目を緩めると、モテる⁈
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
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記事:庵 雅美(ライティング・ゼミ平日コース)
40代後半になり、字が見えない! に直面して焦ることがあった。
家のインターネットがつながらなくなったので、ヘルプデスクに電話すると、無線LANルーターの製品番号を聞かれた。
ルーターをひっくり返し、番号が書いてあるらしいシールを見つけたが、字が小さくて見えない。
「もしもし。シールには何番と書いてありますか?」
「あ、ここ、ちょっと暗くてよく見えないんです。少しお待ちくださいね」
固定電話なので、すぐに懐中電灯を持ってくることもできなければ、拡大鏡もない。
「すみません、かけ直してもいいですか?」
即答できないので、ひとまず電話を切った。
これが、年上の皆さまが言っていた「目が見えない」問題か! いざ遭遇すると、とても大変な事態だ。
ルーターの番号は、明るい部屋で、近眼のメガネを外したら見えた。
あぁ、老眼だ。受け入れざるを得ない。
思えば、会社帰りの地下鉄でスマホの文字が読みづらくなっていた。
もともと近眼の上に、目を使う仕事なので、目はしょぼしょぼしても仕方ないとやり過ごしてきた。
不自由であることがはっきりしてしまったからには、なんとかするしかない。
良いタイミングで友だちがメガネ屋さんを紹介してくれた。視力を上げるのではなく、視覚を上げるメガネを作ってくれるという店だという……。長老先生に診てもらえるとラッキーという。おもしろそうだ。
さっそく、長老先生の予約がとれた。当日は、ちょっとドキドキしながら店に行った。
明るいお店だ。受付をしてくれた女性も感じがいい。わたしのメガネを調べるというので渡した。簡単な説明を受けた。
間もなく奥の部屋に通されると、細身で、動きがきびきび軽やかな男性があらわれた。これが長老先生か! 想像していたよりもずっと若々しい。
簡単に挨拶を交わし、カウンセリングが始まった。少々緊張する。
コンタクトレンズやメガネの使用歴、仕事内容や生活環境などの質問をされた。先生は頷きながら聞いているが、言いたいことがいっぱいありそうだ。
調べるために渡していた私のメガネを返された。
「こんなひどいメガネで、よく平気だったねぇ」
「え、えー?」
怪訝そうな顔をしていると、
「メガネの優先順位が低いですね。服より低い。目のことを、その程度にしか考えてない証拠です」
思いがけないことを指摘された。まだ本当の意味はわからなかったが、なんだか図星かもしれないと思い、ドギマギした。
「目のこともメガネのことも、大事だと思ってます」
苦し紛れに、笑いながらそう返したが、先生はピシャリと言い放った。
「いや、わかってない」
こんな風に叱られるメガネ屋は初めてだ! なんだか面白くなってきた。
先生が調整してくれたレンズで検査が始まった。様々な検査をした。
野球にたとえてこんな検査もした。先生がピッチャー役で、私はバッター役。ボールは実際には投げられないが、投げる位置のボールから、だんだんと近づいたボールを見せられる。
バッター役のわたしは、投げはじめられたボールを目の前近くに来るまで、目に力を入れて続けたまま見ていた。
「自分を追い込むような目の使い方をしてますね」
目の使い方? そんなこと、考えたことなかった。たしかに、いつの間にか、何でもギュッと見る癖がついていた気はする。
「目の使い方はメリハリです。リラックスした使い方をしてみましょう」
たしかに、ピッチャーのボールをそんなに始めから力を入れて見ていたら、いざボールを打つ段になって、集中力が途絶えそうだ。成果出そうと頑張っても、台無しではないか!
「日頃、意識することは、まばたきの回数を増やすこと。あと、1時間に1度、目を休めること。遠くを見渡して、近くを見る、を繰り返す」
たしか子供の頃にも、そんなことを言われた覚えがある。大人になって、忘れ去り、怠けた。
ふと、最初に指摘されたことを思い出した。
「こんなひどいメガネで、よく平気だったね」
もちろん、フレームのセンスのことを言ってるのではない。レンズのこと。近眼を強く矯正しすぎているレンズのことだ。強すぎる合わないレンズを使っていて、よくあなた、心身平気でしたね! という意味なのだろう。
いわゆる老眼により、以前に作った近眼のレンズが合わなくなってきたのだろう。そのメガネは、今のわたしの目にはきつくなっていたのだ。
目がしょぼしょぼするのは年のせいとやり過ごすのではなく、その違和感に気づいて、行動できなかったことが問題だ! と、恥ずかしくなった。
検査時間は長かった。先生が調整してくれたレンズで目の前に座っている先生を見るのと、なんだか楽になっていた。
「なんとなくわかってきました。だんだんと気持ちも緩んできました」
先生もなんとなく和やかなムードになってきているように感じた。
「楽でしょう。目の使い方が変わってくると、モテるよ」
これまた思いがけない一言にドキリとしたが、先生が言いたいことが、なんとなくわかるようになってきた。
長い検査時間の種明かしは、目を緩めるためのちょっとした体操ということだ。緩めた上で、本来の目の状態を測定してメガネを作るのだという。
先生は、老眼という言葉を一度も使うことなく、わたしに遠近に対応できるメガネを作ってくれた。目の個性と言っていた。
できあがったメガネをかけたら、本当に楽だった。楽になって始めて、今まで合わないメガネをかけてきて体がきつかったことに気がついた。
なんと鈍感になっていたことか!
メリハリのない目の使い方をしていたせいで、感覚を鈍らせ、行動を鈍らせていた。目の不調は、もっと前から兆しはあったのだ。確実に仕事や生活のパフォーマンスを落としていたはずだ。
ギリギリにならないと行動できなかったが、面白いメガネ屋に出会えて、自分に合ったメガネを作り、目の使い方を知ることができたのだから、私の「目が見えない」問題は、ラッキーだったと思う。
人生の後半戦、このメガネで、いつの間にか硬直した目は、緩めよう! 目が緩んで、気持ちも緩めば、モテる⁈ 先生が言いたかったことは、これで合ってますか? 結果は乞うご期待。
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