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メディアグランプリ

200人から毎日のように愛される男


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:長谷川高士(ライティング・ゼミ平日コース)
 
 
1日に210人来店。
この結果を、60日間、毎日出し続ける男がいる。
 
しかも、2回目以降の継続者の割合が98パーセント。
200人を超える人が、毎日のように「20分間、椅子に座る」ために男の元にやって来る。この、ちょっとした異常事態が、我が町のスーパーの特設テナントで起きていた。
 
男の愛称は「かとちゃん」。タレントの恵俊彰に似た茨城県出身の30歳だ。
職業はアドバイザー。電気で治療ができる医療機器を体験できる場を提供している。「20分間、椅子に座る」というのは、この医療機器を体験することだった。座面に敷かれたマットに腰を下ろすと、全身に電気が流れる。その結果、血の巡りがよくなり、体質が改善する、病気の予防ができる、というのがうたい文句だ。
 
「スッキリしませんか? 5回まで無料。6回目以降は1回50円」
馴染みのスーパーの入口に、こう書かれた看板が掲げられていた。
「無料? 50円? どういうこと?」
気にはなる。しかしうさん臭い。その怪しさが私の心のシャッターを下ろさせた。その看板は、いつしかただの景色になった。そんな時、友人の女性から「かとちゃんの話」を聴いた。
 
普段からよくしゃべる彼女だが、「実は気になっていた」と私が告白すると、その魅力を熱く語って聴かせてくれた。腰痛持ちの彼女は、開店以来ほぼ毎日通っている常連で「腰の調子がよくなった」と言う。症状の改善もさることながら、彼女が語り続けた内容は、ほぼ「かとちゃん愛」だった。軽妙な語り口、どんな話にも耳を傾ける真摯な眼差し、毎日1時間近くかけて通っている人の存在、本社へ直訴するファンの声に応えて出店期間の延長が決まったこと、等々……。彼女の口コミが、私の心のシャッターを上げた。かとちゃんに会ってみたくなった。
 
「いらっしゃいませー! しっかりよくなる4番にどうぞー」
翌日、彼女と二人で会いに行った私を、かとちゃんは満面の笑みで迎えた。治療機は9台あり「いけいけゴーゴーの5番」や「急によくなる9番」など、語呂合わせの呼び名がある。治療機の後ろに、同じく番号の書かれた丸椅子があり、自分の順番を待つ仕組みだ。治療中の人と順番を待つ人、合わせて十数人を前にかとちゃん劇場が始まった。
 
それは健康漫談だった。
言うなれば、若い綾小路きみまろ、だ。
「体温を上げるために大切なものがあります。次の三つの内どれでしょう? 一番、東京駅。二番、上野駅。三番……血液。三番? 正解! ピコピコピコーン」
お馴染みの音色が出る小道具による演出も手伝って、ベタなネタで会場が大きな笑いに包まれる。血流がよくなることで体温が上がり、体調が改善されることを伝える、かとちゃん。大きな文字で手書きされた紙を使い、池上彰ばりのわかりやすい喩えを交えて語るその話に、全員が引き込まれていた。20分間のステージはあっいう間に終わりを迎えた。私は、しばらく通ってみることにした。
 
かとちゃんは200人全員の顔を覚えている。
常連たちは、おのおの自分のタイミングで会場にやってくる。いつ誰が来ても、笑顔で名前を呼んで、空いている席に導き入れる。顔だけでなく、一人ひとりの「こと」を覚えている。毎回カードにスタンプを押してくれる。さながら夏休みのラジオ体操のようだ。「皆勤賞!」「ぞろ目の22回目」などと必ず称えてくれる。その時に「手のしびれがとれた」「足のむくみがひいた」など、かとちゃんの声かけに患者が答える。
「今日は奥さん来ないの?」「休憩時間終わっちゃうから、今ならできるよ」など家族構成や仕事の都合まで覚えている。カルテなどない。アシスタントもおらず、9時間を一人で回す。「嫁ももらえず婿にも行けず、食事もとらずトイレも行かず、おむつを履いて頑張ってます」と言う。1回20分で9人。9時間で最大243人。休憩なしはあながち嘘ではない。「芯にある何か」を感じ、ますます興味が沸いてきた。
 
朝起きた時の肩のはりが悩みだった。そのはりを感じなくなりはじめた4日目、かとちゃんの「芯にある何か」を、私は知ることになる。
その日はしっとりとした語りだった。女性からの手紙を、かとちゃんは紹介した。54歳の夫が昨夏に肝臓がんと診断された。ステージⅣ、末期だった。未成人の二人の子に学費を遺すため、入院を固辞し働いた。しかし次第に疲れ、「死にたい」と言う日が増えた。夫から笑顔が消えた。そんな時、家族はかとちゃんに会った。わらをも掴む思いで、家族みんなで通った。どんな治療をしても下がることがなかった腫瘍マーカーの数値が下がった。「お父さんは電気で生き返ったぞ」と喜ぶ夫。「私たちの人生を大きく変えてくれた」と手紙につづられていた。家族に笑顔が戻った。
 
かとちゃんがしているのは、サービスだった。
治療自体は機械がしている。座っている時の治療の体感は正直ほとんどない。症状の改善には個人差があり、劇的なものではなく、継続してこそ感じられるものだと思う。1回50円。激安とは言え、毎日のように継続して通い続けることはたやすいことではない。みんな、かとちゃんに会いに来ている。会いたくて来ている。かとちゃんは、ただ幸せを願い、ただ与えていた。かとちゃんは、まったく、本当に文字通り「全く」商品を売らない。売り込まない。
 
20日後に、かとちゃんはこの町から居なくなる。
治療と、かとちゃんに会う日常を失うことを切なく思う人が、私を含め地元に200人以上いる。かとちゃんは無理だが、せめて治療だけでも継続できないかと、軽自動車ほどの価格だという機器の購入も含め、方法を真剣に考えている。看板を見た時に感じた疑問の答えは私の中にあった。それを引き出したのは、かとちゃんのひたむきなサービスだった。
 
 
 
 
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2019-08-08 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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