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歯医者に行くと感謝される、という謎


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記事:及川智恵(ライティング・ゼミ平日コース)

 
 
「わざわざ歯医者に来てくださってありがとうございます」
 
耳を疑うようなこの言葉を初めて聞いたのは、もう8年も前のことになる。
 
練馬区の住宅街の中にあるT歯科医院。
当時住んでいた家から歩いて5分ほどのところにある、小さな歯科医院だ。
 
8年前の私は、健診やクリーニングをしてくれる歯医者を探していた。
症状があったわけではなかったが、しばらく歯医者に行っていなかったので、一度診てもらおうかな、と思っていたのだ。
 
ネットで近所の歯科医院の口コミを調べた結果、私が選んだのがこのT歯科医院。
そして、初めてT歯科医院に行き、歯科衛生士の女性に一通りのチェックとクリーニングをしてもらった後、院長がやってきて私に言ったのが、冒頭の言葉だった。
 
まあ、たしかに医者だって商売だ。1人でも多く患者が来たほうが嬉しいだろう。
でも、「ありがとうございます」って。さすがに初めて言われたぞ、病院でありがとうって。
 
いったい何者なのか、この院長は。
 
T歯科医院では、3~4ヵ月に1回の定期健診を推奨している。
虫歯になっても早期に発見できるし、歯はきれいなほうが気持ちが良いので、不思議な院長だなと思いつつも、定期的に通うことにした。
 
そして、通い続けるうちに、この院長がとても魅力的な人物だということに気づいた。
 
失礼な言い方かもしれないが、T歯科医院の院長は、良い意味で「普通のおじさん」だ。
普通だからこそ、会っても緊張しないし、何よりとても親しみやすい。
 
院長はいつも、忙しそうにぱたぱたと現れる。そして、顔を合わせるとすぐに世間話を始める。患者を緊張させないための配慮なのだろう。
 
「雨が降るかと思ったけど、晴れてきましたねぇ」
「良かったですよねぇ、雲が出てると、なんだか気分までどんよりしちゃいますからねぇ」
 
こんな調子でほぼ毎回天気の話なのだが、この当たり障りのなさが何とも絶妙なのだ。
院長の口調は、いつも穏やかでほのぼのとしているのだが、忙しそうな様子も少しだけにじみ出ている。なんだか憎めないキャラだなあと思ってしまう。
 
そして、院長はとにかく患者思いなのだ。
 
T歯科医院は基本的に予約制だ。でも、当日異常を感じて電話をかけてきた患者も、ほとんど受け入れているように見える。
待合室にいると、受付の女性が電話で対応している様子がたびたび聞こえてくるのだが、電話口で断っているのを聞いたことはない。
どうしても予定が厳しそうで、受付の女性が院長に相談しているのを見たこともあるのだが、院長が断っているのを聞いたことはない。
 
いつも忙しそうなのに。待合室で患者が何人も待っているのに。
 
この院長の優しさゆえに、必然的に待ち時間が長くなってしまうのが、T歯科医院の唯一の難点だ。
予約した時間から、さらに1時間ぐらい待つことも少なくない。
 
でも、院長が患者に対応する様子を見ていると、そもそも患者を断るという選択肢が彼の中に存在していないように思えるのだ。
とにかく腰が低くて優しい。どんな年齢層の患者に対しても、とても丁寧に接している。
さらに、親しみやすくて憎めないキャラであることも、私はもう知ってしまっている。
こうなるともう何も言えない。自分の予定をなんとか調整して通ってしまう。
 
そんなわけでかれこれ8年間、私はT歯科医院に通い続けている。院長の何とも言えない魅力に惹かれて。
途中で4駅離れた場所に引っ越したのだが、同等以上の歯医者を見つける自信がなく、電車に乗って健診に行っている。
そして、毎回ではないものの、「来てくれてありがとう」という不思議な言葉を何度も言われている。
 
つい3日ほど前にも、定期健診に行ってきた。
いつも通りぱたぱたと忙しそうに現れた院長は、いつも通り天気の話をして、私の歯を覗き込みながらこう言った。
 
「ああ、いつもきれいにしていてくださって、ありがとうございます」
 
……もはや意味のわからないレベルに進化している。
何を言っているのだろうか、この人は。
 
私の歯なのだ。きれいにするのは私自身のためだ。
なぜ院長から感謝されるのだろうか。院長の歯が痛くなるわけじゃあるまいし。
 
私が歯をきれいにしておくと、治療やクリーニングの手間が省けるからだろうか。
いや、手入れする箇所があったほうが病院は儲かるはずだ。私は何に対して感謝されているのか。
 
この人はもはや、歯の分身なのではないだろうか。
自分が患者の歯になったつもりで話をしているのではないだろうか。
 
歯にとってみれば、定期健診はきっとエステみたいなものだろう。
汚れを取ってもらえて、つるつるにしてもらえるのだから、それは嬉しい。
「私をきれいにしてくれてありがとう」と言いたくなるだろう。歯の気持ちになれば納得がいく。
 
歯の気持ちになりきれるのだとしたら、院長にとって歯医者は確実に天職だ。
最高の歯医者を見つけたということだな、8年前の私は。
 
T歯科医院、実名を出して紹介したいほどおすすめできるのだが、正直な話、これ以上混雑されるとさすがに困る。
病院の経営的には良いかもしれないが、私の予約が取れなくなっても困るし、待ち時間が長くなっても困る。
そして、院長が忙しくなりすぎて、過労で倒れたりしてしまったらなおさら困る。
 
そういうわけで、紹介はイニシャルで勘弁してほしい。
 
院長、歯医者になってくれてありがとう。T歯科医院を始めてくれてありがとう。
 
 
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2017-09-14 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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