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メディアグランプリ

白いセーターを洗う日


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:木佐美乃里(ライティング・ゼミ平日コース)
※この物語はフィクションです。
 
 
ごうん、ごうん、ごうん、ごうん、ごうん。
学生時代に買って10年以上の洗濯機は、働きものだが、いささか音と動きがうるさい。
美知留は、リビングに続く狭い廊下の、トイレと洗濯機に挟まれたわずかなスペースに座りこんで、洗濯が終わるのを待っていた。
普段なら、洗濯が終わったことを知らせるアラームが鳴るのを聞いて、洗濯機を開ける。もし、好きなドラマを見ている最中だったら、それを見終わって、さらに余韻にひたってから、やっと重い腰を上げるところだ。
でも、今日は違う。洗濯が終わるのを、待ちわびているのだ。洗濯が終わったなら、すぐにでも、上にパタンと折りたたむ、あの蓋を開けて、中を確認したかったからだ。いや、それは少し違うかもしれない。早く開けたいような、少しでも中を確認するのを遅らせたいような、どちらとも決めかねて、午前十時、美知留はそんな狭いところに座りこんでいた。
 
なぜかというと、セーターを洗っていたからだ。それも真っ白のやつを。
美知留は、自分でセーターを洗ったことがなかった。実家にいた頃は母が手洗いしてくれていたのか、クリーニングに出していたのか、ともかく彼女の管轄外だった。
1人暮らしを初めてからは、安物ばかり着ていたから、ひと冬でダメにしてしまうことが多かった。中に長袖のTシャツやら何かを身に着けた上から着ているのだから、肌にふれたことでの汚れはないだろうし、着た夜には、シュッシュと吹きかける、除菌消臭剤を使っているのだからから大丈夫だろうと、ひと冬じゅうそうして着ていた。春が来る頃には、くたびれてきているから、処分する、というのが毎年のことだった。
けれど、今度の冬がやってきたとき、美知留は躊躇した。去年も着た、真っ白のセーターが、クローゼットの奥にしまい込まれてあったのだ。白かったはずのセーターは、全体が薄汚れていて、食べこぼしだろか、ところどころに黄色い染みまでついている。
いつもなら、いちばんに捨ててしまっているセーターだ。デザインと着心地が気に入っていたから、だけどそれだけじゃない、美知留には、このセーターを捨てられなかった理由があった。
 
これもやっぱり、捨ててしまおうか。
思ったけれど、美知留を押しとどめる何かがあった。
そして、ふと彼女は思った。ダメになってしまってもいいから、洗ってみようか。手洗いってほどじゃない。洗濯機でいい。もしかしたら、縮んでしまって、もう着られなくなるかもしれない。染みだって取れないかもしれない。それでもいい。それでいい。だって、もう捨ててしまったほうがいいくらいなんだもの。
 
それで美知留は、そのセーターを洗濯機に放り込むと、自分にためらう時間も与えず、すぐに開始ボタンを押した。ジャーと水が注がれる音が聞こえる。もう後戻りはできない。
美知留は、ごうん、ごうんと回る音を聞きながら、どうしてこのセーターを捨てることができなかったのかを考えていた。デザインや着心地が気に入っていたのは嘘じゃない。だからこそ、去年の冬、何度も着ていたのだ。達也と一緒にいるときにも何度も。あの白いセーターを着て、初詣に行ったこと、寒さにふるえながら、肉まんを分け合って笑った帰り道、昼間からカーテンを引いて、毛布にくるまりながらDVDを観たこと、空気が冷たいと、夜景がいっそうきれいに見える気がしたこと。美知留がスクロールするスマホの画面には、あの白いセーターを着てうれしそうな美知留と達也の顔が残っていた。
でも、もうこれも終わりだ。美知留は思った。あのセーターがもし着られなくなっていたら、わたしはきっと、今度こそきっぱりと、達也を忘れることができる。
でも、もし、あのセーターが、まだ着られる状態だったら……洗濯機が回っているあいだじゅう、美知留は同じことを考え続けていた。
 
ピー、ピー、ピー。洗濯完了を知らせるアラームだ。
美知留は、おそるおそるセーターを取り出す。重く濡れている。美知留は、わざとあまりよく見えないように裏返して、乾燥機のついている浴室にセーターを広げて寝かせると、逃げるように家を出た。乾燥が完了するのは、およそ2時間後。美知留は駅前の本屋で時間をつぶそうとしたが、普段なら何時間でも立ち読みして過ごせるのに、その日はタイトルすら目に入ってこず、ウロウロするばかりだった。
 
そっと浴室のドアを開ける。
美知留は驚いた。真っ白だ。まるで、買ったときのように。それに、少しも縮んではいなかった。美知留の予想は外れて、洗濯は成功だったといえるのだろう。
ミチルは、真っ白になったセーターを、そっと抱きしめてみた。いつもの洗剤の匂いがする。ふわふわとやわらかな触り心地。
美知留は思った。セーターを洗ってしまうことは、達也との過去を、全部なかったみたいに、真っ白にしてしまうことだと思っていた。セーターは汚くて、そんなものをいつまでも大事にしている自分は、過去から逃れられないみたいで嫌だった。そっと手洗いなんかしてやらない、洗濯機でガンガンに洗って、ぐちゃぐちゃになって、もう着られなくなってしまえばいいと思った。そうしたら、未練なく捨てられると思った。
だけど、いま、セーターは真っ白になってしまった。
洗濯機が回っているとき、もしもきれいになってしまったら、わたしはまた、達也とやり直そうという気持ちになってしまうかもしれない、と美知留は思っていた。
だけど、どうしてだろう。彼女の気持ちは晴れやかだった。白いセーターを抱きしめて、気づいたことがあったからだ。
過去は、振り返ったって、ぐちゃぐちゃに汚くなったりしない。ごまかして忘れて、全部なかったことになんてしなくてもいい。大切な、温かい思い出だけを残して進んでいくことはできる。もう一度、このセーターを着たわたしは、去年とまったく同じではないけれど、だからといって、別人にはなれないし、なる必要もない。それでいい。
 
美知留の目には涙がにじんでいたけれど、表情は明るかった。
さあ、このセーターに合う、新しいスカートを探しに行こう。
美知留が玄関の扉を開くと、明るい陽射しが差し込んだ。
 
 
***

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2018-01-24 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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