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日本人がDNAレベルで桜に熱狂する理由


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:本木あさ美(ライティング・ゼミライトコース)
 
 
 
「あぁ、このひとは、灰になるまで女なんだな……」
 
母に対して女を感じたのは、このときが初めてだった。
 
そして、日本人が桜に熱狂する理由が分かったのもこのときだった。
 
桜の季節になると、私は必ずあの一句を思い出す。
 
 
 
私は、美しい詩心を持つ母のもとに生まれた。
 
彼女はよく、季語の話をしてくれた。花見に出かけた後の疲れを意味する「花疲れ」、夏の代名詞である入道雲が目に浮かぶような「雲の峰」など、新しい季語を知るたびに、なんて美しい国に生まれたのだろうと思っていた。
 
母がつくった俳句を聞かせてもらうのも好きだった。彼女の俳句は聞いた瞬間に胸が熱くなるものや、思わず「いい!」と叫んでしまうものばかりだった。たった17文字で、なんでもない日常の風景が途端に輝きだすので、彼女のつくる俳句は私にとって、魔法のようなものだった。
 
母の俳句の中で、好きで好きでたまらない句がある。
 
 
中空の決壊さくらさくら散る
 
 
真っ青な空を背景に、満開に咲き誇った桜が「今日を限りの命」と言わんばかりに、乱れ散る艶やかな姿が目に浮かぶ。
 
言ってしまえば毎年恒例の、春の風物詩である。でもこの俳句を、いつも笑顔で明るい母の口から聞いたとき、普段は知る由もない女としての彼女の心の機微に触れた気がしたのだ。
 
満開の桜が決壊して、ひらひらと舞い散る……
 
このイメージから私は、強く激しい感情を抱いた女性の姿を連想した。
 
自分の身を保っているのがやっとなほどの、狂おしいほどの感情を抱えて、心が壊れそうな状態の女性。
 
人生をかけてでも、今まで手にした全てを投げ打ってでも、この感情に従いたいと思っている。
 
それと同時に、この感情に行き場はないことも分かっている。
 
それでも、これから自分がどんな人生を歩もうとも、この感情こそが自分にとっての真実である。
 
誰に文句を言われる筋合いもない、清々しいほどの本心である。
 
だからせめて、この感情を味わい尽くそうと決めたのだ。
 
自分の心のありかを知らせてくれた、生きる糧となってくれたこの感情への、せめてもの餞別として。
 
燃えたぎるほどの感情に身も心も明け渡すことは、ほとんどの場合、恐怖を伴う。だが、彼女に恐怖心はさらさらない。
 
彼女から感じられるのは、感情に身をゆだねる艶やかさ、狂おしいほどの感情を自分にとっての真実だと認める潔さと、こうするしかないという諦めである。
 
そして、後悔はしないと腹をくくりながらも、頬には涙がつたうのである。
 
ひらひらと舞い散るさくらの花びらのように。
 
俳人 小嶋洋子の処女句集『泡の音色』のフィナーレを飾るこの句は、続く余白にさえ乱れ散るさくらが見えるような艶やかさと、胸を締め付けるほどのせつなさが相まって、強烈な魅力を放っていた。
 
 
「『私、あの句が一番好き!』って、70代、80代の女性によく言われるの」と、母はよく話していた。語り口から考えて、なぜだかよく分からないけど、好きで好きでたまらないという気持ちなのではないかと想像できた。
 
それはまさに、日本人が桜に熱狂する感覚と一緒だ。
 
毎年飽きもせず、何週間も前から開花を待ちわび、咲き始めれば人混みに揉まれながら桜を見上げ、散ってしまえば「あっという間だった」と嘆く。一種の狂乱と言ってもいい。
 
なぜ日本人はこれほどまでに、桜に熱狂するのだろうか。
 
実はあの句と桜には、ある共通点がある。日本人はおそらく、この魅力に抗うことはできないのだ。DNAレベルで、惚れ込んでしまうのである。
 
その”ある共通点”とは、「粋」である。
 
九鬼周造の『「いき」の構造』を参考にすれば、粋とは、「媚態」「意気地」「諦め」の3つの要素から成り立っている。
 
「媚態」とは、 距離が近づくほど強くなるが、手に入った瞬間消滅してしまう、好きな対象に対する狂おしいほどの好意のことである。「意気地」は、好意を存在させておくために、あえて手に入れたいという衝動を抑える気持ちを意味し、「諦め」は執着心の嵐の後の、快晴のようなさっぱりした心境のことである。
 
まさに、あの俳句から連想したのは、感情に身をゆだねる艶やかなまでの媚態と、この感情を行き場のないまま終わりにさせようという意気地、そして、こうするしかないという諦めを感じさせる女性だった。
 
桜に熱狂する日本人を考えてみても、まだかまだかと待ちわびる狂おしいほどの好意は媚態と言える。そしてこんなに惚れ込んでいながらも、ブリザーブドフラワーにせずに「春の風物詩」として存在させておくのは、桜への好意の熱量を保つための意気地と言っていい。さらに、桜が散ったときの喪失感には諦めが見て取れる。
 
日本人の民族的、歴史的背景から成り立っている粋という概念に、私たちは無意識に熱狂してしまうのだ。
 
「粋だねぇ」というとき、さばさばしたかっこよさを指して言われることがある。それは、「諦め」のからっとした爽快感に焦点が当たっているのだ。一方で、あの俳句のように、爽快感とはほど遠い、せつなさを感じさせる粋もある。それは文字通り、諦めようという気持ちに焦点が当たっているのだ。
 
そして、桜に感じる粋は後者のように思われる。
 
私たちは桜を見ながら無意識に、過去に感じたせつなさを思い出しているのかもしれない。
 
 
 
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2018-03-23 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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