今日もバッターボックスに立つ理由《プロフェッショナル・ゼミ》
*この記事は、「ライティング・ゼミ プロフェッショナル」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
記事:青木文子(プロフェッショナル・ゼミ)
赤面症、というのだろうか。
小学校3年生頃、人前に立って話すと顔が真っ赤になってしまうことがよくあった。例えば何かの発表、例えば作文の朗読。人前に立つ。話そうとすると顔が赤くなる。一瞬頭が真っ白になる。
「顔まっかじゃん」とクラスの誰かがからかい気味に行ったりするともうダメだ。どんどん顔は紅潮するし、そこからどうやって話したのかも、どうやって話し終わって席に戻ったかも覚えていない。
そんな日の帰り道のことを思い出す。クラスのみんなは2時間目の授業で私が顔を真赤にして話していたことなど、もうとっくに忘れているだろう。それなのに、私の中ではまだその時の恥ずかしさやどうしていいかわからない感覚が残っている。
「どうして人前だとうまく話せないんだろう」
心の中にあるどうしようもなさを抱えながら、とぼとぼとひとり、通学路を帰るのがいつものことだった。
そんな私に変化が起きたのは中学生のときだった。中学校に入学したばかりの4月のある日。担任の先生が「帰る前ちょっと職員室に来て」と声をかけられた。小学校の時から呼び出されては起こられていた私だったので、身構えて職員室に行った。職員室の担任の先生の机の横までいくと、仕事の手を休めて、担任の先生がこちらを見た。そして意外なことを言ったのだ。
「生徒会の立候補者がたりないのよ。やってみない?」
中学校になると生徒会がある。ところが生徒会への立候補者がほとんどおらず、いつも無投票になっていた。何をおもったのか担任の先生は、定員が足りずに困っていた生徒会に立候補しないかと私に声をかけたのだった。
なぜ先生が私に声を掛けたのかはわからない。振り返ってみても特に優等生でもなく、特に特徴もない生徒であった。気が進まなかったが、流れで右も左も分からず生徒会に入った。もちろん無投票での当選。やる人がいないのでそのまま翌年も生徒会をやることになった。その生徒会の会長は毎年の慣例で2年生がやることになっていた。結局誰もやり手がいない生徒会長をやることになったのだった。
生徒会長の役割として毎週月曜日、全校集会の朝礼台の上で15分ほど話をすると仕事があった。私の世代は団塊ジュニア世代だ。クラス数が多く、当時、全校生徒が約1000人。毎週毎週、その全校生徒1000人の前、朝礼台の上に立って15分スピーチをしなくてはいけない。
毎週運動場の朝礼台に立つと足が震えた。小学校の頃ほどではないものの、顔が紅潮したり、頭が真っ白になって原稿の内容が飛んだこともあった。毎週日曜日の夕方近くなると、翌日の全校集会のことを考えて胃が痛くなる日が続く。話す内容を考えて、原稿を書いて、それを読み返してみてそれをまた書き直して、でも上手くいかなくて「あ~このまま逃げだそうか」と思う日曜日の夜。
冗談や例えでなく、このまま何処かに消えてしまったほうが楽だろう、と思うこともあった。
朝礼台で話す回数が重なっていった。1回目は崖から飛び降りるような気持ちがした。3回5回、毎回苦しい気持ちは消えなかった。10回、15回、繰り返していくと、並んでいる生徒の顔が見えるようになってきた。緊張するのは変わりないが、だんだんと変化が起こってきた。朝礼台の上で話すことが、繰り返すうちに少しづつ怖くなくなっていったのだ。
大人になってからのある時、私が司法書士をはじめて、なれない仕事で失敗をしたり、うまくいかないことが続いていた。どうして上手くいかないのだろう。そのことをふと言葉にして相談したことがある。相談をした人は高校時代野球をやっていた人だった。
「バッターボックスに立ってみるしかないんだよね」
その人は私の話を一通りじっと聴いてくれたあとでこういった。
「野球では素振りだけでは、あるところ以上にはね、上達しないんだよ」
最初は何を言っているかわからなかった。
「そこからはバッターボックスに立ってみるしかないんだ」
「次にどんなボールが来るのか、それにバットを振るのか振らないのか。それを経験できるのはバッターボックスに立つしかないから」
それを聞いて、中学校の時のことを思い出した。あの朝礼台の上は私にとってバッターボックスだったのかもしれない、と。
今の私は年間50回近く、講演会や勉強会の講師をしている。人前にたって緊張していないようにも見えるかもしれない。もし、今私が人前で話せるのはなぜかと言われれば、その理由はたったひとつ。それは場数を重ねてきたことだ。
どんなに不得手でも不器用でも上手く行かなくても、場数を重ねて行けばいい。もし人よりもできないとしたら、人よりも多くの場数を重ねていくことをすればいい。場数とはバッターボックスに立つことなのだ。バッターボックスに立つことはドキドキすることなのだ。怖くてもバッターボックスに立つ。何度もバッターボックスに立つその繰り返しをしようと思う。
話すことに限らず、今日一日も、私にとってきっといくつもの場数がある。そのバッターボックスを避けるのでなく、嘆くのでなく、そのバッターボックスに立ってみようと思う。なぜならそのバッターボックスに立つドキドキの数だけ、私のなかに、あなたのなかに何かが積み重なっていくはずだから。
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