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明治の京都の運命を変えた男


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記事:太田智絵(ライティング・ゼミ平日コース)
 
時は慶応四年、西暦でいうと1868年。今から152年も前の話である。
その年の1月3日から6日、薩摩藩と長州藩を中心とする新政府軍と、15代将軍徳川慶喜を擁する旧幕府軍との戦いは京都で行われ、「鳥羽・伏見の戦い」と呼ばれた。
この「鳥羽・伏見の戦い」の戦場にて、とある珍事が起こる。
大砲や銃声が鳴り響き、怒号が飛び交う中。20代後半だろうか、一人の男が走り回っている。その男は武器を持たない。代わりに斜めにかけたカバンを持っている。
「誰か、ケガをした者はいないか!」
男は縦横無尽に戦場をかけまわる。よくみると、胴にぶら下げているのはカバンではない。救急箱だ。
「大丈夫か!」
男はケガをした者の治療にあたる。
しかし、その姿は他の者からは奇妙にうつる。
なぜなら、その男は、新政府軍も旧幕府軍も、両方の陣営のケガ人を治療していく。
しかも、治療費もとらずに。
「なんだアイツは? 敵も味方も関係なく、助けているぞ!」
「そんな奴いるわけないだろ! あれはスパイだろう!」
そう疑われ、両陣営から敵のスパイだと思われた男がいた。
その男の名は、明石博高(あかし ひろあきら)。
この後、明治の京都の運命を変える男である。
 
明石博高は京都の医薬商の家に産まれた。祖父や師から医学を学んだ。医学だけでなく、国文学や歌学も得意で歌人としても有名であり、儒学も学んでいた。物理学も得意であったし、オランダ語も英語も学んでいた。博高の名前のとおりに博学であったし、目の前のケガ人のためには戦場でも駆け回る度胸のある人物であった。
博高は冒頭の鳥羽・伏見の戦いの後、明治元年に京都御所内の病院に医師として活動し、医師試験制度の整備をはじめた。また、医師としての活動だけでなく、京都府でも働いた。博高は、明治天皇が東京に移り住んだことにより活気がなくなろうとしていた京都において養蚕・製紙・製革・牧畜の工場をつくった。日本初の総合病院も設立、気象観測所・博物館も設置した。さらに、京都の伝統産業である西陣織の復興にも関わり、新技術を投入した。その上、産業分野ばかりでなく、慈善事業にも取り組み、日本初の小学校をつくったり、英学校や医学校・農学校、貧しい人々のための病院もつくった。コレラが再流行するのを防ぐための検疫制度も提案して実行している。
病院建設にもエピソードがあり、幕末から明治の動乱期、京都では暗殺事件や戦いが頻繁に起こった。人々は自然と「医療」に対する関心が高まり、博高は病院建設を呼びかけ、京都市中の仏教界や医者・薬屋の他に花街の芸妓も協力したのである。
博高は、京都に住むありとあらゆる人々の暮らしにかかわることに多岐にわたって取り組んだのである。
 
博高は、医者でもあったが、理化学の研究もしていた。「慢性の病気の治療には温泉療養が効果的である」と考えた博高は、関西で有名な有馬温泉の成分を徹底的に調べた。そして、その成分を組み合わせた人工の温泉を、京都の円山公園の北奥につくったのである。その温泉は吉水(よしみず)温泉と呼ばれた。今でいうスーパー銭湯のはしりである。吉水温泉は高台につくられた為、京の街を一望することができた。
「有馬温泉とおんなじ効果のある温泉が、円山公園にできたんやって!」
「ほな、行ってみよか!」
新しいもの大好きな京都の人々はこぞって、吉水温泉へと押し寄せた。吉水温泉のある場所は京都の祇園や清水寺にも負けないくらいの一大観光地となったのである。
 
この吉水温泉の建築途中にも、博高は、のちの京都の人々の幸せに貢献する出来事を起こす。
博高は、吉水温泉の建築中、毎日のようにその様子を見に来ていた。
ある日、博高は円山公園にある見事な枝垂桜を切ろうとしている男がいることに気づく。博高は男に問う。
「君は何をしようとしているのかね?」
「切るのを頼まれたんで、切って印鑑の材料にして売ろうと思ってます」
「印鑑の材料か。それは金額にすると、いくらくらいになるんだ?」
「そうですねぇ。5両くらいですかねぇ」
「そしたら君に5両払うから、私にこの桜を売ってくれないか?」
男は喜んで、5両を受けとり、去っていった。
この桜が今でも京都の観光名所で有名な円山公園の初代枝垂桜である。ちなみに現在のものは2代目である。
 
明石博高。彼は、72年の生涯を通じて、その豊富な知識と技術を駆使し、沢山のものを産み出した。明石博高はケガ人も貧しい人も桜も京都の街でさえも救う、明治の京都の運命を変えた男の一人である。
※この話は実在する人物に創作を加えています。また登場するエピソードには、諸説あります。
 
 
 
 
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2020-01-10 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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