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メディアグランプリ

もしも願いがかなうなら。


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:栗谷桃子(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
 
「もしも1つだけ願いがかなうなら、あなたは何を望みますか?」
とあるセミナーで、参加者同士の交流を深めるために出されたこの問いに、何と答えようか各々が自問する。
空を自由に飛びたい人。宇宙人と話したい人。宝くじに当たりたい、仕事辞めたい、1日が48時間あったなら。なかったことにしたいあれやこれや…皆の願いは尽きない。とても1つに絞れそうにない。
「ドラえもんが欲しいです!」
そう答えた私は、おおっ俺も私もそれがいい、の声と拍手、「ドラミちゃん」というニックネームをもらった。黄色いワンピースを着ていたからだ。
 
反省会という名の楽しいお酒の余韻に浸りつつ、一人帰る道すがら、私は思い出す。
私には、かなえたい願いがあるのではなかったか。
あの日、あの時、あの場所に還り、私は、あの1本の口紅が欲しいのだ。
 
私の母は、認知症である。病気で働けない父に代わり家計を支えて60歳までフルタイムで働き、家事も手抜きしない、スーパー母ちゃんだった。娘も独立したし、さてそろそろゆっくりしようか…という頃になって、認知症を発症した。それまで働き詰めだったのが、退職して環境が変わることがきっかけになるという話を聞いたことはあったものの、まさか自分の母親にそれが起こるとは思いもしなかった。それまでの苦労を取り返すはずだったのに、まだ60歳だったのに、人生は意地悪だ。
 
その母が、昔、大切にしていたものがある。
オレンジ色の口紅。
その口紅はだいぶん昔に失われてしまった。かく言う私が、折ってしまったからだ。
 
当時の私は小学校の低学年で、母のヒールのある靴や化粧品に興味深々だった。母はそのころから家事に子育てに仕事に忙しかったし、お金もなかったから、ヒールは1足、口紅も1本しか持っておらず、いつもすっぴん、おしゃれを楽しむ余裕も時間もなかった。
それでも、たまに私を連れて街に出かけ、手をつないでウインドウショッピングをし、ロイヤルホストで昼食を食べた。栗が入ったコスモドリアとパンケーキを半分こしていた思い出がある。このときには、うっすらと化粧をし、口紅を引いていた。
ある日、子供だった私は、おでかけのときの母をまねて、口紅を引こうとした。そして、加減がわからずに出しすぎたのだろう、力をこめすぎたのか。口紅はポッキリと根元から折れた。
私は、素直に謝った。お母さんの1個だけの口紅。ごめんなさい、こわしちゃった。
母は怒らなかった。「女の子やねえ」と一言、言った。
それ以降、母の鏡台から、口紅が消えた。
もともと化粧はしない人だったが、街へ出るときも、すっぴんのままになった。
 
記憶にある母は、いつも暗い色の服を着ている。思えば、着回しがきくというのが理由だったのではないか。今も、明るい色は着ない。70を過ぎた婆ちゃんが、赤やら黄色やらピンクやら着られるもんね、と私がプレゼントした服はタンスの肥やしておいて、季節外れの毛玉だらけの服を引っ張り出してくる。
明るい色の服を着ると、気分も明るくなるらしいよ、赤い下着は血行が良くなるらしいよ、還暦には赤を着るでしょ、と言っても聞き入れてくれない。頑固一徹。人の言うことに貸す耳はない。
なぜ明るい色の服を着せたいのか、それには理由がある。気分も血行も良くなってほしいが、私は知っているからだ。
本当の母は、明るい色が好きなのだ。
 
母が独身時代に買ったアクセサリーを見せてくれたことがある。兄弟の多かった母は、中学を卒業するとすぐに働きに出た。給料はほとんど家に入れ、わずかな小遣いをコツコツ貯めて買ったのは、小さなルビーの指輪と、オレンジがかった柔らかな桃色の珊瑚の指輪の2つ。買った時の箱のまま、それは大事にしまわれていた。
若い女性が、一生懸命に貯金して、じっくり慎重に、これというものを探し歩き、買えるものの中から選んだのは、赤とピンク。
父と結婚して、初めて購入した車は、なんとオレンジ色。ボンネットに赤ん坊の私を座らせて笑う若い家族の写真が残っている。
母は、明るい色が好きなのだ。
 
あのとき、オレンジ色の口紅を折らなかったらどうだっただろう。
おでかけのときには化粧をする習慣があれば、赤やら黄色やらピンクやらの服を着てくれただろうか。
いろんなことを忘れていく母が、どんどん子供還りしていくくせに、なんで明るい色が好きだった母には戻れないのだろう。今なら、あなたのおかげで自立して生きていけるようになった娘が、好きなだけおしゃれをさせてあげるのに。似合う色を探して、一緒に街を歩くのに。服の取り換えっこも楽しめるのに。
 
だから、もしも願いがかなうなら、私は、あの日、あの時、あの場所に還って、あの1本の口紅が欲しい。
何も変わらないかもしれない。でも、変わるかもしれない。
笑っていてほしいから。あなたの笑顔を見たいから。
 
 
 
 
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2019-08-23 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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