ダイビングは一期一会
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
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記事:大越香江(ライティング・ゼミ特講)
「あ、ログブック発見」
押し入れの奥で古いログブックを発掘した。
「ママ、ログブックって何?」
「ダイビングの記録だよ。いつ、どこのポイントに誰と潜って、どんな魚に会ったかを書いておくノートのこと」
「ママと一緒にダイビングしたい」
「もうちょっと大きくなったらね」
大学生の頃、私はひとり旅で沖縄本島の真栄田岬に出かけてダイビングのライセンスを取得した。真栄田岬はツバメウオの群れで有名で、ひたすらツバメウオと一緒に泳いだ。
貧乏学生だったので、宿泊はユースホステルだった。ひとり旅だから、友達は誰もいない。インストラクターや初対面のダイバーたちと楽しく潜り、夜は泡盛を飲みながらログブックを書いた。その日見た魚のシールを貼ったりハンコを押したりして、お互いのログブックにサインをした。
どっぷりとダイビングにハマった。
マンタ(オニイトマキエイ)に会いたいと、大学の同級生と石垣島のマンタポイントに行った。その名もマンタスクランブル。
70歳代の女性とすれ違った。重いダイビングの器材を軽々と扱っているのを見て驚いた。
「午前中のダイビングでマンタたくさん見たから、満足」
彼女は午後は潜らずに帰って行った。70歳をすぎてもダイビングを続けられるのはカッコいいと思った。
午前中にはいたというマンタに、残念ながら私は会えなかった。
「マンタを見た人がいた」
と、ログブックに書き込んだ。
その後、私はなかなかマンタに会えず、会えたのは3年後だった。
ひとりでグレートバリアリーフのダイブクルーズに参加したこともある。同じ船に乗っていた日本人の看護師さんと友達になった。
外洋に出ると波で船が揺られて完全に船酔いした。食事がおいしいという評判のクルーズだったが、ほとんど食べられなかった。
「大丈夫?」
彼女は船酔いしなかったようだ。
船酔いでしんどくても全てのダイビングに参加した。ダイビングの間だけ船酔いから解放されるのだ。水中では波の影響が少ない。
ジャイアントポテトコッド(ハタの仲間)やクマノミをたくさん見た。
船酔いがおさまったのは、クルーズ最終日の晩だった。
せっせとバイトして旅費を貯めた。家庭教師をし、工場で働き、スーパーで働き、ビラ配りをしてお金を貯めて、ダイビングに行った。
何度目かの沖縄でのダイビングで、青森から来ていた同じ学年の友達ができた。いつか一緒にダイビングに行こう、と約束した。
ダイビング雑誌で見た海の写真に惹かれて、マレーシアのマブール島に行くことに決めた。
東京で落ちあい、成田からクアラルンプール、コタキナバルを経由してマブール島に到着した。ギンガメアジや、バラクーダ(オニカマス)の群れを何度も見た。ダイビング三昧の休日を楽しんだ。
マブール島が楽しかったので、翌年また一緒にダイビング旅行に行くことにした。卒業旅行である。この旅行が終われば、忙しい社会人生活が始まり、なかなかダイビングに行くことができなくなる。
春休みの時期にベストシーズンになる場所で、大物に会えるところに行きたいと思った。
「どこに行こうか?」
「モルジブにジンベエザメを見に行くというのは?」
「いいね」
我々は、モルジブにジンベエザメを見に行くことに決めた。
ジンベエザメのポイントにはなかなか連れて行ってもらえなかった。天候や潮の条件もある。ジンベエザメ以外のポイントも楽しかったが、ジンベエザメに会うというミッションをどうしても達成したかった。
他のゲストたちもジンベエザメを狙っているのだが、ヨーロッパの人たちはバカンスが長く、私たちのように数日で帰国するような人はほとんどいない。優雅に過ごしていて、全く焦らない。我々は違う。現地には5日間しか滞在しない。焦った。
数回、ジンベエザメのポイントに行ったが、ジンベエザメには会えなかった。
無念だった。
マンタの時もそうだったが、私はなかなかお目当ての魚に会えない運命らしいと思った。
もうダメかもしれない、と思った。
最終日、最後のダイビングでジンベエザメのポイントに連れて行ってもらえることになった。心拍数が上がった。
透明度はあまり良くなかった。私と友達は並んで周りをキョロキョロと探していた。
右前方に大きな影が見えた。
「!!!」
私たちは顔を見合わせた。水の中では声を出すことができない。
いや、歓喜のあまり絶叫していたと思う。
ダッシュでその方向に泳いだ。
平べったいフォルム、白っぽい斑点、小さな目、横に広がった半開きの口。
すれ違った。
そして去っていった。
最後のダイビングでジンベエザメに会えるなんて、テレビ番組のようだった。
その日のログブックに「祝ジンベエ」と彼女が書き込んでくれた。
社会人になってからは、ダイビングに行く回数も減ってしまった。仕事や育児に追われて、もう、10年以上潜っていない。一緒にジンベエザメを追いかけた彼女とも、その後は会っていない。
ダイビングは出会いと別れの繰り返しだ。ログブックはその記録。
また潜りたくなってきた。
石垣島で出会った70歳代の女性のように、体力さえ維持できればまだまだできそうだ。
子連れダイビングも視野に入ってきた。
昔出会った友達と一緒に潜れる日が来るかもしれない。
ひとり旅もいいかもしれない。
人と魚の一期一会が待っている。
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