太鼓の音
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記事:安居潤(ライティング・ゼミ日曜コース)
暗い路地で、太鼓の音が聞こえてくる。
東京で暮らす僕は、わかりやすく”地方”を感じるところへ行きたかった。やりたいことの実現に追われる東京の喧騒を忘れ、「こういう暮らしもありだよね」と言えるような地方に行きたい。会社を1年目で転職して数ヶ月経った僕は、そんなエゴとともに岡山に来た。
「今日は美観地区に行こう。ここは風情があるし、古い街並みも残っているから」と到着した朝に、岡山に住む友人2人に言われた。最初に勧めてくれるということは、恐らくおすすめなのだ。そして、「都会から来る人は、地方の古い街並みを求めている」ということまで、見透かされたような気もして、無理に意地を張る理由もなく、向かった。
出発前に東京に住む人に、「明日から岡山に行くんだ」と言ったら、「なぜ?」と聞かれた。明日から京都に行く人には、きっとそういう聞き方はしないだろうなと思いながら、「友達に会いに」と答えた。その人に悪意があったわけではない。聞いた人も、答えた僕も、岡山に行ったらこれをする、という共通認識がないだけだ。だからこそ、「週末を使って東京を離れて岡山に行くなんて、一体何をするの?」とも解釈できる「なぜ?」を僕に投げかけたのだと思う。
そんな疑問は杞憂に終わる。美観地区はその名に恥じないような、美しい景観がある地域だ。透明度が低い薄く緑がかった小川を流れる小舟や、PCを開くのが申し訳なくなるカフェ、万人受けを狙わない職人のこだわりをそのまま投影した商店が連なる。
「こういう暮らしもありだよね」なんて口が裂けても言えなかった。まるで、都会と地方を、白か黒で見るような口ぶり。一部しか知らないのに、全部を知ったような一言。僕が見た美観地区は、たしかに日本の原風景が残っていた。ゆったりとした時が流れていた。だけど、それはきっと僕がよそ者だからだ。そこで生活をしていないから、自分の都合の良いように地方を解釈して、自分の求める地方像を見ていたのかもしれない。
そんな気持ちもあったからか、夜は美観地区で焼肉を食べた。観光地で特産品を食べないことで少しでも現地の生活に溶け込むという、ささやかな抵抗だった。という理由だったらそれっぽいが、実際は空腹を満たすには焼肉だという、男子3人の英知を結集させた結果だった。そして、1年目で同じ会社を辞めた3人は、「将来やりたいこと」を話す。
彼らは、個人の力でお金を稼ぎ始めている。一方、僕は転職しても会社員。彼らはやりたいことの実現に着実と一歩を歩みだしている。一方、僕はまだやりたいことがぼんやりとして見えていない。体から出ている覇気を数値に変えてみたら、きっとその歴然とした差に萎縮してしまう。僕だけが取り残されている。
「壮大なゴールに向かって、毎日やりたいことを積み重ねたい」
最後に出てきたホルモンを焼き終え、それを取りながら思った。僕だってゴールさえ見つかれば、きっと頑張れる。まだ見つかってないだけで、それが見つかればきっと追いつける。昔から目標を達成することは得意だった。設定することは苦手だったけれど。
暗い路地に出る。太鼓の音が聞こえてくる。
僕が求める地方をここまで具現化してくれる美観地区が好きだ。地方で何かと衝撃的な出会いをして、今のキャリアを投げ捨ててでも、それに没頭したい。美観地区、ここが私のアナザースカイなんて言って、人生を変えてくれるものに出会いたい。大学の先輩に「インドに行ったら人生変わるよ」と言われて、帰国後にカレー屋を始め人生を変えてしまう青年になりたい。
薄暗い神社の階段を50段ほど登っていくにつれて、太鼓の音は太くなる。そこに流れる空気は、子供の発表会の弛緩した空気とは真逆だった。大の大人が本気で声を出して太鼓を叩いていた。上着に小雨が降る肌寒い中、はっぴに汗を垂らしていた。顔を左右に振り回し、口を開き、太鼓が割れそうなほど力強く、速く、太鼓を叩いていた。ピンとブレずにとまる腕が美しい。演奏はまだ終わらない。それでも観客は、タイミングを見計らうことなく、拍手をする。
それを見て、「僕はこれこそが自分が人生で捧げるものだ」、とは思わなかった。
僕はきっと、人生のゴールは勝手に訪れるものだと思っていたのだ。街を歩き偶然出会ったものが自分の人生を変える。正直そんなドラマみたいな出会いを求めていた。でもそんな美しくはない。ゴールは創っていくしかないのだ。きっと。
あの太鼓の奏者が、ゴールを追いかけているかは全く知らない。でも、本気だったことは言える。僕とは目の色が違った。泥臭くて、美しかった。僕はまだあの奏者になれていない。東京に帰った今、人生のゴールは見つかっていない。それでも、人目を気にせず、本気で太鼓を叩くことが、まずは必要なのかもしれないと思っている。
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