メディアグランプリ

デジタルの記録が届けてくれた、経営者としての父のメッセージ


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:岡尾哲兵(ライティング・ゼミ平日コース)

 
 
「2月15日16時11分。ご臨終です」
  担当医が言った。
 「ありがとうございました」
 母が言った。姉と甥っ子は泣いていた。兄が医者に心臓マッサージを続けるように懇願していた。僕は、父がそこまでいたであろうところをじっと見ていた。遺体の少し上辺りだろうか。そこにまだ父がいるような気がした。
 
 僕の経営者としての人生はここから始まった。
 僕のことを少し話そう。
 
 都内の大学を卒業して、2年ほどイベント制作会社でアシスタントを経験したのち、長時間労働に音をあげて早々に会社をドロップアウトし、ぷらぷらしていた。新卒という人生のゴールデンチケットを早々に手放してしまい、なかなかまずい状況に陥っていた。
 こんな状態だと、当然、周囲との関係もぎすぎすしてくる。当時は実家住まいで、とてもとても居心地が悪かった。
 そんな折、気分転換に河原をランニングしていると、中学時代の同級生も走っていた。
「おお、久しぶり。お前仕事やめたんだってな」
「なんでそんなこと知ってるんだよ」
これだから地元というのは嫌だ。
「平日休みの仕事なの?」
平日の真昼間に走っていたので、いきがかり上聞いてみた。
「俺も仕事やめたんだ。お前次は決まってるの?」
「職歴も短いからなあ。次はなかなかなあ」
「俺は不動産の営業に決まったよ。誰でも入れるで」
「営業かあ」
「ま、お互い頑張ろうぜ」
 そう言うと颯爽と走って行った。中学時代には僕の方が走れた気がするが、今は敵いそうにない。軽く言っていたが、再就職は結構大変だったのだろうか。走り込むだけの時間があったのかもしれない。そんなことを考えながら、家に帰った。
 その時、ふと、気づいてしまった。
「ああ、俺は今そうとうやばいよなあ」と。
 
 父はもともと化粧品会社で広告や販促の仕事をしていたが、なんやかやあって、広告制作会社を起業していた。その影響もあってか、いつかも自分も独立して稼ぐことになるだろうか、なんて考えていたが、その当時はハローワークに通い、就業意欲がある「ふり」をして失業保険を受け取っている。自分の情けなさに泣けてきた。
 そんなある日のことだった。父がある案件のポスターデザインについて、僕に意見を求めてきた。少し意見を言うと「うちでバイトでもするか?」と言われた。まったく予想外だった。
 子煩悩で優しい父だったが、家と職場を厳粛に分けていたので、仕事を手伝うなんて考えたこともなかった。が、業界としては近かったので、確かに食い合わせは良かった。
 そこからはバイトのはずが毎日出勤するようになり、他の社員の方にも良くしてもらい、あれよあれよと自分も社員待遇となった。月に一度給料がもらえるというのは、こんなにもありがたいことなのかと思った。
 親子でやりづらいこともなくはなかったが、概ね良好な関係のまま丸2年働いた。
  
そんなときに進行性のがんにかかり、たった3ヶ月で亡くなってしまった。
  
 そこからは激動の日々だった。右も左もわからない中、手探りで仕事を進めていった。見積の相場や、制作スケジュールは資料をみればわかるが、感覚的な部分はわからないことが多かった。そんなときに役立ったのがメールを探ることである。メールの文面をみれば、どんな点に気をつけるのか、どのようなトラブルが起こり得て、その対処法どのようなものなのか、リアルに感じ取ることができた。
 もともとよく話す親子だったとは思うが、本当に深いところで話したのは父と誰かとのやり取りをみることを通じてだったかもしれない。
 それから5年経ち、あまりメールを見返すことはなくなった。自分の中にもノウハウのようなものが確立されてきたのだろう。
 先日、仕事でちょっとしたトラブルがあったので久しぶりにメールを見返してみた。昔のトラブルの案件名でメールを検索してみると、予想に反して父から僕へのメールがでてきた。思い返してみると、このときの窓口は僕だったのだ。
 小手先のテクニックではなく、どういった姿勢で臨むのかの話だった。
 「絶対に暗くなってはいけない、反論的になってもいけない。明るく快活に進めること」
 射抜かれるような思いがした。
 このときは大きなピンチで、言って見れば父にとっては自分の会社のピンチである。そんなときに部下であり息子である僕の性格を見抜き、励まし、実際のやりとりも自分が出ていくのではなく僕に任せてくれた。当時は気が重かったが、僕の成長を思ってのことだったのだと思う。モニターを見ながら少しほろっときた。
 僕が同じ立場にたったとしても、まだまだこんな対応はできそうにない。ノウハウを探そうとしていた自分が恥ずかしくなった。
  
 父がかつて座っていたデスクに座り、こんな文章を書きながら、父が近くにいるような、なんだかスピリチュアルな感慨を味わっている。デジタルなメールの記録を通じて僕たちは繋がっているのかもしれない。
 
 それは喜ばしいことだと、僕は思う。
 
 いつかまた感謝の気持ちが伝えられる日が来るのであれば、その日までできるだけ明るく快活に生きていきたい。

 
 
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2018-02-03 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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