メディアグランプリ

毒リンゴの代償


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

【6月開講】人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ《平日コース》」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:生田幸子(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
 
「やっぱり、薬を替えましょう。」
お世話になっている婦人科の先生が、逡巡したうえで私に提案してきた。
症状が出てから飲む強い薬よりも、コンスタントに弱い薬を飲んだ方が身体にいいだろうという判断だった。
私の病名は、言うならば「生理不順」というべきか。不順というと「生理が来ない」をイメージするだろうが、私は逆だ。出血が止まらない。1週間でも貧血で辛いのに、それが1ヶ月2ヶ月、それこそ病院に行くまで続くのだ。
早く病院に行けばいいのだが、気が進まなかった。一つはこの症状を止めるために処方される薬が苦手であること。
二つめ、それは僅かな望みだった。明日になったら症状は自然に落ち着くだろう、きっと明日には……
しかし、症状が1年以上続けば、その僅かな望みは諦めにすり替わっていた。
 
この症状の原因について、いまのお医者様は何も言っては来なかった。私も原因を聞いていない。聞かないのは、心当たりがあるからだ。
いつだったか、1回だけ同じ症状になったことがある。薬を飲んだら、あっさり症状が止まったその時は、原因を当時の主治医に単刀直入に聞いたことがある。そして、その先生ははっきり原因を口にしたのだ。
 
「転勤したとか、仕事が忙しいとか、何かストレスになっていること、ない?」
 
そう、原因を聞かなくても、今回も全く一緒だ。
ちょうど、症状が出始めた時は異動したばかりだった。
異動したくて、ではもちろんない。むしろ、異動なんてしたくなかった。
それに重なったのが、異動先だ。
仕事内容は一緒とはいえ、異動先の規模はどれをとっても前の3倍以上だった。
経験したことがない規模に、今まで積み重ねてきたスキルは全くと言っていいほど通用しなかった。
ここまで規模が大きくなると、何から手を付けていけばいいのか分からなかった。
そして、手を付け始めても、規模が大きいと結果はすぐについてこない。不安でしかなかった。
そして、規模が大きいからこそ、誰にこの不安を聞けばいいのか、いや、それ自体聞いていいものなのかも分からなくなっていた。
もともと、人見知りな性格だ。そして、前の職場ではうまく立ち回っていた。自分でいうのもなんだが、仕事は出来ていたという自負がある。
どうにかして、この場所でうまく仕事をこなしたい。
けど、全くうまくいかなかった。
 
それはいうならば、とてつもない大きな戦場に何の武器も防具もないまま、ただただ一人ポイッと放り込まれた、そんな状態だ。
武器も防具も、ついでにいうなら味方もいなかった。
負けたくはなかった。どうにかしたかった。
仕事内容は、前の職場と変わっていない。量が激増しただけだ。そう自分に暗示をかけた。
仕事ができれば、きっと味方もできる。そうすれば何とかなる。
「仕事ができない」烙印だけは押されたくない。
激増した仕事量をこなすために、私がとったのは「時間」だ。働く時間を増やした。
定時で帰ることはまずなくなった。残業をすることが当然になった。
働く時間を延ばしたことで、仕事の残りは少し減った。終わりが見えた気がした。
少しだけ、仕事ができるという手ごたえを得られた。
もっと働く時間を延ばしたら、もう少し時間があったら、その思いが私を突き動かした。
結果、長時間労働が長期にわたって続いた。仕事ができるという手ごたえは僅かにもかかわらず、だ。
 
長時間労働、それは私にとってのリンゴだった。
白雪姫がおいしいと食べたリンゴ。
真っ赤で美しいリンゴ。
リンゴを手にしたら、長時間労働で頑張れば、仕事で評価される、そう思い込んだ。
しかしそれが、毒リンゴだと気が付いた時には、遅かったのだ。
身体は悲鳴を上げていた。私の場合は、ホルモンバランスに直撃した。
長時間労働という赤いリンゴは、真っ赤な出血に変わって私を苦しめた。
 
それから1年経った今。
私は、毒リンゴを手にすることをやめた。
ちょうど、薬を変えたころだ。自分の担当業務が変わったことも、きっかけとなった。
今は、ほとんど残業せずに、定時で帰ることを目標にしている。
仕事量が変わったわけではない。変えたのは、仕事の取り組み方だ。
自分だけでやり切れない仕事は、すぐに相談ができるようになった。そうすることで締め切りを延ばしてもらう、もっと効率のよい方法をアドバイスしてもらえるようになった。
相談することで、味方ができ、アドバイスという武器を手に入れたのだ。
困っていること、それを周りに話すことは決して悪いことではなかったのだ。
 
相談すればよかったのだ。
声を上げればよかったのだ。
一人で抱え込まなければよかったのだ。
身体を壊してからでは、もう遅いのだ。
私は気が付くのが遅かった。
けど。
毒リンゴの毒に、長時間労働とストレスの毒に、ちゃんと気が付けたからよかったのだ。
そう、ほっとしている自分がここにいる。
 
 
 
 
***
 
この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加いただいたお客様に書いていただいております。 「ライティング・ゼミ」のメンバーになり直近のイベントに参加していただけると、記事を寄稿していただき、WEB天狼院編集部のOKが出ればWEB天狼院の記事として掲載することができます。
 
http://tenro-in.com/zemi/82065
 

天狼院書店「東京天狼院」 〒171-0022 東京都豊島区南池袋3-24-16 2F 東京天狼院への行き方詳細はこちら

天狼院書店「福岡天狼院」 〒810-0021 福岡県福岡市中央区今泉1-9-12 ハイツ三笠2階

天狼院書店「京都天狼院」2017.1.27 OPEN 〒605-0805 京都府京都市東山区博多町112-5

【天狼院書店へのお問い合わせ】

【天狼院公式Facebookページ】 天狼院公式Facebookページでは様々な情報を配信しております。下のボックス内で「いいね!」をしていただくだけでイベント情報や記事更新の情報、Facebookページオリジナルコンテンツがご覧いただけるようになります。


2019-05-16 | Posted in メディアグランプリ, 記事

関連記事