フルーツ王国フレッシュかドライか
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記事:加藤なお美(ライティングゼミ・平日コース)
「コリコリコリコリ。ボリボリボリ……??」
山梨県の身延山へ行った帰り道。私が初めてそれを発見したのは、身延山麓の小さなお土産屋さんだった。せっかく山梨県に来ているのに、1月なので残念ながらフレッシュフルーツが買える季節では無く、他に何か良いお土産は無いかと、探している最中だった。小さな店内を見ていると、薄暗い店の奥にひっそりと、それは置かれていた。
透明のビニール袋に入れられてクチは結んであるだけ。お土産にしては素っ気ないほど地味だった。シールも何も貼っていない。見ただけでは何か分からなかったので、レジのおばちゃんに聞いてみた。
「すいません、コレは何ですか?」
「桃だよ」
「あ、桃ですか」
「干した桃だよ、珍しいでしょ」
「ドライフルーツ的なやつですね」
「ほしもも、だよ。珍しいのよ、国産の桃を干したのはね」
干しぶどうはよく知っている。色々なドライフルーツも食べたことがあるし、枝付き干しぶどうとか、高級ドライフルーツも食べた事はあった。だが、ドライピーチ。干した桃は食べた記憶が無かった。大体、桃なんて、あのままが美味しいのに、みずみずしさを捨てて、わざわざ桃を干して食べる意味はあるのか。
おばちゃんがオススメしてきた。
「はい、食べてみて」
爪楊枝の先端に刺してあるのは、乾燥したドライな桃ではなく、水がしたたる薄い桃色の何かだった。
「?」
クチに入れる。コリコリコリコリ。何故か、ゆるいタクアンの様な歯応えがある。
歯応えはゆるいタクアンだが、噛んでいるうちに桃の香りが優しく鼻へ抜けていく。
はっ。美味しい。おかわり。
コリコリコリ。ボリボリボリ。
「美味しいでしょう。これね、水で戻したものなのよ」
あるのはこれだけで、山梨県内で売っている所は少ないという。干し桃を手に取ると、しばってある袋のクチからは、桃の香りがしてくる。もうその匂いを嗅いだだけで、買って帰ろうと決めていた。だが、おばちゃんのレクチャーはまだ終わらない。
「干すと栄養価が高くなるし、甘味も増すし、酸味もまろやかになるでしょ。何より日持ちするし」
そしてトドメのひとこと。朝のヨーグルトに持ってこいだよと、おばちゃんは言った。
ふたつ買ってくれたら、おまけもつけちゃうよ、と言われ、2袋買い、ぶどうとみかんのひとくちカップゼリーを数個頂いた。
帰り道、県道の脇にたくさんの、さくらんぼ、桃とぶどうのまち、と書かれている看板を眺めながら、ネットで何でも手に入ると思っていたけど、現地でなくちゃ手に入らない物ってまだまだあるのだなあと思った。
買ってきた干し桃を袋から出してつまんでみると、予想に反して柔らかかった。ドライフルーツは大抵カチカチだが、この干し桃ちゃんは、ドライフルーツの半生(はんなま)といったところ。弾力があってグミっぽい。触って分かったのだが、薄く砂糖がまぶしてあった。そのまま食べると、駄菓子の様な味わい。面白い。
おばちゃんにどの位の水で戻すのか聞きそびれたので、適当でいく事にする。タッパーに干し桃をざらっと入れて、ヒタヒタ位の水を入れる。一晩位で良いだろうか。
次の日の朝。半生だった干し桃は、うっすらとピンク色の桃に戻っていた。私が試食した見覚えのある色になっていた。
ひとくちサイズに切って、濃いめのギリシャヨーグルトを合わせる。
パク。
アレ。何だか薄味で物足りない気がする。もうひとくち。コリコリと干し桃ヨーグルトを噛んでいくうちに、桃の香りと甘さが、遠くから手を振りながらこちらにやって来る。
うん、美味しい。目も覚めてくる。朝はいつも、フルーツを手軽に食べたいと思っていた。でもシリアルに元から入っているドライフルーツは甘過ぎるし、残念ながらカロリーが高すぎる。でもヨーグルトを美味しく食べたい。ジャムはよりもフレッシュフルーツが良い。フルーツソースは論外。この歯応え、新食感。ああ、干し桃は大正解である。
子供の頃、キャンプ帰りに桃を初めて食べた。熟れた美味しい桃の味。フレッシュフルーツの甘酸っぱい匂いは脳内をぐるぐる巡って、ベタベタの手と顔の感触一緒に思い出す。
桃は、歯応えは無いもの、と思い込んでいた。齧れば、桃の繊維を千切る感覚はあるものの、ゆるいタクアン並みに歯応えがあるとは、本当に驚きである。ドライなフルーツをまた追加で食べたい時にはどうしたら良いかと思い、ネットで探したら、なんと売っていた。
ただ、おばちゃんが自慢気に数が少ないと言っていたのは、本当らしい。無添加のものは本当に数が少ないみたいだった。
自分で干し桃を作る、という手もある。夏になったら、桃を沢山買い込んで、干し桃を作ろうと心に決めた。
おばちゃんがオマケにくれたひとくちカップゼリーが、美味しくてビックリで、買って来れば良かったと心底思った。フルーツ王国山梨県バンザイである。
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