プロフェッショナル・ゼミ

夫の食事を作るのがクソ面倒くさいんです《プロフェッショナル・ゼミ》


*この記事は、「ライティング・ゼミ プロフェッショナル」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:あさみ(プロフェッショナル・ゼミ)

2017年12月17日。
夫が脳梗塞で倒れ、病院に運ばれた。
夫は40歳。若年性脳梗塞と言われた。

幸い、意識もあり、手術が必要なほどの重篤な症状ではなかったが、集中治療室で点滴につながれている夫の姿は別人のように弱々しく見えた。

わたしがしっかりしないと。わたしがしっかりしないと。
面会からの帰り道はいつも、3か月の娘を乗せたベビーカーを押しながら、呪文のようにこの言葉を繰り返す。

夫はとにかく忙しすぎた。
1日中パソコンの前に座っている。1日中とは比喩ではなく、本当に文字通り1日中。朝方まで働いて、少し寝てまたパソコンの前に座る。
お風呂に入る時間も食事をする時間も惜しんで働いていた。
彼は仕事が好きだし、フリーランスになってからはいっそう自分の仕事にプライドを持ち、何よりクライアントとの信頼関係を何より大事にしていた。
「できません」という言葉をわたしは彼からきいたことがない。いつも電話口で「何とかしてみます」と言っていた。

普通のサラリーマンと違い毎日家にいるのだから頼りになるだろうと、わたしは里帰り出産をしなかった。
夫も長い時間、我が子と一緒にいられることを喜び、youtubeを見ながらできない料理を作ったり、洗濯をしたり、全力でわたしと赤ちゃんとの新しい生活をサポートしてくれていた。

3時間おきに起きていた娘がようやく夜まとめて寝てくれるようになった頃だった。
夫は久しぶりに息抜きにと忘年会に出かけ、朝方帰ってきて、その日の昼に倒れた。
真っ青な顔で「目が見えないんです! あと、娘がまだ3か月なんです!」と叫びながら救急車に運びこまれ、わたしはとりあえずその3か月の娘とミルクだけをひっつかまえてその後を追った。
その日以来、夫は左半分の視野を生涯失った。

「こんなになっちゃってごめん」「迷惑をかけちゃってごめん」といつも夫は心電図をつけたまま、ベッドで謝っていた。

不安でしかたがなかったけれど、いつも夫に甘えていたのはわたし。
夫は10歳年上で、いつもわたしを甘やかしてくれていた。
今度こそ、
わたしがしっかりしないと。わたしがしっかりしないと。

何度も何度も繰り返し、自分を奮い立たせていた。

容体が安定し点滴がとれた頃、わたしは病院の栄養士さんに呼ばれ、夫と一緒に栄養指導を受けた。
脳梗塞は生活習慣病の1つだ。そして、再発率の高い病気だとも聞いた。
もう2度と倒れたりしないよう、バランスのとれた食生活は夫の命綱となるだろう。

わたしがしっかりしないと。わたしがしっかりしないと。

栄養士さんからのアドバイスをしっかりメモに取る。
・食べすぎに注意→ご飯の量を量る。おかわりをしない。おかずは歯ごたえを残して満腹感を。
・1食につき両手いっぱいの野菜を。
・味の濃い食事はやめる→ダシをきかせる、香辛料を使うなどの工夫を。
・塩分を控える→汁物3食はやめる。ウインナーやハムなどの加工食品は控えめに。
・高カロリーなものを避ける→肉の脂身は避ける。肉ならささみや胸肉。魚の方がおすすめ(ただし干物や塩鮭は塩分が多いので注意)。
つまり、要約すると、きちんと手作りのものを、主食と副菜とを2品、野菜や魚をメインで1日3食準備する、ということだ。
そんなことで夫の命が守れるのなら、わたしはなんだってするつもりだった。

「毎日だしを取ります!」
料理は嫌いじゃないのだし。
わたしは、栄養士さんに力強くうなずいた。

12月31日。夫は無事に退院した。幸いにも視野以外の後遺症がなく思ったよりも早めに帰って来られたのだ。
また親子3人で暮らせることを、わたしは心から喜んだ。

その日から、わたしは1日中食事のことを考えていた。
思えば、朝昼晩と、きちんと献立を考える生活は、生まれて初めてだった。
大学生の頃から一人暮らしをしていたけれど、朝はココア、昼は学食、夜は毎日友達の家でキムチ鍋をしていたので今日何を食べようかなんて考えたことはない。
働き始めてからは、昼は社食、夜は遅くなることが多く、適当に済ませて帰るかスーパーのお惣菜。
結婚してからもお互い仕事が忙しかったので、朝食と昼食は各自。夕食も夜中に2人でファミレスやラーメンに行くことが多かった。

3時間おきに授乳をする生活では自由な時間も少なく、その日になって献立を考えていたらどうにも準備が間に合わない。家で一人になることを不安がっている夫を置いては買い物だって頻繁にはいけないし。
しっかり動けるのは娘を寝かしつけた21時半頃から。この時間が勝負。夜中に冷蔵庫を開け、翌日の朝昼晩の献立を考えてホワイトボードに書きとめる。3食分の野菜を切ったり煮たりの下ごしらえを済ませ、作り置きのストックを作る。ここまでしておけば、食べる前にホワイトボードに書かれた献立を見て、炒めたり温めたりすればOK。我ながら段取り上手だ。

夫はわたしの食事を毎食毎食とても喜んで食べてくれた。
全て写真に撮り、次の通院のときに栄養士さんに見てもらうという。
そうなると女の見栄もあり、盛り付けやお皿にだって凝るようになった。

そんな生活が1か月続いたとき。

夫の食事がクソ面倒くさい!!!!!!!!!!!!

わたしの頭はこの言葉でいっぱいだった。

普通の主婦なら言ってもいい言葉かもしれない。
食事を作るのは女の仕事って決まっているわけじゃないのだから。
だけど、わたしは、今女だから食事を作っているわけではない。
大病を患ったパートナーを支えるために、食事を作っているのだ。
面倒くさいなんて言っていいはずがない。
夫の命がかかっているのに。
これまで夫がしてくれたサポートを思えば、いくら返したって足りないくらいなのに。
もちろん心からそう思っているのに。
そしてあんなに誓ったのに。

それを、クソ面倒くさいだなんて。
どう考えたって人として最低だ。

でも、もう、とにかく面倒くさいのだ。
簡単においしくなるウインナー炒めや豚肉炒めなどを禁じられる。
昼はうどんでいいよね~とか丼でいいよね~みたいなワンプレートランチも禁じられている。
大量にスープを作って毎食食べることも禁じられている。
薄味でも飽きないようにするには調理法にもバリエーションが必要だ。

たまに手抜きをして「これなら大丈夫だろう」と出来合いのほうれん草の胡麻和えなんかを買って出してみるものの、食事に神経質になっている夫に「ちょっとしょっぱいから全部食べるのはやめておこうかな」と言われると、総菜にだって頼れない。
それに加えて、食べる量を減らして運動量も減っているので、夫はどんどん痩せていく。そんな姿を見て義理母が「ちゃんと食べてるの?」と心配そうな顔をした日には、「あんたが幼少期からしょっぱいもんばっか食わしてたんとちゃうんけ!?」とエセ関西弁が口の先まで出かかるのを抑えるのも必死になる。

3食献立と材料が準備されていて、作るだけならもう少しマシなのかもしれない。
とにかく、毎日毎日献立を3食立てることが本当にしんどかった。
今日が何とか終わっても、また明日の3食が待っている。
明日が何とか終わっても、またその翌日の3食が待っている。
1食作り終えると、食べる前からもう憂鬱だ。
この1食を食べ終わってしまったら、新たにまた1食を考えなくてはいけない。
献立つくりが、わたしを1食1食、そして永遠に追い立ててくる。
夏休みの宿題が終わらない8月31日が無限につながっているような日々。めくってもめくってもカレンダーの日付は8月31日のままなんて発狂しそう。

仕事に復帰することで精いっぱいの夫に手伝ってもらうわけにもいかない。
わたしがなんとかするしかないのだ。
育休の平日にたっぷり遊ぶ計画は崩れ去り、わたしはただただ毎日、食事を作っては食べられ作っては食べられを繰り返していた。

出てくるものを食べるだけの生活は、どんなにスバラシイだろう。
そんな生活、クソうらやましい。クソうらやましい。

今この文章を書いているわたしは、気軽に「面倒くさい」なんてぶちまけてはいるけれど、当時のわたしはそんなこと口が裂けても言えなかった。
夫からしたら、左半分が一生見えないのだからちっともうらやましがられる筋合いはないし、どう考えてもわたしより夫のほうが大変な毎日なはずだ。
夫の命より大事なものはほかにない。
わたしは誓ったのだ。
何があってもこの人を支えて生きていくと。
面倒くさいなんて心の中でも思ってはいけない。そんな自分が汚らわしく思えたし、超ダメ人間にも思えたし、結局自分のことしか考えられないちっぽけな人間にも思えた。

だから、面倒くさいという気持ちを押し殺し、そんなことを思ってしまう自分を責め、毎晩毎晩自分の息抜き時間を削って食事のことを考えていた。
食事は夫の命綱なのだから。

そんなわたしを救ってくれたのは
セイロとの出会いだった。

中華街で肉まんが蒸してある、もくもくと湯気のあがる竹のカゴ。

きっかけは先輩のSNSだった。
料理上手な彼女は、里帰り出産もせずに子どもを産んだばかりでサポートがない中、毎日せいろで何かを蒸して食べていると書いてあった。
「何を蒸しても食欲をそそる一品に。主菜にも副菜にもなるしバリエーションもいっぱい&蒸してる間は放置でいいし。時間がないわたしの味方です♪」
産後すぐ自分で作ってる食事かコレ!? ってくらいインスタ映えする蒸し野菜の写真と一緒に、通販で買えるせいろのURLがついていたので、わたしはすぐに購入ボタンを押した。

セイロは本当に便利だった。
料理上級者しか手を出せないものだと思っていたけれど、初心者にこそ優しい道具だ。
副菜の作り置きが切れそうなときは、冷蔵庫にある野菜をなんでも詰めて蒸すだけで立派な1品が出来上がる。カブやレンコン、じゃがいもさつまいも里芋長芋、ニンジン、スナックエンドウ、ブロッコリー。ほわほわと湯気のあがる色とりどりの蒸した野菜は口の中でほろほろと甘い。マヨネーズ、ゴマダレ、みそ、豆板醤とラー油、ごま塩、ゆずをひとしぼり……。つけだれや薬味を替えれば蒸し野菜は飽きがこない。
たっぷりのキャベツを敷いてお肉を乗せれば、油は落ちてもうまみがぎゅっとつまった蒸し鳥や蒸し豚のできあがり。お肉は避けていたけれど、蒸し料理なら油も使わずヘルシーだ。もちろん鮭やタラなど魚を蒸してもツヤツヤとした雫がしたたり絶品となる。豆腐とひき肉を入れると蒸し麻婆豆腐の完成だ。

なんでもかんでも思いつくものをセイロに入れて火にかけて待つだけでできるので、料理本もいらないし、乳児の世話をしながらでもできる。
そのまま食卓に出せばまさにインスタ映えだし、洗い物もせいろだけ。
言うことなしだ。

蒸したせいろのふたをふきんで開けると、その香りは湯気と一緒にいっきに部屋中に立ち込める。
その湯気の中で、わたしは、料理が好きだった気持ちを久しぶりに思い出した。

わたしは自分を追い込みすぎていたのだと思う。

わたしがしっかりしないと。わたしがしっかりしないと。

その言葉を繰り返すたび、わたしは呪われていた。呪いをかけていたのはわたし自身。
誰にも甘えられず、わがままも言えず、面倒くさいと思ってしまう本音を押し込めて。心の中で叫ぶことさえ禁じていた。パンパンに膨らんだストレスは、風船のようにふくらみ今にもはちきれそうだったのに、割ってはいけないと必死にその風船をデリケートに抱え続ける毎日は苦しくて苦しくて。

でも苦しいなんて言っていいはずがなくて。
だって、わたしが知っている闘病中の家族を支える人はみんなそうだったから。ブログでもSNSでも、病気をした家族を、誰もが献身的に支えていた。いちばん大変なのは病気になった本人。サポートする側は常に家族を優先し、強く優しく笑顔でいなければいけないと思っていた。

突然何の心構えもなく訪れた夫の病気。
いちばん大変なのは夫に間違いはない。

だけど、何の心構えもないのは家族もいっしょだ。

病気になった直後はきっと頑張れる人も多いだろう。
大切なのは、1か月過ぎたあたりを、家族がどう乗りきるかなんじゃないかなと思う。大事件の直後に誓った気持ちが揺らぎ始めるとき。
病気の本人にばかり気が行きがちだけれど、家族だって毎日を必死に生きている。

理想的なわたしでいることよりも、たまには息抜きをしながら、一生続けられる方法を探す方が大切だということを、わたしはセイロに教えてもらった。
少し手抜きを覚えると、つきものが落ちたように心が楽になった。
楽をする方法を考えたり調べたりする余裕も出てきて、今ではカロリーコントロールされた管理栄養士慣習の冷凍弁当をストックしている。
どうしても食事が作れない日は冷凍弁当でもいいと思えば、1食1食献立に追われなくたっていい。夫もそれを歓迎し、自分でも調べるようになった。わたしに負担がかかりすぎていることがつらかったからと。冷凍の弁当は驚くほどうまい。
今思えば、そんなの調べればすぐ見つかりそうだけどねって感じだけれど、当時はもうとにかく必死で、手抜きは許されない(何しろ夫の命がかかっている)と思い込んでいたから調べる余裕すらなかったし、夫に相談なんてできなかった。

インフルエンザの看病のように、一時を乗り越えればというものならば、多少無理をしても理想的なサポートをしてあげられるかもしれない。
でも、夫の生活管理は、これから一生続くのだ。
何年も何年も。
夫に長生きしてほしい。
これからもずっと家族でいたい。

だから、声を大にして言ってもいいのだ。
夫の食事が面倒くさいと。

じゃあ、どうやって面倒くさくなくする? 
という次の言葉さえでてくれば、きっとずっと続けられる新しい答えが見つかるから。

***

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