メディアグランプリ

カモの父(おや)娘(こ)とチューイングガム


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記事:たかなしともみ(ライティング・ゼミ 平日コース)
 
 
「とも、寒くないか?」
「なお、布団ちゃんと着ているか?」

会社から帰ると、必ず子ども部屋に立ち寄り、私たちの寝顔を見に来た父。
わたしは、5歳頃から二段ベッドで双子の妹と寝ていた。
時々目が覚めて、父の優しい声と布団を直す大きな手を覚えている。
それは、私たちが小学校を卒業するまで続いた。

いつ頃からだろうか。父に母親のような愛情を感じるようになったのは……。
大人になってから、双子の妹にこう言ったことがある。
「わたし、小さいとき、お父さんがお母さんだと思っていたよ」
父が私たちの寝顔を見に来ていた頃には、すでにそう思うようになっていたので、もっと前からだろう。

記憶にないが、3歳になって間もない頃、わたしはひきつけを起こした。
異変に気づき、舌を噛まぬよう、すぐに自分の指をわたしの口の中に入れたのは父だった。母は大急ぎで割り箸にガーゼを巻いたものを持ってきて、父の指の代わりにわたしに噛ませた。幼児ながら噛む力は強く、父の指からは血がでたらしい。
救急車で病院に運ばれ、父の速やかな対応のお陰で大事にいたらずに済んだのだ。

最近、母から聞いて知ったのだが、ひきつけを起こした日、たまたま父と一緒に寝ていたのではなかった。わたしは、いつも父と寝ていたのだった。
3歳になってすぐに妹が生まれた。母を挟んで川の字のごとく、乳児の妹と双子の妹がお布団に寝ていた。
一方、わたしは、母たちと同じ部屋ではあったが、父とベッドで寝ていた。

どうしてわたしが、父とベッドで寝ることになったのだろう? 
ベッドに寝るのは、双子の妹、なおちゃんでもよかったのではないだろうか? 

そんな疑問が頭をよぎったが、母から聞いた話しでそのいきさつを知った。
小さな子どもが寝るとき、例えばタオルやぬいぐるみなどを持って寝ると安心して眠れると言われるが、わたしの場合は、ひとの髪の毛を触りながら眠ると安心した。
母は、ひとに髪を触られるのが嫌なひとだった。父は、そういうことを全く気にしないひとだったので、言わずもがな、父とわたしと言うペアができたのである。

寝入るときは隣に父がいるのに、目覚めたときには父がいない。
「お父さん、行かないで。わたしが起きたときにいてね」
という思いから、ある日、寝ながら父の髪の毛にチューインガムをつけたことがあった。
チューイングガムは、淋しいわたしの心と父を結ぶ接着剤のようなものだった。

幼児期に一緒に寝ていた父(おや)娘(こ)に、まるでカモの親子のように、刷り込みが起こると誰が予想しただろうか?

あひるやカモの雛は、生まれた直後に目の前にあった、動いて声を出すものを親だと覚え込んでしまう。このような刷り込みで、母親以外を母親だと思ってしまうことがある。
人間も同じことが起こり得るのではないだろうか?
幼少期に、誰から愛情を受けたか? 無条件に愛されたか? それによっては、母親以外を実の母親のように思うことだってあるだろう。

母は、初めての出産で双子を産んで、二十三歳で母親となった。
その2年後には、お腹に新しい命を宿し、夫や同居の夫の両親からは男の子を産むことをとても期待をされていた。それが、どれほどのプレッシャーだったことか……。
母が言うように、心に余裕がなくて、子どもにご飯を食べさせて怪我をさせないように育てるだけで精一杯だったのかもしれない。
そんな母をフォローしてなのか、天性の子ども好きだからなのか、父は私たちをよく抱っこしてくれた。わたしは父の抱っこが大好きだった。
父の膝の中に、双子で抱かれていたこともよく覚えている。

大人になってからだと、色々な事情があったことを理解できるが、子ども時代は、やはり敏感に自分に愛情を注いでくれるひとを感じている。
これは、言葉や理屈では覆せない。

今となっては、もしこの大事な時期に、父から愛情をかけてもらっていなかったら……と考えると非常に恐ろしくなる。
なぜなら、特に幼少期の愛情の欠乏は、様々な生きにくさを感じる要因になり得るからだ。その後の人生に大きな影響を与えるのである。
でも、わたしは父からとても深い愛情を受けてきたと実感している。
そして、父への感謝の気持ちでいっぱいだ。

現在、七十を過ぎた父は、昔のような物事の理解力は失われつつある。
老化だからしょうがないとも言える。
先日、PCが壊れ、ついにWindows10のデスクトップを買った。
父にとっては、Windows7から画期的に変わったらしく、その変化についていけないらしい。以前のように使えないのがもどかしく、娘の誰かに教えて欲しいのだか、そんなとき呼ばれるのは、わたしなのである。
何度も同じことを質問されたり、同じ説明をするのは、正直しんどい。
でも、同じ説明を何回もできるほど、父に対して家族で一番寛大だと言われる。
思うに、昔から父とは見えない絆のパイプで繋がっているからだ。
小さな子どもの頃から愛情を与えてくれたひとに対しては、絶大な信頼と思いやりを持てるのだと思う。

今後、見たくはない父親の老いてゆく姿を目の当たりにすることが増えてくるだろう。受け入れがたい現実を受け入れながらも、父の支えになってゆきたいと思っている。

 
 
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2017-10-27 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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