「書く」ことで、私が失ったもの
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
【2月開講】人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ《平日コース》」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:谷中田 千恵(ライティング・ゼミ 平日コース)
10月21日、22時。
私は、ひどく寒い部屋の中で、夢中になってパソコンの画面を見つめていました。
流れた涙は、すっかり乾き、肌はカサカサと音がなりそうなほど乾燥しています。まぶたは腫れ、画面のライトが、ひどく目に染みます。
それでも、どうしても、目を離すことができません。
2度目のライティング・ゼミに申し込んだのは、9月のことだったと記憶しています。
ライティング・ゼミは天狼院書店という書店の主催する、「書く」ための教室です。
建築屋の端くれとして働く私は、「書く」こととは無縁で生きてきました。
そのため、1度目のライティング・ゼミの受講は、楽しいこともたくさんありましたが、悔しい気持ちもたくさん味わうことになったのです。
この教室では、週に一度、2000字の課題提出がやってきます。
書くテーマに特に決まりはなく、実体験を題材にしたり、小説を書いたりとなんでも提出することができます。
ただ、締め切りは、必ず厳守。
毎週月曜日、23:59。これを、1分でもすぎると、その週に受け付けてもらうことができません。
「書く」という習慣がない私にとって、これは、とても大変なことでした。
月曜日が、憂鬱な曜日へと変わるのに、時間はかかりませんでした。
それでも、やっとの思いで、4ヶ月の受講期間を終えると、小さな自信を持つことができました。
後方50mからのスタートの私ですら、「書くことができる」という少しの確信を持てたのです。
気がつくと、1ヶ月後には、2度目のゼミの申し込みをしていました。
「もう少し、書けるようになりたい」
自分の中に、小さな欲望が目覚めました。
ライターや小説家を目指しているのかと聞かれると、なんだかよくわかりません。
初めて自転車に乗れた、あの頃のような、「今まで、できなかったことができるようになる」という快感を、ただ単純に味わいたかったのだと思います。
課題提出の苦しみのことなどすっかり忘れ、10月16日の開講を心から、楽しみにしていました。
さあ、来週から始まる。そんな時、台風19号がやってきたのです。
私の住む街は、全国でも特に浸水の多かった地域と聞いています。
川の近くだった、我が家も、床上60cmまで汚泥に飲み込まれました。
私自身は、避難所にいたため、怪我などはありません。
それでも、たった一晩で、寝る場所も、明日着る服も、無くなってしまったことは、大きな出来事でした。
もちろん、台風から3日後の、ライティング・ゼミもリアルタイムでは、受講することはかないませんでした。
講義自体は、録画していたものを後から何度でも視聴することが可能です。
しかし、課題提出は、そうはいきません。
4ヶ月間、たった16回。書いた文章を、誰かが読んで、ましてや添削してもらえるなんて貴重な機会です。
なんとか、それには参加をしたい。
働かない頭で、最初の課題提出に間に合わせる方法を考えました。
台風から10日後が最初の、課題提出日だったと記憶しています。
まだまだ、あちこち湿った自宅に戻り、なんとか動いたパソコンに向かいました。暖房器具もなく、乾燥させるため、家中が隙間だらけで、MacBookのステンレスが触れる皮膚が痛むほどに、冷えています。
この時、私に書ける内容は、一つしかありませんでした。
吐き出すように、避難所での時間、浸水までの経緯を打ち込みます。
あの時の経験を、思い出せば、出すほど、無念でたまらなくなりました。
愛着のあった、身の回りの物が、生活が、一瞬でなくなってしまったこと。
なんで、私が、こんな目に。ぶつける用にキーボードを叩きました。
涙は、とめどなくあふれます。
ようやく、2000字の文字を打ち込んだあと、読み直しを始めました。
あふれる感情で、押し切った文章です。
誰かに読ませられるようなものではありません。
大きく深呼吸をし、初めて文章を読む気持ちで、画面に向かいます。
2時間近く、読み直し、書き直しを繰り返したでしょうか。
なんとか、締め切りに間に合わせることができました。
「ああ、良かった。」と声に出すと、ホッと胸のつかえが取れた感じがしました。
なんだが、久しぶりに、息が吸えたような、変な感覚です。
それは、今までの課題提出でも味わったことのない感覚でした。
なんだろう、この違和感。
そこから、数回、浸水の話を書き続けました。
泣きながら、書いては、直し、添削を受ける。
また、書いては、直し、添削を受けるの繰り返しです。
3回目の添削結果を読みながら、不思議な感覚の正体に気がつきました。
あれ、私、この浸水の話、自分の出来事だと思えていない。
文章を、書くことは、物事を客観的に見ることに、とても似ていると感じます。
誰かに、伝えようと思えば思うほど、冷静に引いて見つめなければなりません。空にふっと、浮いて、じっと地上の事実を見るような、外からの視線です。
浸水の出来事を誰かに伝えようと、私は、何度も空に浮こうとチャレンジをしました。チャレンジの末に、この出来事は私の体験の外に飛び出してしまったようです。
上から見下ろす、地上の一つの出来事。
どこか、遠いところのおとぎ話のような存在。
あの時のことを思い出して、今、どんなに泣こうと思っても、もう涙もこぼれません。
かわいそうな、私。
あの時、毎日、そう思っていた気持ちを、私はすっかり失っていたのです。
もちろん、劇的に文章能力が上がったりはしていません。
台風被害で今なお、自宅に帰れない人もいらっしゃいます。
それに比べれば、小さな小さな被害だったからだろうと言われればそれまでです。
それでも、今、私は、小さく確信を持っています。
「書く」ことを続けて行く限り、私は、大丈夫。
時間はかかるかもしれない。でも、「自分自身を外から、見つめる」この視点がある限り、きっと、これからも生きて行くことができる。
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