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一夜遊びにはまった私のその後について《プロフェッショナル・ゼミ》


*この記事は、「ライティング・ゼミ プロフェッショナル」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:長谷川賀子(プロフェッショナル・ゼミ)

*このお話はフィクションです。

「あぁ、今日もつまらないキスをしちゃったな……」
おろしたてのヒールで、深夜0時の街を歩く。名前も覚えていない男からのプレゼント。かかとを覗くと、血が滲んでいる。水色の靴が、台無しだ。涙と血が混じったみたい。
「もういらないや」
公園のゴミ箱が目に入る。歩道からゴミ箱に向かって振りかぶった。順番に投げ入れた靴は、どちらもゴミ箱の口に吸い込まれた。
「なんでいつもこうなんだろう」
深夜0時。シンデレラだったら、きっと今頃幸せな気分でいるんだろう。名残惜しそうな王子様の目を背にして走るなんて、そんな気持ちのいいこと、あるんだろうか。
だけど私は、今日も、好きでもない誰かとキスをして、もういらないと追い返されて、一人で家へ帰るのだ。
私の深夜0時は、この世で一番虚しい時間。口に残ったタバコの匂いを嗅ぎながら、私は裸足で歩いていた。

誘われそうなバーや居酒屋を転々として、知らない男についていく。そんな生活をもう3年も繰り返している。最初はただ、いい相手を探すだけのつもりだけだった。なんとなくの暇つぶしも兼ねて。友達に誘われ、興味本位でついて行ったのが始まりだった。これきりにしよう。そう思って行ったはずなのに、20歳をちょっと過ぎたばかりの小娘にとって、それはあまりにも憧れの時間だったのだ。

大学入学に合わせて、東京に出てきた。地元の田舎とは大違い。見るもの全部が、楽しくて、歩く道全部が騒がしい。最初のうちは、大学と、この東京という街に慣れるのに、精一杯。でも、過ごすうちに、慣れないことは、日常になる。日常になると新しいものを見たくなる。

大学4年生。就活の途中。ちょっとずつ、また新しい世界が見えはじえめてきた時だった。
「ねえ、ちょっとだから、遊びに行かない?」
夜の街に、遊びに行く。東京のちょっと、大人の街だ。友達の顔は、いつもよりいたずらっぽく笑っている。
「でも、私、彼氏いるし……」
「別に悪いことするわけじゃないし。社会勉強、だって」
前にも行ったことあるけど、おしゃべりするだけだし、大丈夫。そういう友達に、少しなら、と、興味が湧いて、ついて行った。

「可愛いね。ちょっと待ってて」
初めて友達と行くクラブ。初めて声をかけられた人。細めのスーツに、磨かれた革靴。仕事終わりのはずなのに、整えられた髪。30を越したくらいに見えた。オレンジ色とピンク色のカクテルを、私たちに持って来てくれた。
会話なんて、たわいのないものだった。名前も言わずに、ただその場の世間話。可愛い。いいね。そうなんだ。これだけで会話が進むような。でも、その相槌の間がうまいのだ。うざったくなく、気持ち悪くなく、こちらの呼吸に合わせてくる。
冷静に考えれば、誘う常套手段だって、すぐにわかる。
「エリ、まさか、ダメだよ」
友達の方が、現実を知っていた。誘ってくるくらいだから、それはそうか。
「この場の楽しみだけにしときなね」
そう言われたけど、もう酔いが回っていた。30を越した男性が、こんなにかっこいいのだと、知らなかった。ふっと香る香水の匂い。同級生にはない、言葉と言葉の間の余裕。笑った顔に透けて見える、ここに来る前の仕事をする姿。色気があるって、こういうことをいうのかもしれない。
カクテル一杯で酔ったことなどなかったのに、今日はもう、だめだった。人を酔わせる雰囲気は、私の思考を乱れさせた。

「ねえ、今日、一緒に行かない?」
この前の後は何もなかったものの、私は、あの時の空気を忘れられなくなっていた。最初に誘った友達といえば、もう十分だったらしく、私の誘いに苦笑い。
「え、何? あんなの一度か二度、見たら満足するでしょう」
あまりにもあっけなく言う友達に、それでも私は行きたい、とは、恥ずかしくていえなかった。
「はまったりしちゃ、だめだからね」
「そんなわけ……」
ない、という言葉を口の中でごまかして、私はこっそり夜の街に、出かけて行った。

それから私は、一人で、通うようになった。目的地は、あの日に出会ったみたいな男性が、来そうなところ。
私の出費は、靴や服へと変わっていく。
そして、その出費で、憧れの時間を、買いに行った。

「さっき、どこかであったよね」
上部をなぞるだけの言葉。でも、私の感覚に触っていく。
「甘い方が、好きなのかな?」
このカクテル、美味しいんだよ、と、私を覗く顔。思わず、それにする、と言ってしまう。私の意志さえ失くしてしまえば、責任も、何も、ない世界。

私はその後、数分前に出会った男の色の靴を履き、服をかぶって、男の後について言った。
何も、怖くなかった。
小さい頃、あれほど、知らない人には着いていくな、と、言われたのに。
今は、知らない男について行くことが、楽しみだった。

知らない男と出会って、知らないお酒を飲む。聞いたことのない言葉をもらって、私の知らない話を聞いて、入ったこともない店やホテルに連れられて。毎回違う味のキスをして、初めての体温を集めていた。
誘ってくる男たちは大抵年上で、ちょうどいいエリートたちだった。ここに飲みにくる時間も、女のことを考える頭のゆとりもあるけれど、女を口説けるだけの自信と金もちゃんとある。そしてそういう男たちは、こんな私にも優しい言葉をかけてくれる。いい女になった気分にさせてくれる。

まるで、麻薬の中毒のように、私はその感覚が欲しくて、欲しくて。初めは1ヶ月に2回くらいが、週に1回、週に2回と増えていき、今では週の半分を、この空虚な時間に費やしている。

いつか、痛い目を、見るかもしれない。
そんな恐怖が、なかったわけでもない。
途中、彼氏にバレて、振られたりもした。

でも、それよりも、目先の快感の方が、優先だった。
ずっと愛して欲しいとも思わない。また会って、とは言わない。ただ、一晩だけの可愛い女でいられればいい。

ずっと、そう思っていた、はずだったのに。

甘い時間は、ずっと続いてはくれないのだ。

「あの人に、声をかけたい」
バーでも、クラブでも、なんでもない場所だった。夜の本屋だった。建築系の雑誌のコーナー。そこで見かけただけの人だった。
でも、好きだと、思ってしまったのだ。
きっと、今まで遊んで来た人たちと、同じくらいの歳だろう。でも、どこか、彼の方が、落ち着いていて、彼の方が、幸せそうに、そして、寂しそうに、見えたのだ。
「あの、……」
おかしいと考えながらも、口と体は言うことを聞かない。気がついたら、声をかけていた。
「こんなオヤジに声かけるなんて、君、変わってるね」
知らない彼は、立ち読みしている雑誌から、私の顔を見て笑う。
「私に声かけたって、何にも出てこないよ」
「別にそんなわけでは……」
うまく、答えられなかった。それは、そうだ。たまたま見つけて、声をかけたなんて、向こうからしたら、不審者だ。何も言えずに、もごもごしていると、
「何かのご縁だから」
と彼は、私をお茶に誘ってくれた。

「あまりにも、素敵だったから……」
ダージリンの香りを嗅ぎながら、思わず本音が漏れてしまった。
「こんな可愛い子に言ってもらえるなんて、嬉しいな」
落ち着いて微笑む顔に、思わず全部を吐いてしまいそうだ。
「でも、もう遅いけど、大丈夫?」
「私、まだ……」
帰りたくない。そう、叫んでしまいたかった。いつもの男だったら、ついていけば、それで済んだ。でも、この一目惚れの彼は、そうはいかない。きっとそうだ。唇を噛み締めそうになった時、
「思い出くらいになら、付き合うよ」
彼が、言った。

1時間くらいだったと思う。一瞬に思えてしまうくらい嬉しくて、構わず過ごした一晩より、ずっと重く感じた。

また、会いたい。

そう言葉を交わしながら、眠りにつこうとした時だった。
「ほら、帰らなきゃ」
彼は、私を起こして、服を着せる。私が着て来た、私の服。そして、ホテルの扉まで、推していく。
「妻が、待っているからね」

思い出って、そういうことだったんだ。頭が、真っ白になった。悔しいことに、怒りも、憎しみも、湧いてこない。
ただ、自分に対する情けなさだけが、体中を満たしていく。
「タクシー代、渡すから。気をつけて帰るんだよ」

初めて、タクシーの中で、泣きながら帰った。全てが、空っぽだ。私は、人が作った幸せを、私が見つけた喜びと勘違いしていたのだ。彼が穏やかだったのも、私が今まで出会った男より、幸せに、そして寂しそうに見えたのは、そうさせる誰かがいたからなのだ。
そして、初めて、弄ばれた自分に気がついた。
そうすると、今まで全部の記憶が、真っ黒の泥に、変わっていく。

この日から私は、ただただ、何かを埋め合わせるように、惰性で、夜の街へ出かけていた。
あの時の虚しさも、情けなさも、全部どうでもよくなるくらいに、情けないことを繰り返した。
うわべだけの優しさ、口だけの言葉に、救われに行く。
そしてこれもまた、中毒のように、私の体を、毎晩、毎晩、夜の街へと、動かしていた。

でも、心も、体も、永遠にはもってくれない。
「疲れた……」
出かけようとした時、玄関でハイヒールがつまづいた。そのまま、私は泣いていた。全部が、あまりにも、空っぽなのだ。
何かあった時に、救ってくれるのは、自分なのに、その自分が空っぽすぎて、つかめるものが、何もない。

「私、どうしたら……」
そんな時だった。カバンの中の携帯が鳴る。珍しく、固定電話番号だった。
「あっ……」
実家からだ。
「もしもし」
出るのを躊躇ったけれど、でも無視することもできずに、受話器に声を当てる。
「あんた、しっかりやってるか、心配でね。連絡もしてこないし、へこたれてるんじゃないかと思って」
優しい母の声がする。その後ろから、私は元気か、元気なのか、とオロオロする、父の声。

気がついたら、声が、漏れていた。笑い声なことに、びっくりする。久しぶりに、笑ったような気がする。

だって、嫌でも、父と母の笑う顔が、頭の中に浮かんでしまう。
苦労もしながら、悩みだってきっとある。でも、私を育ててくれた両親はいつだって私を見てくれた。不器用だけど、ぶつかることもあるけれど、それでもまっすぐに私と向き合ってくれていた。そして、働くこと、子育てのこと、生きてく苦労を吹き飛ばしながら、笑う、母と父が、大好きだった。小さい頃の気持ちを、思い出した。

いつから私は、本当のことに、向き合ってこなかったんだろう。本当のことほど苦しいものはないけれど、本当のことほど大切なものはないと、ずっと知っていたはずなのに。
こんな私はもう、嫌だ。
真剣に向き合うことは苦しいけれど、自分がなくなっていくのは、もっと嫌だ。
「大丈夫、元気にやってるよ」
電話の向こうについた嘘。明日には、本当になっているように、頑張ろう。
「たまには帰るからね」
心に決めて、ハイヒールを脱ぎ捨てた。
***

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2018-05-09 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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