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二十歳、いちばんブサイクだった頃


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記事:木佐美乃里(ライティング・ゼミ平日コース)
 
成人の日。
SNSで、色とりどりの振袖姿の、かわいらしい新成人たちの姿を見て、とてもまぶしいものを見たような、すがすがしい気持ちになった。
いつのまに、20歳の子を見て、かわいい、なんて思うようになっていたんだろう。ついこないだまで、自分の少し後輩、くらいに思っていたのになあ。そりゃあもう10年近く経つんだから仕方がないか。
そして、思ったのだ。
もう決して見るまいと封印していた自分の成人式の写真、見てみようか。
あの頃は黒歴史としてしまい込んでしまったけれど、いま客観的に見てみたら、意外と悪くないかもしれない。あら、わたしにもかわいい頃があったのね、と思えるかも。そんな期待をする。実家のタンスの奥をひっかき回すと、出てきた。開こうと手をかけて、ゴクリとのどが鳴る。約10年前の自分とのご対面だ。

「うわあ、ひどすぎる、この二重あご! 襟に首が埋まってるじゃない!」
「せめてにっこり笑ってれば、まだ可愛げがあるのに、どうしてこんなに不機嫌そうな顔をしてるんだろう。口はへの字になってるし、何かに怒ってるわけ?」

……20歳がいちばんキレイ、なんて、誰が言ったんだろう。
そんな言葉、20歳のわたしが可哀そうすぎる。
20歳の頃、わたしは今より体重が5キロは重かったし、顔だってニキビだらけ。それに何よりこの表情。間違いなく、わたしは20歳の頃がいちばんブサイクだった。

キレイな盛りと言われるその頃に、わたしは何でそんなにブサイクだったのか?
ブサイクにはブサイクなりの理由があった。
「自分」を持て余していたからだ。
自分は何者なのか? 自分はこれからどうなっていくのか? 自分を見失って「自分探し」をする。でも当たり前だけど、そんなに簡単に自分は見つからない。
たとえば就活にのめり込む「意識高い系」の同級生が出てきたりして、自分だって同じようなことをしていたのに、そのうち「自分探し」そのものがダサい気がしてくる。
今度は「自分」なんて無くなってしまえばいいと思う。自分のあんなところが嫌だ、こんなところが嫌だ。けれど、そうすると今度は、要らない「自分」がまとわりつく。
そういうことの全部を青春とかモラトリアムというのなら、確かにわたしはそれを謳歌していたのかもしれないけれど、悲しいことに、何しろブサイクになった。
自分のことなんてどうでもいいから、ヤケになって飲み食いする、そして太る、太ったことがストレスになって、また発散のためにやけ食いする、ってまるで悪循環のお手本みたいだ。
そんな自分が嫌いで、周りはもっと嫌いで、身体だけじゃなくて、表情も心も、ものすごいブサイクになっていく。

覚えてる、覚えてる、確かにわたし、そうだった。
でも、あれ? そんなループから、いったいどうやって抜け出したんだっけ?
ある日、気づいたときには抜けていたのだ。
あれ? わたし、笑ってる。あれれ? わたし、なんだか身体が軽い。
コンビニで新作のお菓子を物色することより、集中できることに出合って、それに打ち込んでいるうちに、いつのまにか「自分」なんてどうでもよくなっていた。
「どうでもいい」のは20歳の頃と同じはずなのに、今度の「どうでもいい」は、なんだか悪くない。

「木佐さん、聞いて! すごい面白いこと聞いたんよ! 菌が! 菌がね!!」
先輩助産師である角田さんが、鼻息荒く教えてくれた。
わたしたち助産師は、赤ちゃんが生まれたら、できるだけ早く、お母さんと、肌と肌を直接触れ合わせてスキンシップをとれるようにサポートすること、と教えられてきた。それには色々なメリットがあるのだが、お母さんの皮膚にいる良い常在菌があかちゃんに移って、免疫力が高まるということが大きなメリットとして挙げられていた。
しかし、最近の研究で、異なる事実が分かった。もし、同じ空間に複数の人がいたら、その人たちがそれぞれに出す菌が、ブレンドされて、その時のメンバーでしか作れない菌のいる空間になることがわかったらしい。同じ人であっても、体調などによって、出されている菌の状態は変わるため、本当に、その空間にいる人たち全員が、そのときにしか作り出せない菌の環境になるのだという。だから、赤ちゃんにお母さんの菌が移る、というのは間違いで、そのときその場にいた全員の作り出す菌の中に包まれることになる。
「なんだかすごくない? わたしたちがそうしたくても、嫌でも、関係なく菌はわたしたちの身体から出てるんだよ! 木佐さんとわたしがいたら、そのときの二人にしかできない空気になってるんだよ! なんだか興奮しない?」

それはほんとに、20歳だったわたしが求めていた「自分」みたいだ。
探しても見つからなくて、無くそうと思っても無くせないもの。
20歳のわたしが探してた「自分」はどこでもない、わたしがいたその場所にあったみたいだ。気にしなくても大丈夫、そのときのわたしのあり方で、「自分」なんてどんどん姿を変えていくみたいだし。自分から放出されてるなんて、まるでオーラ? バリアみたいじゃない? これから先、わたしもまた、自分を見失ったり、嫌になったりするかもしれないけれど、このことを知っていたら大丈夫。「自分」はどこにも行かない。ここにいる。
この文章を、つまんなそうな顔をしている、あの頃のわたしみたいな新成人に捧ぐ。
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2018-01-10 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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