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プロフェッショナル・ゼミ

できるもの、と、つくるもの《プロフェッショナル・ゼミ》


*この記事は、「ライティング・ゼミ プロフェッショナル」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:ノリ(プロフェッショナル・ゼミ)

麻衣子の撮った写真の中の私は、いつも、ふてくされた顔をしている。

子どもの頃から私は、それが、わざわざ「つくる」ものではなくて、「できる」ものだと信じていた。
それもそのはず。普通に学校に行っていれば、勝手に行事に参加させられて、その度に勝手にそれは、「できて」いた。
そして毎年春がくるころに、一年分のそれを振り返って、作文につづったり、文集にしたりして、いやでも確認させられていた。

思い出だ。

入学式、始業式、運動会、遠足に修学旅行、夏休み、文化祭や学校祭、球技大会、冬休み、卒業式、春休み。部活に入っていれば、県大会や全国大会、受験や合格発表なんかもそうか。小学校から高校までは、学校の行事が全部、勝手に思い出になっている。
学校でもらう卒業アルバムの表紙には、そのまんま「思ひ出」、なんて文字が、達筆で記されていたし、学校に行っているだけで、一年分の「思い出」をちゃんと振り返る機会が、ちゃんと用意されていた。

いくぶん学校行事がゆるい大学に入ってからも、私は思い出は「できる」ものだと信じていた。だから、こんなことを楽しそうに大声で言う人に出会って、びっくりしたし、ちょっと嫌いになりそうだった。

「思い出、つくろー!」

麻衣子だった。

麻衣子は行動派で、楽しいことが大好き。考える前にすぐ動き出すタイプだった。インドア派で、日焼けが嫌いで、なにをするにも考え込んで、なかなか行動に移せない私とは正反対の性格だった。それなのに、なぜか仲良くなってしまい、私は麻衣子にあちこちに連れ出された。

「授業で使うから」
そう言って、麻衣子は本格的なカメラを買っては、いつも首からぶら下げて写真を撮っていた。

同じサークルで出かけた無人島旅行。
夏休み、取り立ての運転免許で出かけた海。
授業をサボって行った、ケーキバイキング。
ゼミのみんなでの合宿。

そんなものはいい。
私もそれは、「思い出」だと思うから。

けれど、麻衣子の写真撮影は、それだけにとどまらなかった。
大学の講義室で。
いつもの通学路の途中で。
電車のホームで。
運転免許の教習所で。
一人暮らしの部屋で。
ただのマクドナルドで。

麻衣子はいつもこう言って、わたしにカメラを向けてきた。

「思い出、つくろー!」

その度に、わたしは考え込んでしまう。
これは、「思い出」なんだろうか、「思い出」ではないんだろうか。
「思い出」って、わざわざこうして、「つくる」ものなんだろうか。
私は、何を撮られているんだろうか。
あれこれ考えが巡って、写真の中の私はいつも、笑うことはなかった。

「あー、ノリちゃんまた変な顔してるー!」
そうして麻衣子はいつも同じ文句を言いながら、決して、私を撮ることをやめないんだ。

麻衣子の「思い出づくり」は、大学を卒業して、社会人になってからも続いた。麻衣子と私は別々の街で就職したから、大学の時みたいに、毎日のように顔を会わせることはなくなった。
しかし、その距離がさらに麻衣子を「思い出づくり」に走らせたのかもしれない。大学時代よりもさらに、この言葉を聞くことが増えたように思う。

「思い出、つくろー!」

電話でそう言われては、お互いの休みの都合を合わせて出かけた。麻衣子の住んでいた長野に行っては、善光寺や小布施、温泉をめぐった。私の住む東京に麻衣子がくると、東京タワーやお台場に行ったり、少し電車に乗って、横浜や鎌倉に行ったり。住んでいるとなかなか足の向かないベタな観光地へと私たちは出かけて、写真を撮った。

麻衣子はプリントした写真を私にくれた。たくさん写真を撮ったときは、数百枚の写真データをわざわざROMに焼いてくれた。
麻衣子のアルバムは何度か見たことがあるけれど、びっくりするほど整理されている。手書きのキャプションには日付はおろか、天気も場所の感想も詳しく書いてあって、行き先でのチケットやショップカードなんかと合わせて、センスよくまとめてある。
しかし私は、どうもそういったものを整理する気力もセンスも持ち合わせていないらしい。学生時代から十数年、麻衣子の写真は、ただただ貯まる一方だった。

しかし、30も半ばを過ぎて、お互い仕事が忙しくなってきた。気がつくと、もう何年も、麻衣子のあの言葉を聞いていない。
そうして、私の手元にある麻衣子の写真が、めっきり増えなくなってきた頃。私は、仕事の忙しさから、うつ病になっていた。

まさか自分がうつ病になるとは思ってもみなかった。
そして、仕事を続けることができなくなって、会社を辞めた。

「ごめん、やっぱり今日、無理だわ」
「えー! 会いたかったのにー。忙しいんだね、またの機会にね!」
いつしか、プライベートな友人との約束よりも、仕事を優先していた。
誘いを何度も断るうちに、いつの間にか誘われることがなくなっていた。
休日も、仕事のためのスクールや、企画のネタ集めのために出かけていた。
本棚には好きだった小説の代わりに、ビジネス書ばかりが増えていった。
仕事と関係のない趣味は、時間が惜しくて全部やめた。
本当に、仕事ばかりしてきた。

だから、いざうつ病になって、会社を辞めると、自分の価値が、どこにもないように思えた。仕事と会社以外では、誰ともつながっていない。仕事をなくした私には何の価値もない、社会の役立たずにしか思えなかった。

そして何より、ずっと信じて打ち込んできた仕事が、自分を救ってくれなかったことが、一番辛かった。
苦しくて苦しくて、布団の中に閉じこもった。

しかし、一年も過ぎると、元気がでてきて、何かしてみようかなと思えてきた。そこで開けたのは押し入れだった。
大量のビジネス書や、仕事関連の本を整理すると、奥から出てきたのは、麻衣子が私にくれた大量の写真だった。

「わあ! 懐かしいー!」
時間はいくらでもある。
私は、麻衣子の撮った写真を整理しようと思い立った。

大学時代に行った無人島、ゼミの合宿で行ったコテージ、泳ぎに行った日本海。長野の菜の花畑、善光寺の参道、横浜の赤レンガ、お台場のフジテレビ前、私の住んでいた街の神社の縁日、上野公園の桜。それから、大量のフライドポテト、こだわりのインテリアが施された麻衣子の部屋、私の最寄り駅のホーム、三段重ねのアイスクリーム……。

誰もが知っている有名な観光地もあれば、知らない人に見せたら「どこだよココ?」と突っ込まれそうな場所での写真も多い。むしろ、そっちの方が多いかもしれない。
そうしていろいろな場所やモノを背景に、ふてくされた私がいる。

「あ、ココ! すっかり忘れてた!」
整理するつもりだったのに、一枚一枚手が止まる。
こんなにもいろんなところに行ったんだと、自分でもびっくりする。

そうか。
わたしはやっと気がついた。

なんでもない場所でも写真に撮ることで、麻衣子は思い出を「つくって」くれていたということに。

学生時代は、普通に学校行事に参加していればよかったけれど、大人になってからの思い出は、「つくる」ことをしなければ、勝手に「できる」ことはない。
麻衣子が撮ってくれた写真の他には、友人の結婚式でもらった写真が数枚あるだけで、大人になってからの「思い出」らしい「思い出」は、私の手元には残っていなかった。

「思い出、つくろー!」

そう言って、どこかへ出かける途中の電車のホームも、お互いの部屋も、歩いた道も、みんなみんな、麻衣子は思い出にしてくれていたんだ。

「このとき食べたおやき、おいしかったっけ」
「ああ、この日ものすごく寒くて寒くて……」
「麻衣子ここで財布なくしてひどい目にあったわ」
麻衣子が写真に閉じ込めてくれた思い出は、温度や空気、匂いや味、いろんな形になって、私の中に蘇ってきた。
そしてどの写真のふてくされた自分の前にも、麻衣子が笑って写真を撮っていたことに気がつく。私は一人で行ったのではない。ずっと麻衣子と一緒だった。麻衣子が話したこと、麻衣子が買ったもの、食べたもの、いろんな思い出が、いくらでも思い出せた。こんな顔をしているけれど、私はちゃんと、楽しんでいた。ちゃんとそこにいた。麻衣子と一緒に、思い出を「つくって」いた。

「今日、麻衣子からもらってた写真の整理してた。あんなに私を撮ってくれて、ありがとうね」
長い時間、家族以外、誰とも話すことのできなかった私は、勇気を出して麻衣子に連絡をしてみた。
「やる気でたんだねー! よかった! まだまだ写真あるから、見たいとき、持ってくよ!!」
びっくりする返事がきた。まだ他にも写真、あるんだ……。
ちょっとうざったいと思ったけれど、やっぱりうれしかった。

思い出づくりを嫌っていた私が、まさか、「つくった」思い出に、助けられる日が来るとは思わなかった。

麻衣子はこのことを知っていたのだろうか。
私が将来、うつ病になって、思い出を紐解く日が来るのを知っていたのだろうか。
そしてたくさんの写真を見て、元気を取り戻すことを知っていたのだろうか。
知っていて、私にたくさんカメラを向けたのだろうか。
だからこんなにたくさんの私を、写真に残してくれたのだろうか。

だとしたら、私は麻衣子に、何をしてあげられるのだろうか。

私はたくさんの写真を、麻衣子ほどではないけれど、自分なりにアルバムをつくって整理した。そして私はうつ病から立ち上がって、今では、普通に仕事をすることができるようになっている。

先日、春休みが取れるとかで、麻衣子から連絡がきた。
「今度の祝日、そっち行くけど、会える?」
「うん大丈夫」
「じゃあね、ピザが食べたい」
お互い年をとって、遠い場所で暮らす麻衣子とは、それからもう何年もどこへも出かけていない。年に数回、「会う」だけだ。一緒にご飯を食べて、お茶を飲んで、数時間、近況を話して別れる。それだけ。
「うん、わかった。お店探しておく」
いつもなら、そう答えるところを、なんでだろうか、こう答えてみた。
「たまにはさ、観光っぽいとこ、行ってみる?」
「どうしたのノリちゃん? めずらしい!!」
「また思い出、つくるのもいいかなって」
「うん、うん! 思い出、つくろー!!」

麻衣子はもう、首からカメラを提げてはいない。
その代わり今度は、麻衣子のスマートフォンのカメラの中で、慣れない笑顔をしてやろうと思う。
最高の友人と、未来の自分のために。

***

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