プロフェッショナル・ゼミ

いつ出すの? 今でしょ!《プロフェッショナル・ゼミ》


*この記事は、「ライティング・ゼミ プロフェッショナル」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

【12月開講】人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ《日曜コース》」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

 
記事:あやっぺ(プロフェッショナル・ゼミ)
 
※実話を基にしたストーリーですが、登場人物の名前は全て架空の名称です。
 
 
「いつまでですか?」
 
書類作成を頼まれた時、経理の吉野さんは真っ先に締切を尋ねる。
メインで担当している業務以外に差し込みで頼まれる仕事なのだから、急ぎかどうかで優先順位をつけてこなしたいと考えるのは、至極まっとうな考え方だ。
期限を尋ねるのは、何もおかしいことではない。
 
しかし、山崎所長はその質問に対して、とても不機嫌そうに
 
「できるだけ早くや」
 
いつもそう答える人なのだ。
例えば、当日午後の会議で使う資料だとか、よほどの急ぎのケースを除いては、明確な期限を伝えない。
 
直属の部下として毎日一緒に仕事をしていたら、そのくらいのことは大学を出たての私にだってわかる。
たまたま同時期に入社したけれど、吉野さんは私より10歳も年上だ。
社会人経験豊富な吉野さんは、毎回同じ答えが返ってくるとわかっているのに、なぜわざわざ愚問を繰り返すのだろう?
私は不思議でならなかった。
 
 
「何かを頼まれた時に、締切まで余裕があるにも関わらず、すぐに対応するのは、
まるで自分が暇であることを証明しているように思える。
だから、あたかもたくさんの業務を抱えていて、その中で何とか段取りをつけて、依頼された業務を間に合わせたというアピールをしたいんだろう」
 
山崎所長は、後に吉野さんのことをそう分析されていた。
 
人は自分の仕事量が多すぎても少なすぎても、不満を持つ生き物らしい。
あれもこれも頼まれて忙しい思いをするのは嫌。
かと言って仕事が無さすぎると、自分の存在意義が失われる。
暇すぎず忙しすぎず、ちょうど良い仕事量で、そこそこの待遇。
それが、一般的な勤め人の理想なのだそうだ。
 
 
頼まれたことは先延ばしにせず、できるだけ上司の予想している期日とクオリティを上回る出来で提出したい。
そう思って張り切っていた私には、全く理解できない考え方だった。
山崎所長は、そんな私の性分を見抜いてか、徐々に吉野さんではなく私に書類作成を依頼されることが増えてきた。
 
私は、上司が会議で使われる資料作成を依頼されることは、名誉なことだと思っていた。
会議は上司の戦場であり、晴れ舞台。
私は勝手にそう思っていた。
自分の直属の上司が、少しでも良い方向に組織改革をされる役に立ちたい一心で資料を作っていた。
 
外回りをして契約をバンバン取ってくる営業マンと比べると、事務員の資料作成は一見すると地味な仕事に見えるかもしれない。
しかし、私は1枚の資料の大切さを小さい頃から教えられ、身近なところで見て育っていたため、資料作成の仕事に誇りを持っていた。
 
コピーの取り方ひとつにも、脱サラして自営を始めた父から厳しく言われ続け、相当鍛えられた。
昔のコピー機は、今みたいにソート機能や針を使わないホッチキス留めなど、お利口な機能はついていなかったので、資料の束の前後どちらからコピーを取り始めるか考えていた。
早く綺麗に仕上げるには、それなりに頭を使い、工夫が必要だった。
 
また、他人が作成した資料のコピーを頼まれた時には、伝えるかどうか迷うこともあったが、誤字脱字等が見つかった時には、時間的余裕があればそっと伝えて修正してからコピーをするように心がけていた。
これは、作成した人のプライドもあるので、若輩者である私が指摘するのはなかなか難しい問題だったが、決して揚げ足をとるのではなく資料の質を高めるために必要だと思っていた。
 
コピーだけでなく、お茶くみだって、決して馬鹿にできない。
美味しいお茶を淹れられることは、仕事のチャンスに繋がることだってある。
今どきまだそんなことを言っているのか。時代錯誤だ。
と言われるかもしれないが、
 
「こんなに気が利くなら、コピー取りやお茶くみだけをやらせておくのはもったいないな。次の段階の仕事も任せてみようか」と考える上司は少なくないはずだ。
コピー取りやお茶くみから、周りの人への配慮や仕事への姿勢が垣間見えるのだ。
 
言われたことすらやらないのはもってのほかだが、言われたことだけをやるのではなく、言われたこと以上にプラスアルファを付けようとする姿勢は、他の仕事にも大きく影響を与える。
ひとつひとつは小さな雑務だったとしても、一から十まで説明しなくても、依頼者の意図を汲んで、期待に応えることの積み重ねは、立派なスキルだと思う。
 
コピー取りやお茶くみを嫌がり、飲み会への参加もしたがらない、近年の若手社員にはそういったタイプが多いと聞く。
セクハラやパワハラ、悔しい思いや嫌な思いをすることもあるだろうが、決してそういうことばかりではなく、仕事のチャンスが転がっている場を逃すのは、もったいないことだ。
 
お茶でもコーヒーでも、飲みたい人が飲みたいタイミングで、飲みたいものを自分で用意するというのが、今の時代の当たり前だと思う。
もちろん、そのことに文句があるわけではないし、気楽で良いと思う。
ただ、仕事中にとても疲れている時や落ち込んでいる時に、自分以外の誰かが淹れてくれたお茶が、どうしてこんなに美味しいのかと、不思議に思った経験が何度かある。
 
お茶を淹れてもらうという行為自体は、自分でやろうと思えばできないわけではないけれど、身近な誰かがしてくれると嬉しいことのひとつかもしれない。
日常の中で、ちょっとした贅沢を感じるひと時だと、私は思う。
自分のことを誰かが気にかけてくれているというのは、基本的に嬉しいものだ。
そのやり方がストーカー的な行き過ぎたものであったり、よほど嫌な相手からでない限り、悪い気はしないだろう。
 
ならば、お茶を美味しく淹れるコツを身につけて実践すれば、さらに喜ばれることは間違いない。
自分はそこまでやりたくないと思うか、そんなことくらいお安いことだと思うかは人それぞれだし、周りから強要するようなことではないけれど。
 
「俺がコーヒーを飲みたいなぁと思った時に、八田さんはいつも何も言わんでもサッと出してくれた。これまでの事務員で、あの子だけやったな」
 
山崎所長は、何かにつけて、吉野さんの前任者だった八田さんのことを、まるで伝説の事務員のように評価されていた。
私は資料作成では前任者よりも褒めてもらえたし、吉野さんよりも任される場面が増えた。
愚痴を聞く相手になることも結構あった。
 
それでも、コーヒーを出すタイミングに関してだけは、いくら頑張っても、八田さん超えはできずじまいだった。
そのことだけが、退職して15年以上が経つ今でも悔しくてたまらない。
 
年が明けてしばらくしたら、定年退職される山崎所長は、今、満足のいくタイミングでコーヒーを飲まれているだろうか。
もし、私が当時の職場で再び仕事をすることがあるならば、山崎所長に絶妙だと思われるタイミングでコーヒーを出してみたい。
それが、あの職場で、私が唯一やり残した仕事だと思うから。
 
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