ハレー彗星はいつ折り返すのか
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記事:大越香江(ライティング・ゼミ特講)
「ちょっと今のうちに本棚の本を片付けておいてね。終活ってわけでもないけど、そろそろうちも整理していこうかと思って」
先日、久々に帰省したときに母に突然言われた。確かに、かなりの本がある。親としては勝手に処分するには忍びないらしい。小学生から大学生の頃の蔵書が大量に、実に乱雑に並んでいた。廃棄処分するもの、古本屋で売るもの、自宅に持って帰るもの、と分別を始めた。
その中に「ハレー彗星のひみつ」という本があった。
前回地球にハレー彗星が最接近した1986年、私が買ってもらったハレー彗星の本である。
イギリスの天文学者、ハレーが初めてこの彗星を観測したのが、1682年。過去の彗星の記録などから、次にこの彗星が1758年に現れると予測し、見事に的中したという。
ハレー彗星の名の由来である。
1986年当時、ハレー彗星が太陽に最接近して、地球から観測できるということで話題になっていた。テレビ番組や子ども向けの雑誌などでもハレー彗星がしばしば取り上げられた。
調べてみると、始皇帝の時代に記録されている「紀元前240年に出現した彗星」もハレー彗星であったらしい。もともと天体好き、イベント好きでミーハーな私は、始皇帝も見たというハレー彗星を見てみたいと思っていた。
「ねえねえ、サイン帳交換しよう?」
「いいよ〜」
折しも、小学校卒業直前。クラスメートの間でサイン帳を交換してコメントを書き込むのが流行っていた。
ハレー彗星は74年周期で姿を表す。私は友達からまわってくるサイン帳にハレー彗星の絵を描いて、「次に見るのは86才⁉︎」と書き込んだ。当時小学6年生だった私には、74年後は、はるか彼方の途方もないくらい先のこととしか感じられなかった。
3月から4月頃、ハレー彗星が最も見やすい位置に来るものの、日本からは観測しにくいだろうということだった。前回の1912年には各地から肉眼で見えたのとは違い、今回のハレー彗星はかなり暗いという予測であった。
それでも、私はハレー彗星を見たいと思った。
「天体望遠鏡買って〜」
「双眼鏡買って〜」
母にねだった。
「ハレー彗星が見たい〜」
母に主張した。科学っぽい、ちょっと勉強になりそうなことに関しては、母は割と私の要求を聞き入れてくれると期待してのことである。
ありがたいことに、私の期待通り、母は天体望遠鏡も双眼鏡も買ってくれた。
母も科学っぽいことが好きだったのかもしれない。
「ハレー彗星の観測会があるんだけど、行く?」
市民新聞で、ハレー彗星のお泊り観測を見つけてくれたのも母だった。
南山城少年自然の家(だったと思う)に宿泊し、夜の観測会に参加した。
到着後、ハレー彗星の話を聞いた。残念ながら天気が今ひとつだった。
晴れていたら、空気がきれいで夜も暗いところだから、きれいに見えていたのではないかと思う。
ハレー彗星を見るのは難しいという予測は本当らしかった。
さらに、地球に再接近し、最も日本からも見えやすくなるという春休みのある明け方、暗いうちに桂川の河川敷まで行った。南の低い空が見える場所が必要だったのである。
ありがたいことに、親が双眼鏡と天体望遠鏡を持ってついてきてくれた。
まだ、寒かった。
河川敷には、同じようにハレー彗星を観測しようという人が数人集まっていた。
知らない人たちだが、同志である。
幸い、雲は少なかった。見えると言われていた南の方角の低い空を目を凝らして探した。
しかし、肉眼では見つけられなかった。
持って行った双眼鏡や、天体望遠鏡をのぞいた。それでも、よくわからなかった。
寒い。時間とともに日の出が近づく。明るくなれば星は全く見えなくなる。
河川敷に集まっていた、よその人たちが双眼鏡をのぞかせてくれた。
「?」
よくわからなかった。
「あそこに見えるのがハレー彗星。尻尾が見えてるよね」
「はい」
かろうじて、短い尻尾のハレー彗星が見えたと思ったけど、本当にちゃんと見えていたか、今となっては若干自信がない。まあ、多分、見えたのだと思っている。
「ハレー彗星のひみつ」を片付けながら唐突に思った。
「ひょっとすると、そろそろハレー彗星は折り返してきてるのかな」
自分の年齢を考えると、ふと、そんなことが気になった。
慌てて計算すると、まだ折り返してはいなかった。なぜかホッとした。
2019年現在、ハレー彗星はまだ太陽から遠ざかりつつある。2023年12月に最も太陽から遠い位置に達し、その後折り返して徐々に太陽に近づいていく。最接近するのは2061年7月だ。その頃、日本でもハレー彗星が見られると予想されている。前回よりはよく見えるのではないかと期待する。
74年後という果てしなく先にしか帰ってこないと思われたハレー彗星も、あともう数年で折り返し。早く見たいような気もするが、ハレー彗星が折り返すと自分も折り返しと思われて若干寂しい。いや、すでに人生は折り返しているか。
それでも、2061年のハレー彗星を見ると決めている。さすがにもう若くはないので、もっと簡単に見られるところまでハレー彗星に近づいていただきたい。
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