メディアグランプリ

彼女は過去を灰にしてハイになっているのだろう


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記事:本多俊一(ライティング・ゼミ平日コース)
 
 
もし、あの時違う選択をしていたら……どうなっていたのだろうか。もうかれこれ20年ほど経つが、ちょうど今くらいの季節になると思い出すことがある。
 
 
「先輩、明日の早朝ちょっと付き合ってもらえませんか」
 
高校時代のある日の放課後。部活のふたつ下の後輩女子にそう呼び止められた。
自分は当時3年の男子生徒であるので、通常であればこれは喜ぶべき状況であろうか。「付き合って」などと言われたらそれは大事件である。
 
だがしかし。残念ながらこれはそう簡単な話ではない。
まず、よくよく発言を振り返ってみると「明日の早朝」である。「放課後一緒に帰りませんか?」だったら可愛げもあるが、早朝ってなんだ?! しかもその「明日」は平日である。なに? 朝練したいの? 僕ら文芸部だったよね。
 
次に、この後輩女子はそもそもそんな人間ではないのだ。
言うなれば校内きっての問題児である。
 
あまり関わりたくはない……そう左脳は警告を鳴らしているが、一方で右脳はこの非常事態に興味を示している。
けっきょく好奇心に抗えず、わかった、と言ってしまった。
 
明日、午前4時に学校近くの緑地公園にあるグランドに集合、とのこと。
 
4時……まだ日が昇ってない時間だよね? いったい何を? とこちらの意見を聞く間もなく「では宜しくお願いします」と言って行ってしまった。
 
 
ああ、約束をしてしまった。億劫である。
 
問題児と言ったが、彼女の行動は奇行というか愉快犯だった。教室の窓ガラスをスプレーで塗り潰して真っ暗にしてみたり、図書室の本という本に自分が書いた1ページを挟み混んでいってみたり、校内に飾ってある絵画の周辺にフキダシとセリフをラクガキしたり……。
最大限良く言えばアーティスト。一応やることなすことに何かしらメッセージ性のようなものがあるらしい。しかしその後始末をするのになぜか部活の人間……とりわけ部長の自分が巻き込まれ……ということでまた何か企んでいるのか……と思うとやはり後悔の念が強くなってきた。
 
 
翌朝4時。
指定の場所に行ってみるとすでに彼女はいた。
誰もいないグランドの中央にひとりポツンと立っている。
5月の早朝はまだ寒い。
 
何をするのか全く不明なままの不信感と共に心のどこかで得体のしれない期待感を感じている自分もいて我ながら物好きだなと思う。
おはよう、といたって平静を保ったまま声をかける。
 
「おはようございます」と愛想のカケラもない一言。
足元には一抱えくらいのクッキーのアルミ製の空き箱と手元にはノート……とライターを持っている。ええ……ライターとか。なんか怖い感じだな……
 
寒いから早くしようぜ、と促すと。彼女はそのまましゃがみ込み「そうですね」と特に説明もないままノートに火をつけようとする。ええと……これはなんだ? 焚き火をしようとしているのか? そうか寒いからね……ってそんなわけあるかい! とツッコむ空気でもないので、心の中でひとりつぶやく。
 
「外でなにかを燃やすのってこのへんじゃ怒られるじゃないですか。だから夜はできないなって思って。この時間なら気づかれにくいし。それに朝の方が気持ち的に良いと思ったんです」
 
目の前に座り込む自分に対して言ってるというより、独り言に近い感じでジリジリとノートをあぶっていくとついに火がついた。
 
しばらく沈黙が続いたのち。
 
「私ね先輩」
「先生と交換日記みたいなことしていたんです」
 
ほう。その先生とはウチの顧問のあれかい? あの40代中頃だけどもっと全然若く見えるイケメン国語教諭。
 
「そうです」
 
なんということだ……部員の原稿などろくに読まないくせにそんなことをしていたなんて……
 
「その内に冗談なのかホントなのか分からなくなってきて」
 
ノートに燃え移った炎はジワジワと大きくなりながら上へ上とまだ掴んでいる彼女の手に向かって登っていく。
 
「私は文字の中で先生と戯れているだけで良かったんです」
 
もう持っていられない、というところで手を離し、半分以上火が回ったノートは缶の中にボトリと落ちた。
 
ああ、これは彼女なりの儀式でありパフォーマンスなのだな。ゆっくりと、でも確実に形を歪ませながらパチパチとまばらに爆ぜる音は拍手のようだった。アートとは観客がいないと成立しない。なにかを表現するときそれを観た証人がいないとそこに存在した痕跡は残らない。
 
「目に灰が入った……痛い」
 
そう言ってハンカチを取り出す彼女の目は大げさに濡れていたように見える。
いつのまにか昇ってきた朝日に照らされ光るものが見えた気がした。
 
自分は何も言えずそのまま黙って散りゆくノートに視線を戻した。
 
完全に燃え尽きて冷めて缶が持てるようになると、彼女はそのまま立ち上がって近くのゴミ箱に缶ごと棄てた。ガゴン! と大きな音が人気のない公園に響いた。
 
「ありがとうございました。学校、行きましょうか」
 
手を払いながら淡々としている言葉の裏腹に彼女の表情は晴れやかだった。心なしか高揚しているようにも見える。
 
自分も立ち上がって鞄を持ちながら、まだ全然登校時間より早いけどね、と努めて普通なリアクションをする。「じゃあ朝ごはん奢ってください」いやいや、付き合ったのはこっちでしょ? 逆だろフツー。
他愛もない会話が僕らを現実に戻してくれている気がした。
 
 
その年、自分は卒業してしまったのでその後彼女がどうしているのか知らない。
あの日自分は、彼女の作品の一部としてあるいはイチ観客として存在するのが精一杯だった。
もし、あのとき彼女が本当に求めていたことはそうではなかったとしたら、と時折思うことがある。
 
 
***

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2018-05-11 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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