『世界で一番美しい死体』

「天狼院の映画で主演をやってくれませんか?」《岩田ひかるの星作戦》


「天狼院の映画で主演をやってくれませんか?」

すべては第一回目の映画部で言われたこの一言から始まった。
衝撃だった。私は驚いて何も言えなくなっていたが、なんとか会話をつなげようとした。

「ど、どうしてですか?理由はなんですか?」

三浦さんはこう答えた。

「直感。初めて会った時から決めていた。」

納得がいかなかった。直感で決めたことに対してではない。その判断をした瞬間に対してだ。

私が初めて天狼院書店を訪れ、三浦さんと出会ったのは、第一回目の映画部の数日前。映画部入部の申し込みをするためだった。その時の私は自分を見失い、引きこもりの才能を発揮しようとしていた。大学生の失敗作だった。「普通になれたらどんなに楽だろう」と思っていた。でも、私は大学で普通の大学生を演じることができなかった。そのままの「岩田ひかる」になれない環境とのズレが生じた結果、自然に笑うことを忘れていた。映画部に入ろうとしたのも、何かにすがろうとしていたのかもしれない。だから、初めて天狼院書店に来た時の自分は、ここで過ごしたどの瞬間よりも惨めな顔をしていた。

でも、この時に三浦さんは「岩田ひかる」に輝きを見出していた。おかしい。

この謎は後々解決されることになる。どうやら三浦さんの目は解像度が飛び抜けているらしい。つまり、良い意味でも悪い意味でも誤魔化せない、ということだ。単純な岩田ひかる、すぐに納得。
勝手に役者となることを決定されたり、急な変更やハプニングも多かった映画部。それでも私は絶対に辞めようとはしなかった。むしろしがみついた。なぜなら、三浦さんのとある言葉があったからだ。私は映画部の活動中ずっとこの言葉に支えられていた。

「人見知り?おもしろい!!」

驚いた。今まで、人見知りに興味を示した人はいなかった。むしろ、人見知りだと知った瞬間、私にバレないようにそっと避けていく人がほとんどだった。人と話すのが苦手だからって、観察力がないわけではない。自然と距離を置かれているのはバレバレなんだよ。でも、私はなんでもなかった様子を演じてきた。

しかし、天狼院書店は違う。堂々と人見知りでいれる。自信を持って挙動不審になれる。

三浦さんは私を「生き物としておもしろい」とまで言った。岩田ひかる、一応人間なんだけどなーw

映画部におけるターニングポイント、御伽ねこむさんの登場。
脚本が一気に書き換えられ、私は主演から降ろされることに。

悔しかった?それとも怒りが込み上げた?

どちらでもない。
自分でも不思議なくらいその状況を受け入れていた。劇団天狼院のワークショップで私は自分がどれだけ演技ができないかを思い知っていた。その時のほうがよっぽど悔しかったし、私は演技をしてはいけないと思っていた。だから、ねこむさんの主演が決まったときホッとしたんだ。「ああ、これで素敵な作品ができる」って。
そして、現実を受け入れたもう一つの理由。私は映画部において何かを考えるときに常に念頭に置いてあることがある。

「もっとシンプルに考えろ」

これも三浦さんの言葉だ。単純におもしろければいいと思っていた。

「作品がおもしろくなるなら、自分はなんだってできる」

これを映画&舞台製作で貫いてきた。
御伽ねこむさんの魅力は一緒に時間を過ごすほど実感していた。この魅力を語り出すと止まらないのでまた別の機会に。
ただ、1つだけ困ったことがあった。私は主演を降ろされた役になったわけだが、脚本のひかるはねこむさんの敵役でも華を強調させるためのダサい役でもなかった。出演シーンがかなり削られているわけでもなかった。

さて、私は誰になればいい?

自分に聞くと、瞬時にひらめいた。それが「星作戦」。

そうか、星になればいいんだ!!

ねこむさんは私にとっても映画部においても太陽だった。強烈な光を放ち、映画部を盛り上げてくれた。でも、ずっと輝き続けるのは疲れるよね?毎日お忙しいねこむさん。単純に常にカメラに写り、撮影を引っ張っていくのは大変だ。休憩が必要だ。そう、夜が必要だ。だから私は星になって休憩役になることにした。私の撮影中にねこむさんがゆっくり休憩できればいいなーなどと考えながら。
休憩だからといって、手を抜くわけではない。ちゃんと輝く必要がある。ある一人のために。
岩田ひかるは誰にとっての一番星?誰を照らす星?

答えはもちろん、本山さん。

なんとしてでも本山さんを際立たせたかった。舞台の脚本をいただいたとき、この作戦が見事に当てはまっていることを確信した。
本番一週間前、舞台稽古で本山さんが「ねこむさんと私は太陽と月の関係なんだ。私は夜から抜けられないんだよ。」と会話しているのをふと聞いてしまった。私は心の中で「ビンゴ!!」と叫んだのは言うまでもないw
本山さんは岩田ひかるの心臓だ。頭は自分自身だけど、動かしているのは本山さんだ。本山さんの言動によって、私は初めて考え出す。
映画の撮影も後半に差しかかると「成長した」と声をかけていただけるようになった。私は実感がなかった。なぜなら、成長しているのは映画部だったから。私はどうしてもこの映画部の熱を映像に残したかった。それができたのが岩田ひかる独演シーン「みなさん、ポップコーンは好きですか?」である。演技はできないと割り切っていた私は、誰よりも透明になろうとした。経験者である役者のみなさんが生み出してくれる彩りに染まろうとした。それは、相手の演技をしっかりと受け取るということだ。あの独演シーンの時、現場は本気の映画部になっていた。独特の緊張感も、拍手喝采も、みなさんの笑顔と涙も、それぞれが映画の中の自分と勝負した瞬間も、そして何より最高の映画部の熱をひとつたりとも逃さず受け取り、カメラに立ち向かった。全力だった。100%だった。
しかし、このシーンは「茶番」で片付けられておかしくないものだと分かっていた。私には自分を超えるべき瞬間、120%になるべきシーンがあった。

それが、クライマックス=ラストシーンだ。

私はラストシーンである仕掛けを作った。ただの挙動不審を演じてはいなかった。この秘密は映画公開後に明かすことにしよう。
自然な演技とは難しい。そのままの自分を出せと言われても、無意識にやっているからわからない。苦戦した。
そこで私は人見知りではなく、三浦さんが「おもしろい」と言った人見知りになることにした。それは、単に上手くしゃべれなかったり、おどおどしていればできるものではない。上手く言葉に出せないが頭の中ではいろいろと考えているのだ。つまり、頭の中を人見知りの状態にするのである。脚本では、私のセリフの多くが「へ?」or「え?」or「単語」。実にコミュ障だw でも、頭の中では多くの言葉が飛び回っている。私は1つのセリフのために、脳内に存在するいくつものセリフを生み出した。

『本山さん、江ノ島で語り合った日のことを覚えていますか?
それは私にとって特別な日となりました。本山さんは全てを私に捧げようとしてくれました。
私、今とても幸せなんです。本気の映画部という大好きな場所があって、みなさんと夢のような時間を過ごせました。心から笑えるようになりました。本当に楽しかったんです。
だから、騙されてもいい。
犯人にされてもいい。
本山さんが成功するために、いくらでも嘘をつけばいい。
でも、逃げながら生きていくために嘘はつかないでよ。
だから本山さん
お願いだから嘘だって言ってよ!!』

を舞台のセリフ『嘘!!』に込める。

例えばこんな感じである。そして、このように人見知りの頭の中の言葉を生み出しておくことが役作りとなる。

それなら、考えたセリフを脚本に入れてもらえるように頼まないのかって?
絶対に言わない。
それは、自分がプロの役者ではないからだって?
いいや、違う。
リズムが崩れるからだ。

舞台のラストシーンは明らかに絶妙なリズムがある。だからこそ感動させることができる。そして、私達出演者はその「間」に徹底的にこだわらなければいけない。
今、本番直前の舞台稽古。
いよいよクライマックス。
私はストーリーの中の自分に絶対に勝つ。

そのために目指したのは・・・
最高の先だ。
最高はとっくに知っている。こんなにおもしろい映画部が始まった時点で最高だった。

私はみなさんと一緒に最高の先に行きたい。

 

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2015-03-21 | Posted in 『世界で一番美しい死体』

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