プロフェッショナル・ゼミ

ハガネの女のマーケティング《プロフェッショナル・ゼミ》


*この記事は、「ライティング・ゼミ プロフェッショナル」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:西部直樹(プロフェッショナル・ゼミ)
※この記事のハガネの女はフィクションです。

「殺して下さい」制服を着た少女が美紗に向かっていった。
赤い表紙の本を持ったまま、美紗は少女をみた。
髪の長い美少女だ。
美紗の勤め先、書店の店頭で赤い表紙の本を並べていたら、少女が声をかけてきた。
「あの、鉄の、生方さんですか」と、そして「殺して下さい」と頭を下げたのだ。

美紗は、いろいろなところで取り上げられ、見ず知らずの人から声をかけられることに慣れつつある。
慣れつつあるけれど、それでも緊張する。
この間は、いきなり中年男性に抱きつかれた。男は「なんだ、固くないじゃないか、あそこはどうだ」といって胸に手を伸ばしてきた。驚いたけれど、SPの青木から習った体術を使ったら、あっさりと男を投げ飛ばすことができた。
ある時は、古希を過ぎたとおぼしき女性が、美紗の身体を触り、触った手を自分の腰に当て、ナンマイダと拝まれてしまった。いや、私は浅草寺の香炉の煙じゃないから、と声にならない声で呟き、そっとその場を離れたものだ。

制服の少女は美紗から目を逸らさず、近づいてくる。
手には美紗が持っているのと同じ赤い本。美紗の手元の本と同じだが、少女の本には無数の付箋が貼られている。
少女は店頭のポップの写真を指して「殺し屋の、かたですよね」
店頭には赤い表紙の「殺し屋のマーケティング」という本が平積みになっている。そこに拳銃を片手にした美紗の写真が飾られている。この本の販促材が間に合わなかったので、美紗がとりあえずモデルになったのだ。写真には吹き出しで「殺しは鉄の女にお任せ下さい!」と手書き文字もある。店長が書いたのだが、このセンスのなさには閉口する。
「もちろん、これは宣伝で、写真は私だけど、私はただの書店員だから」美紗は少し慌て気味に手を振る。
「もちろん、わかっています。冗談ですが、冗談ではありません。御相談したかったのです。活躍はネットで拝見しています」少女は真面目な表情のままだ。

「美紗ちゃん、ちょっといい?」店長から声がかかる。
美紗は少女をとりあえずカフェの席に座らせた。
「あのさ、テレビ局の取材と週刊誌からの取材、あと地方新聞からの取材が来ているんだけど、受けておいたから。今日の午後ね、よろしく」そう告げると、店長は忙しそうに大判の手帳に何やら書き付けた。
「え、聞いてないですけど、シフトは……」美紗は戸惑った。
「今言ったじゃない、さっき取材の申込はあったばかりだから、シフトは大丈夫、午後はあまりお客さんもいないし、店内で取材を受けてね」
美紗は深く溜息をついた。やれやれ、平穏な書店員の生活にいつ戻れるのだろう。少女の前の席に腰を下ろし、頭を振る。
「なんか、売れっ子ですね」少女は人懐っこい笑みを浮かべる。
「もう大変、なんだか慌ただしくって」砕けた口調で言ってから、少女とははじめてなんだと気がつく。
居住まいを正して、少女に問いかけた。
「どうして、殺して欲しいなんていったの」
興味津々の恵理ちゃんが珈琲を運んできてくれた。
「殺して欲しいほど、どうしようもない奴がいるんです。何とかしてやりたくて」頬を上気させ少女は話しはじめる。
「どんな人なの」
「友達の彼氏、元彼です。ひどいんです。本当に、とんでもない奴です。友達はズタボロなんです。もう、許せません。あんな奴」
美紗はこっそりと吐息をつく。高校生の痴話喧嘩? それとも恋バナ?
「みなみは、私の友達の名前です。みなみは、いい娘なんです。綺麗だし。それがとんでもない男に掴まって……」
そんな男とは別れろというのだが、彼が恐くて別れられないらしい。
だから、助けて欲しいと。友達は女子だけだし、こんなことを親にはいえない。
だから……。

だからといって、何ができるのだ。
先日の夜、帰り道に酔っ払いに絡まれて困っている女の子を助けたことはある。
格闘技をやっているような体格のいい男二人に挟まれて泣いていたのだ。
男たちは「邪魔をするな」といきなり殴りかかってきた。
一人の男は、美紗の顔に拳を叩き込もうとした。咄嗟に腕でガードした。男が悲鳴を上げた。拳からは血が噴き出していた。それを見ていたもう一人の男は回し蹴りを放った。訓練された蹴りだった。これも、美紗は腕でガードをした。強烈な蹴りが美紗の腕に炸裂する。またしても悲鳴を上げたのは、男の方だった。蹴った脚が嫌な方向にねじ曲がっていた。
搬送した救急病院で、医師から「彼らは電信柱に喧嘩売ったんですかね」と言われてしまった。

できるのは今のところ、身体を張ったことだけだ。
こじれた人間関係や心の問題を鉄の皮膚では解決できない。

少女には連絡先を交換して、何かあったら、と言って帰ってもらった。

午後は、取材を受けた。
「どうして、鉄の肌になったのですか?」
「それがわからないのですよ」
「困ったことは?」
「爪が切れない、髪を切るのは一苦労です」
「よかったことはありますか?」
「化粧しなくてもつるつるなのはよかったかな」
などなど。

三件の取材を終えて、美紗はカフェの椅子に深くもたれ、長いと息を吐いた。
お疲れと言って、店長がコーヒーを運んできてくれた。
「なんだか、いろいろとあるなあ」店長は自分のコーヒーを飲みながら、気安い感じで言うのだった。
「ええ、なんだね。わたしはどうすればいいんですかね。書店員にしては、鉄の皮膚のお陰で、拉致とか取材とかされるし、スーパーヒーローみたいに街の悪を叩きのめすわけにもいかないし、女子高生に相談されてもどうしていい化……」
美紗もカップに口を付けた。コーヒーの香りが気持ちを少し落ち着かせる。
「そうだな、迷っているなら、この本が役に立つな」店長は、店頭に並べている赤い表紙の「殺し屋のマーケティング」を持ってきた。
「それなら、読みましたよ。面白いミステリでしたね」
「そうなんだが、ミステリだけれど、それだけじゃない、これは四次元小説なんだ」
「はあ、四次元ですか? ホラーでもSFでもなかったですけど……」美紗は怪訝な顔で店長を見た。
「一見すると、ミステリだ、しかし、タイトルにあるようにマーケティングの本でもある」
「確かに、女子大生が殺しの会社をつくっていく過程にマーケティングのノウハウがあるような……。でも、もしなんとか、とは違いましたよ」
「ただのミステリじゃないだろう、ミステリとマーケティングの融合というか、止揚というか、なんというか面白い」
「ミステリ、マーケティング、その融合というか止揚で、三次元ですね。四次元って言ってましたよね」
「実際の四次元は、我々にはわからないだろう。三次元に生きていると。それと同じで、本だけを読んでいると、もう一つの次元はわからないよ。それは、本の外にあるからな」店長の顔は得意げだ。
「なんなんですか、それ、教えて下さいよ。って、本の外って、もしかすると」と言って美紗は拳銃を構えるポーズを取った。
「それだ、この本がどのように売れているのか、売られるのか、マーケティングの実践例として面白よな」
「本当、楽しみですね。
でも、ちょっと待って下さい、わたしのこれからとは関係ないですよね。この著者の人と仲良くなるとか、殺しの会社をつくるとかじゃないし……」
「なんだ、巻末付録の7つのマーケティング・クリエーションを読んでいないのか」
「付録は……、最後は泣けてしまって……」美紗は、店長の持ってきた「殺し屋のマーケティング」の巻末を読みはじめた。
読み終えた美紗の顔が輝いていた。
「いいヒントになりました」
「だろ、これは人生にも応用できると思うんだ。ほら、最初の……」
店長と美紗は時間を忘れて話し込むだのだった。

***

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