、恋だのと、そんなものは、どうでもよくなっていた。でも、今なら、あの時の女の人に、教えてあげられる。あの時、あの綺麗な女の人に会ってから、24年も経ってしまったけれど。あの時は、好奇心いっぱいの目で、立ち尽くしていた自分に、私自身の答えを、教えてあげられる。「恋は、浮かぶもの。落ちていくのは、愛、なんだよ」って。

私が女の人と会ったのは、ピアノ教室の帰り、たぶん夕方の6時くらいだったと思う。6時といっても、冬だったから、外は真っ暗だった。いつもはお母さんが、終わる5分前に、先生の家の前で待っていてくれるのだけれど、その日はおばあちゃんの病院が長引いていると、お教室の途中、電話が来た。先生は、「先生のお家で待ってる?」と言ってくれたけれど、私の次の時間は、口の恥を片方だけあげて笑うエミちゃんだったから、「外で待ってます。ありがとうございます」と丁寧に断った。先生の家の前で待っているのが一番いいのだけれど、そうすると大嫌いなエミちゃんに会ってしまうし、エミちゃんのピアノは、ドラえもんのジャイアンにも負けないほどダイナミックなのだ。だから、私はちょっと離れた、街のお店が並ぶ方で、待っていることにした。ケーキ屋さんのショーウィンドウを眺めたり、雑貨屋さんで手袋を見たり、通りがかりのわんちゃんをからかったりしながら遊んでいた。てこてこと歩いていくと、昨日まで何もなかった広場に、大きなクリスマスツリーが、立っている。
わあ。
私は、嬉しくなって、ツリーの方へ駆けた。いろいろな色の電球とこれでもかとラメのついた飾りが、とても賑やかにぶら下がっている。もっとちかくで、見てみたいな。そう思って、木の根元の方へ近づくと、木の幹の影から、赤い布が、ちらちらと、待っている。
「サンタさん?」
私が近づいて、覗いてみると、綺麗な女の人と男の人が、ぴったりとくっついていた。おしくらまんじゅうをしているような、そんな和やかなものではなさそうで、異常な空気を漂わせていた。今なら。嫌というほどすぐに感じる色気も、小学3年生には、難しかった。私は、その異様な雰囲気に呑まれるように、そこに立ち尽くしていた。二人は、その空気に守られて、私のことには、気が付いていない。女の人のヒールが、地面から、浮いた。体がふわりと持ち上がって、二人の唇が、重なった。それは、ミッキーとミニーのような可愛らしいものではなくて、深夜の海外ドラマみたいな、キスだった。この時初めて、私は人がキスをしているのを、見てしまった。
「きゃっ」
思わず、声が出てしまう。今更、口を押えても、零れた声は、戻せない。なんとなくいけないことをしてしまったようで、私は元来た方へ、駆けようとした。
「かわいい子、ね」
女の人は、前にいた男を左手で押して、その場から去らせてから、私に近づいてきた。私は逃げようと思ったけど、覗いてきた女の人が、絵本の魔女みたいに綺麗で、うっかり口を開いてしまった。
「ごめんなさい」
謝っておかなければいけないような気がした。どうしていけないのかは、この時の私には、わからなかったけれど、なんとなく、悪いことをしてしまったような気がしていた。
「いいのよ」
女の人は、薄く口を開いて言った。
「きっと、そのうち、わかるわ」
女の人が、髪をかき上げると、くらくらしそうな香りがした。
「あなたにだって、好きな人、いるでしょ?」
その女の人は、知りたくなさそうに、言った。それから、私が答える前に、言葉を続ける。
「今のあなたには、わからないと思うけど、ちびちゃんだって、いつか女になるんだから、せっかくだから、教えてあげる。恋ってね、落ちていくものなの。そうしたら、きっと、うまくいくわ」
言い捨てるように、その女の人は、ヒールを鳴らしながら、行ってしまった。
「恋に、オ、チ、ル?」

私はこの時、好きな男の子がいたけれど、一緒にいても、あの女の人と男の人が纏っていた空気みたいにはならなかった。なんか、こう、あったかいような。おはようっていうと、こころが、くしゃくしゃって、くすぐったいような、そんな気持ちだった。あの女の人が言っていたことは、本当なのかな。私は、探偵か実験者にでもなったような気持ちで、女の人の言葉の真意を突き止めることにした。小学生の間は、ずっとこの男の子のことが好きだったから、他の人では試すことができなかった。この男の子と、「恋にオチル」ということもなかった。ただ、私もこの男の子も、おませさんではなかったから、ずっと片思いのまま、仲良しだった。だから、私は、片思い同士では、恋にオチルとは、言わないんだな、と結論づけてみた。

中学生になって、2年生の時に、彼氏ができた。中学生の彼氏なんて、お友達より仲良し、くらいだけど、この時は嬉しかった。部活の帰り、一緒に手を繋いだり、テスト前に一緒に図書室で勉強したり、時々、休みの日に公園とかで散歩したり、2回だけ、頑張ってかき氷屋さんと、いまいちな喫茶店に行ったりした。彼氏が笑ってくれると、しゃぼん玉がはじけるみたいに、心が弾んだ。毎日が、シャボン玉が漂うみたいに、ふわふわと、そして、光を反射したみたいに、つやつやとしていた。
3年生になって、高校受験の勉強で忙しくなると、付き合っている、という名前を付けておく意味が見いだせなくなって、友達に戻った。また、恋にオチル、ということが、わからないまま、終わってしまった私は、少女漫画や恋愛ドラマなら、わかるんじゃないかと、勉強の休憩がてら、見てみることにした。一目惚れから一気に発展した恋とか、禁断の関係の恋とか、そういうことを言うのかなと思って見たり、あまりにもよくわからないから、エンディング、ベッドに倒れ込んですべてを完結させる、安っぽいドラマを見て、オチルって物理的に落ちるのか、と、ちょっと品のないことを思って見たりしたけれど、恋はもっと素敵なものだ。馬鹿らしくなって、3日でやめた。

中学3年生の時、変な思いつきを3日でやめられたおかげで、私は憧れの高校に入学できた。高校は、勉強に、行事に、部活に夢中で、毎日が過ぎていった。あの女の人のことなんて、この時にはもう、すっかり忘れていた。ただ、忘れた頃に、大好きな人ができた。3年生のクラス替え。初めて話した男の子。ファーストキスも、この時だった。まるで宇宙にいるみたいな、そんな感覚だった。自分がまっすぐ立っているのか、そうじゃないのかも、わからないくらい。ただ、ただ、幸せで、嬉しかった。けれど、結局高校生でも、恋にオチル、ということはなかった。

それから、この後も、恋にオチル感覚を、経験することなく、私は主婦になってしまった。今の旦那さんとは、恋愛結婚だったけれど、ふわふわと、温かい気持ちになったり、時々盲目的になったりしたことはあったけれど、今は夫婦として、落ち着いて、幸せに、穏やかに暮らしている。

「恋ってね、落ちる、もの、なのよ」

私は、今までのことを思い出しながら、テレビを見た。年はとっているけれど、やっぱりあの時の女の人だった。美しい女の顔が、なんだか、寂しそうに見えてきた。もしかしたら、あの時も、そうだったのかもしれない。どこか、諦めたような、そんな声だったような気もする。私はずっと、あの女の人は、私に恋について、あるいは、恋がうまくいく方法について、教えたのだと思っていた。でも、あの女は、恋なんて、どうせ、落ちて、終わり。だから、愛だの、恋だの、そんなものは、信じない。そう、宣言していたのかもしれない。落ちていけば、うまくいく。その、うまくいく、は、恋のことではなくって、あの女の人の自分自身を守る術だったのかもしれない。

私はごく普通に生きてきて、今もごく普通に暮らしている。そんな私が知ったように話すのは、図々しいことなのかもしれない。目の前の、何人もの男の心を盗んできた女を目の前に、彼女の意見を訂正するなんて、身の程知らずなのかもしれない。でも、私は、あの時に戻って、私が小学3年生のクリスマスツリーの下に戻って、彼女に教えてあげたかった。本当の恋って、二人でこの世を抜け出して、宇宙の彼方の、二人だけの世界に、飛んでいくことなんだと。街の雑音も、おせっかいなおばさんも、クラスの意地悪な女王様もいない、盲目的なほどのおとぎ話に浸って、少しだけ浮いたように、二人だけの時間を楽しむことなんだと。

それから、その世界に、飽きてきて、疲れてしまった時、ここからが本当の幸せの始まり。おとぎ話の宇宙から、二人一緒に地上に戻ってくるのが、恋が、愛に、変わる時だから。おとぎ話が消えても、宇宙みたいに体が軽くなくても、一緒に支え合って、地上に立てる。そんな二人で、現実を一緒に歩いていくこと。それが、きっと、愛だと思う。

だから、落ちていくのは、愛なんだ。恋は、浮くもの。愛になって、二人が地上に落ちていくために、いいえ、戻ってくるために、宇宙に一回、飛んでいくんだ。

テレビに映る女の人は、宇宙に浮くことなく、地上から地下へ、落ちてしまった。その理由は、私にはわからない。もともとそのつもりだったのか、彼女をそうさせる悲しい出来事があったのか、それとも、地獄へ落ちていいほど愛する男と出会ったのか、その理由はわからない。

ただ、私は、もしどこかで彼女と会えたら、あの時のお礼を言おうと思う。この女は、犯罪者かもしれないけれど、主婦になった私が、大切なことを思い出し、その意味を見つけられたのは、この女のおかげかもしれない。そして彼女に、私の見つけた答えを、話したい。きっと彼女は、聞いてくれる。あの時、彼女のかかとが浮いたのを、少女はちゃんと、覚えていたから。今度は、彼女の恋が、うまく、いきますように。愛に、ちゃんと、戻ってこられますように。そう願いながら、私はテレビの中の女の人を、もう一度、見つめた。

※このお話は、フィクションです。

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